第18話 アルコール

「光食堂」にはアルコール類も置いてある。


「生ビール」が主力で、他にも肉料理に合う赤ワインや魚料理に合う白ワイン、それに「清酒」や「焼酎」が少々というラインナップである。


 ある程度は量はあり、営業時間中に売り切れにはまずならない位には備蓄している。


 それがある日、1滴のこらず飲み干されたことがあった。今日はそんなお話。




「ほぉ。ここがお前さんがひいきにしてる店か」


「ああ。料理がメインだが酒もあるそうだ」


 かつての現役時代は『猛獅子』の異名で国内外から恐れられた猛将、ライオネルは1人のドワーフを連れて光食堂にやってきた。




「いらっしゃいませ」


「こんばんわ、お嬢さん。わしにはいつものようにナポリタンを。あとは彼にメニューを渡してくれないか?」


「はいかしこまりました。少々お待ちいただけますか?」


 いつものようにオーダーを出すライオネルと一緒に、ドワーフのゲルムはどっかりとイスに座る。




「ふーむ。ここは庶民向けの店か? 少なくともお前さんのような貴族が来るような店ではないぞ」


「見た目はな。だが出す料理は貴族向けの店でも出せないような一級品ばかりだぞ」


 目の前にいる、かつての猛将や現国王の剣を打ったことのある名工は店のたたずまいに疑問を持つ。


 使用人もいなければ内装も明らかに庶民向けにしか見えないこんな店が、本当に目の前の骨の髄まで貴族である旧友すら満足できる料理を出せるのだろうか? と。




 ほどなくして店主は厚手の紙を持ってやってくる。


「こちらがメニューになります。お決まりになりましたらご注文をお願いしますね」


 ゲルムはドワーフの名に恥じない程の無類の酒好きで、メニューも自然にドリンク類……要は酒に一番先に目が行く。




「ずいぶんと豊富なメニューじゃな……なんじゃあ!? エール1杯で銅貨10枚も取るのか!? この店は! 貴族の店じゃあるまいし!」


「ゲルム、落ち着くんだ。確かにこの店は高くはつくが美味いのは保障する」


 その値段に瞬間湯沸かし器が沸くような怒りを覚えたが、旧友になだめられ何とか落ち着いた。


「うーむ……お前さんがそういうのなら信じよう。店主! ナマビールとか言ったか? それを1杯頼もう!」


 半信半疑のままゲルムは注文を飛ばした。




 光はクーラーボックスに保管していたビール瓶を取り出し、栓抜きで栓を抜く。


 そしてジョッキに移し替えて客に出す。ドリンク類を出すときだけは他の店のバックヤードでもやってそうな光景だ。


「お待たせいたしました。ナマビールになります」


 女の店主がジョッキに注がれた黄金色の液体を持ってきた。見た目からしてエールなのは間違いないだろう。


「フム。説明書き通りに確かにキンキンに冷えてるな。ただいかんせん手間賃取り過ぎなんじゃないのか? まぁいい」


 ゲルムがナマビールなるエールに口をつけた、その瞬間!




「!? な……ななななんじゃあ!? このエールは!?」


 そのうま味に驚がくした。今まで飲んでいたエールは一体なんだったのか? と思うほどに。


「お、オイ店主! 料理はいい! このナマビールとかいうエール、もう2杯、いや3杯頼む!」


 よその店ではどう頑張っても出せない、圧倒的なコクとキレを持つナマビールなるエール。


 それを冷やすことで苦みが押さえられ、のど越しが格段に良くなった逸品に1発でとりこになった。


 水を飲むようにジョッキが来るたびに次々とガブ飲みし、空にしていく。




「ふーむ。今度はワインじゃな。オイ店主! ワインを出してくれないか!?」


 続けて出てきたワインも上物だ。


 欲を言えば多少酸っぱいのが気になるが、市中に出回っている「ほとんど酢のような」ワインでは絶対に出せない味わいだ。


 これも値段にふさわしい、いや値段以上の出来だ。こちらも赤ワイン、白ワインどちらも次々と空にしていく。




「最後は……米から作った酒にイモから作った酒か。店主、ショウチュウとセイシュとか言ったか? それももらおうか?」


 最後に出てきたショウチュウもセイシュも、彼からすれば初めて飲む酒。


 だがこれも大当たりでアルコールがキツいが味わいも深いという文句なく美味い酒だった。これも次々と胃袋の中に消えていった。


「いやぁ~美味かったぞ店主! 勘定はここに置いとくぞ。また来るから待っててくれよ!」


 光食堂の酒を全部飲み干したドワーフは満足げな顔をして店を後にした。


「あ……ありがとうございました……」


 店にあるアルコールを全て飲み干された店側としては少し引くほどの飲みっぷりだった。




「何ぃ!? 赤ワインはもうないだと!?」


「申し訳ありません。先客にアルコール類は全部飲まれてしまって、店にはもうストックが無いんです。申し訳ありません」


 無いものは無いのでどうしようもないが、せっかくの給料日なのに赤ワイン付きのハンバーグが食えないというのは何とも残念な話だ、とクラウスは思った。


 その後も光はアルコールが出せないという似たようなやり取りを何度か繰り返すことになった。


 もちろん、光食堂では今回の出来事を受けて酒のストック量を大幅に増やしたのは言うまでもない。




【次回予告】

飯屋なんだから酒ばかり飲んでないでたまには料理でも頼むか。そう思ったゲルムの目にとまったのは、とある料理。


第19話「コロッケ」

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