1-5/正しい選択 - 2
あれが天使ではなく悪魔だったという真実、そしてあの様な悪魔がこの街に現れる可能性があるという事実には心底驚愕した。
だが、それ以上にあの様な巨大な超常存在すら我々で対処しなければならないことの方が受け入れ難い。
一体どれだけの犠牲を払わなければならないのか想像すらつかないからだ。
余りにも衝撃的過ぎて、動揺が脂汗となって額に滲み出るのを感じる。
おまけに膝が微笑みはじめた。他ならないマルコムの言葉ではあるのだが、正直その真実を受け入れられない。
安易に受け入れてしまえば、私の軟な精神はその強烈な負荷に耐えられないだろう。
「ゲヘナは人類にとっての最悪の未来を映すが、そこに現れるものは実像ではなく虚像だ。レンズや鏡に屈折した光の像が実際のそれよりも大きな像となって現れる様に、ゲヘナに映るそれは実体ではなくその性質を像として顕したものだ。実在しているが全てが真実ではない」
「いやいやいや……どう見てもあれは天使、ですよね? あれが悪魔なんて、そんな……」
「ジョン。この街の名前は?」
「……LA?」
「略さず言うと?」
「
「『名は体を表す』だ。神が見捨てたこの街に純粋な天使が現れることはまずありえない。悪魔を屈服させるはずの能天使達ですら、この街の浄化を諦めた程だからな」
「天使が諦めた……何故ですか?」
「この街に
私は思わず頭を抱えた。
困ったことに、彼の話の半分以上が私には理解できない。
とりあえずこの街に
その真意を問う為の知識が私に無い以上、もはやそういう事なのだと受け入れるほかないのだ。思慮する余地もない。
とはいえ、先程マルコムはあれについて「人間がどうこう出来るものではない」と説明していたことをはっきりと覚えている。
つまり私が心配すべきことは強大な悪魔の倒し方ではなく、魔人の目的を止める手段についてということだ。
それが分かった途端、僅かばかりだが気が楽になった。
「よく
「その通りだ。魔人は今夜にでも転生術を発動させるつもりだろう。君の相棒の命は、君の手に掛かっている」
「彼女は……ミシェルはまだ無事と考えていいんですよね?」
「無論だ。君の相棒は儀式が成立するその瞬間まで五体満足でいる必要がある。あれを見たまえ」
マルコムは鏡の中のゲヘナを指差し、極楽鳥の視点をある一点に向けた。
そこは六つの魔力点の対角線がぶつかる場所、黒い光が集まっている魔法陣の中心だった。
目を凝らすとそこには少し背の高いビルが聳え立ち、そしてなんとその屋上には立ち尽くす
その表情は魂の抜け殻の如く酷く虚ろで、光が失せた両の瞳で空に浮かぶ巨大な悪魔をじっと見つめるその様は、まさに異様の一言に尽きる。
しかしこのゲヘナに映るものが虚像だというなら、あれは彼女本人ではなくこの未来が実現した時の彼女の末路、その光景なのだろう。
彼の言う通り恐らくまだ生きてはいるが、止めなければ彼女は
「転生術が成功してしまったら、彼女はその犠牲となる……ということですね。しかし、なぜ彼女は無事なんですか? 攫った理由も不明です。何か犯人に理由があるということですか?」
「ジョン。転生術の仕組みを思い出してみたまえ」
「まさか……犯人が彼女を攫った理由って、転生術の生贄にする為ですか!? そんな、攫われたのはついさっきの話ですよ? あれだけ計画的な犯行を行っておいて、最後の重要な生贄はその場で用意するなんて……それに、確かこの魔人は
「魔造生命体には人間の魂が無い、故に生贄には出来ないのだよ。どこからか調達する必要があった。かの魔人は魔力点の作成の際、触媒の為に『火刑』を再現したが、これは同時に大衆に注目させるという意図も孕んでいる。注目される場所には当然多くの人々が野次馬の如く
そこに立ち寄る者など限られている。
「捜査官……調査に来た俺達を狙ったということですか」
「その中でもある程度の魔力を有し、しかし君の様に反撃の手段を持ってる者ではない、無力な者を選んだのだ。つまり君の相棒は生贄にピッタリだったということだ」
「……犯人は現場に待ち伏せていた様ですが、魔力点は六つ、我々がそのどれに向かうか犯人には分からないはずです」
「君の相棒が現場に到着してから君が到着するまでに、多少の時間があったはずだ。魔力点に目的の者が近付けば魔人の感知力で察知することが出来るし、魔力点間の移動も容易い。君にも覚えがあるだろう?」
確かに魔人が有する魔力感知や霊的感知の能力を使えば、特定の場所に集まるそれらを感知することが可能だ。
移動に関しては何らかの能力か魔術で可能なことは幾分か察することが出来る。
ミシェルが消えた時にもそれを使ったのだろう。
でなければ、煙の様に消えたことの説明がつかない。
生贄を確保する為に待ち伏せしていたことも間違いない。
私達は
全く悪気がないとはいえ、やはり主任を信用してはならないことを改めて実感した。
自然と溜息を吐いてしまうが、今憂慮すべきは犯人の目的を阻止すること、そしてミシェルを救うことだ。
「マルコムさん。転生術を阻止する方法を教えてください」
「先程も伝えたが、方法はいたってシンプルだ。魔人を止めればいい」
「それは……」
「魔力点を破壊せずとも、魔術や魔法で転生術の発動を阻害せずとも、魔人をどうにかすればいい。熾烈弾の補充は自由にしてくれたまえ。あとは――」
「待ってください。魔人を止めるということはつまり、そういうこと……ですよね? ですが魔人も元は人間です。ならば……ならば彼等も、俺が守るべき人達です」
彼の言う通り、魔人を止めれば全てが解決するのだろう。
しかしその「魔人を止める」とは、何もさせないということだ。
六感を奪い、言葉を奪い、四肢の自由を奪い、体機能を奪い、魔人の力を使わせないということ。
全てを支配し、全てを奪うということなのだ。
その『命』さえも――。
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