第5話 ナポリタン

(……相変わらずここのナポリタンは絶品だな)


 2ヵ月前の初来店以来、光食堂に頻繁に通うようになった髪もすっかり白くなった老獅子のライオネルは何度食べても飽きないお気に入りの料理を口に運ぶ。


 長年将軍職を務め、自国や他国の重役と会食したりしてそれなりに美食や贅沢も体験した彼にとってさえ、全く未知の味であった。


(麺はもちろん、ベーコンも玉ねぎもピーマンも多分ここらで出回っている物とは質が違うのだな)


 噛みしめるたびに舌でそれを丹念に分析する。




 おととい、従者に似たようなものを作らせた時には味はもちろんの事、


 麺も具もこの店で出された物とは程遠い料理になってしまったのもうなづける。


(それにこのケチャップなるソース、どのようにして作ったのだろうな?)


 店主が言うにはナポリタンがナポリタンと名乗れる大きな理由にもなっているという、


 濃い酸味とそれ以上のうま味を持ったケチャップなるトマトソースの一種。


 トマトが材料であることは独特な酸味とうま味に加え、鮮やかな赤色という見た目から簡単に分かるが、


 生のトマトとは比べ物にならない程の濃厚なうま味をどうやって引き出したのかはわからない。




(さて……)


 このままでも王族の料理と言っても通用するほどの美味だがそれに味付けを加える。


 ナポリタンと一緒に出てきた小皿に盛られた、粉になるまで挽いたチーズ。


 それをスプーンですくい取り、半分ほど食ったナポリタンにかけていく。


 そして小さなビンに入ったタバスコなる唐辛子の辛みがたっぷり詰まった赤いソースをかける。そして口に運び……大いに満足する。


(うむ。この味だ)




 チーズのまろやかさとタバスコの辛みが加わることでナポリタンはまた違った色を見せる。


 チーズはかけすぎると粉っぽくなり、味もチーズが勝ってしまう。


 またタバスコも辛みで味を引き締める効果があるが、かけすぎるとナポリタンのうま味が消え辛さだけしか残らなくなる。


 そのためこの自己主張の強いわき役2つは慎重に扱わなければならないが、幸い彼にとっては最適の量をすぐに把握できた。


 黙々とナポリタンと向き合い、口と舌に意識を集中させ、対話するように食う。彼が美味いメシを食べる際に昔から心がけている慣習だ。やがて皿が空になり……


「店主、勘定を頼む」


「はい。ただ今」


 対価を支払う。




(これで銅貨27枚は安すぎるな)


 庶民が食う店としてはだいぶ高いが、少なくとも銅貨で50枚はする銀貨単位の料金が基本となる貴族向けの料理屋として考えれば破格の安さとも言える店だ。


(ふぅ……食った食った。やれやれ、長生きはしてみるもんだな)


 膨れた腹をさすりながら老後にできた楽しみに満足げにふぅ。と息を吐く。


「店主、すまないが腹が膨れてるのでしばらく休ませてくれ」


「あ、はい。構いませんよ」




 そこへ来客を告げるチリンチリンという鈴の音が鳴る。


「よう店主。今日も食いに……」


 入り口の扉を開けたマクラウドとラルが、固まる。


「な、なぁ、ラル。俺の記憶が確かならあの席に座ってるのって……」


「あ、ああ。そうだよな。あのお方だよなぁ」


 鈴の音を聞いて彼が振り向く。




「何じゃ君たち。見たところ兵のようだが……休憩か?」


「「は、はい! 昼の休憩のために立ち寄ったところでありますっ!! 『猛獅子』ライオネル将軍!!」」


「ホッホッホ。『猛獅子』か。懐かしいあだ名を出してくるのぉ。なぁに気にするな。既にわしは隠居して久しい。


 その名で呼ばれたことなど、とうの昔の事じゃ。今じゃただのこの店の客じゃよ」


 緊張でガッチガチに固まった若者2人を見て元将軍は笑顔で応える。


(スゲェ……噂じゃ聞いてたが本当にあの『猛獅子』が食いにくる店だったとは)


(な、なぁ。俺達とんでもねえ場所に来ちまったんじゃねえのか)




(フフン。まだまだ素人ね。この店には『猛獅子』クラスの連中なんてゴロゴロいるっていうのに)


 その様子を猛獅子と2つ隣の席に座って黒茶色い麺を食っていた桃色の髪をしたウサギ型の商人が耳だけを動かして聞いていた。




【次回予告】


ようやく店舗経営だけで生計を立てられるようになった光。そんなある日の1日。

第6話「光の一日」

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