メ○○○女の○料理人録
あがつま ゆい
第1話 きつねうどん
「ハァーア、退屈だ。何か事件でも起きねえかなあ」
「オイオイ物騒な事言うなよマクラウド。そりゃ旧市街地区だからってのもあるけどよぉ」
狐型獣人のマクラウドは黄土色の髪を揺らしながらあくびをしつつ見回りをしていた。
青い髪が特徴なおそろいの鎧を着てこれまたおそろいの槍に短剣を身に着けた鳥型獣人のラルは、そんな友人兼相棒を半分だけ共感しつつもクギを刺す。
その彼がある物を見つけた。
「何だありゃ?」
「光食堂」という手書きの下手くそな字で書かれた看板を掲げた、一軒の家。
「食堂って事は、メシ屋か? こんなところにメシ屋なんてあったか?」
「そういや同僚がこの辺にスゲエうめえメシ屋があるって言ってたな。行ってみようぜ。ラル」
2人は扉を開ける。扉についていた鈴がチリンチリンと鳴った。
「いらっしゃいませ」
この国では珍しい人間の女が奥から出てきた。
「オイ女、ここで何をやってる?」
「何って……料理屋ですけど」
「こんなところでか? 許可証はあるか?」
「はいありますよ。ちょっとお待ちくださいね」
連日人でごった返す新市街地区ならまだわかるが、ここは旧市街地区。
人影もまばらな所に店を出すなんてよほどの変わり者か何かしらの言えない事情がある可能性が高いと思ったからだ。
しばらくして女が許可証を持ってやって来た。マクラウド達はそれに目を通す。見たところ偽造ではない本物の許可証のようだ。
「ふむ……疑って悪かったな。ところで何でこんなところに店を?」
「うちは味で勝負してますんで立地はあんまり気にしなくていいんですよ」
「へー、言うなぁ。そこまで言うなら自慢の料理とやらを食わせてくれないか?」
マクラウドはガタンと音を立てて椅子に腰かけた。
「マクラウド、こんなところで昼飯代を無駄にするつもりか?」
「ラル、こいつは俺達に挑戦状を叩きつけたんだぜ? 受けて立つっていうのが男ってもんじゃないのか?」
「勝手にしろ。変な物食わされるのはごめんだぜ」
相棒はマクラウドを置いて新市街地区へと行ってしまった。
「で、この店は何が出せるんだ?」
「あ、それじゃあメニューを持ってきますね」
そう言って女は引っ込み、つたない文字で書かれたメニューを持ってきた。マクラウドは渡されたものを見て首をかしげる。
まず目に留まったのがメニューの多さ……軽く10種類以上ある。まるで貴族向けの店のようだ。
使用人がおらず彼女一人で切り盛りしている事や内装の程度からこの店は明らかに庶民向けの物だが、
そうなるとメニューはその日安く仕入れたものを調理したもの……
具体的には「ウインナーとポテトの盛り合わせ」とか「もつ煮込み」といった一種類しかないのが定番だ。
そのメニューも解説と思われる文章を読んでも今一つピンと来ない、分かることと言えば麺料理が多少多い事ぐらいという謎なメニューばかり。
(ずいぶん強気な価格設定だな……)
次に見て気づいたのは値段。普通の店と比べれば銅貨7~8枚、およそ1.5倍程高い。
(お高くとまってるねぇ……これでまずかったり普通のメシしか出てこないなら金払う必要なんてないな。文句垂れながら出よう)
そう決めこみ注文を出す。
「決めた。このきつねうどんとかいうのをくれ」
「きつねうどん」
「小麦を練った麺にショーユとだし汁を合わせたスープをかけ、具としてアブラアゲをのせた料理」
という説明で、店の中では安い方に入るメニューを選んだ。
何が出てくるのか分からないとなれば、安いメニューで良い。それに自分の種族であるきつねという言葉に無意識に親近感をもったのだ。
注文をしてからしばらくして……
「おまたせしました。きつねうどんです」
女がどんぶりを持ってきた。中には白い麺と濃く茶色の四角い何かがこれまた茶色いスープの中に浮かんでいた。
てっきりキツネの肉でも入っているのかと思ったがそうではなさそうな事に気づいて店主である女に尋ねる。
「なぁ、これのどこがきつねなんだ?」
「そこに茶色いものがありますよね? それは「油揚げ」と言って私の国ではキツネの大好物なんです。それが入っているからきつねうどん。って言うんです」
「ふーん」
異国の風習が出てくるって事はここは外国の料理を食わせてくれる店か。そう思いながらマクラウドは食事を始める。
(まずはスープか)
とりあえずスープでも飲んでみるかと口をつけた、その瞬間だった。
(!? 何だコレ!?)
マクラウドのエメラルドブルーの目がクワッと開く。
飲んでみても材料がどんなものか想像もつかない未知のスープだがとにかく美味い事だけは確か。
深いコクと強烈なうま味を持つ温かいスープが空の胃袋を直撃する。
(ちょっと待て。この麺もすごいぞ)
続いてかかった麺もまた絶品だ。恐ろしく上質な小麦粉を使っているらしく雑味が一切なく、ほのかな甘みすら感じるほどだ。
その上で確かな歯ごたえのある弾力を持ち、噛みごたえと小麦のうまみという2つの満足感を与える。
(……ひょっとしてここ凄え店なんじゃないのか!?)
見た目は普通の店だが料理はとてつもなく、美味い。大抵の屋台は制覇してきたマクラウドの常識を覆すほどの美味さだ。
(残ったのはアブラアゲか……)
まだ口にしていないのはスープに浮かぶ四角くて茶色い物体。フォークで突き刺し、口に運ぶ。
(!!)
そして絶句する。「アブラアゲ」とか言ってたそれは文字通り油で揚げたと思われる何かだった。
それも極めて上質な油を使ったのか揚げ物特有の油臭さが全くない。
適度にスープを吸ったアブラアゲはかみしめる度にスープとそれ自体のうまみを口の中に惜しげも無く吐きだす。
麺、スープ、そしてアブラアゲ。どれもそれ単体でも充分カネが取れるほどの絶品料理の奇跡の共演だった。
マクラウドの手は止まらない。あっという間に食べ尽くし……
「店主! すまん! もう一杯頼む!」
すかさず注文を飛ばす。恐ろしいことにスープ一滴残らずに平らげても全然満腹感が無い。
まだまだ食い足りない! もっとよこせ! と腹が催促していた。
「ふー。食った食った」
2杯のきつねうどんを平らげたマクラウドが出てきた。それも最高の笑顔。
「ラルの奴、大失敗だったな」
変なものは食わされたくはないと出て行った相棒を思いながらつぶやく。
そのうち店の事を教えてやってもいい。そう思いながら彼は午後の見回りを始めるのだった。
【次回予告】
王都では「知る人ぞ知る」だが人気がある料理屋。そこに悪意を持った男が近づいてきた。
第2話「招かれざる客」
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