寓話 ー虎王物語ー

黒崎葦雀

第1話 祭祀

 虎王シレ=カーンの十六年、というから人の世は名君アショーカ王の治世である。

 この年の夏八月、稀代の賢臣、宰相バファラム翁の葬儀がしめやかに執り行われた。

 シレ王はじめ、宮中の家臣から小虫石木に至るまで、森中のありとあらゆる生命が、その死を嘆き、悲しんだ。

 曰く、伽藍の神樹は枝葉を枯らし、幹に集う衆蝉も嘆きの歌に力尽き、もとより短い自らの死期を早めた、と。

 かの老象が、いかに民に慕われていたか、そして国にとっていかに重要な存在であったか、推して知らるるべきである。

 だが、同日の同時刻、場所を異にし、もう一つの祭祀が行われていたことは、王はもとより、政を司る主要な家臣でさえ知る所となっていなかった。

 なぜなら、それはバファラム翁の遺言であり、その祭儀執行を託されたのは、翁が最も信頼を寄せる愛弟子、リューソン唯一人であったからである(後の出世とは裏腹に、このときのリューソンはまだ無名の一書生の身であった)。

 ビカラ沼を越えて十数里、ガンダス丘とサンタラ川のちょうど中間に位置する場所に、目指す地はあった。

 雨林が繁り、昼でも斜陽は差さず、夜ともならば漆黒の闇更に深く極まり、およそ自ら進んで足を進めようとするものもいないその場所に、しかし、その塚は確かにあった。

 塚の前にて、リューソンは丁重に祭祀を執り行う。そしてバファラムより託された祝詞を読み上げるのであった。

 曰く、


 御身は戦火の渦中に命を落とし、戦止んで後も、その身は王都に帰還せること能わず。積怨慨嘆の念、慮るに余りあるところなり。御身のかかる憂き目に遭えるは、唯一重に我が身が責を負うところなれば、如何様にもなされるべきに、年月も止まるところを知らざれば、我もまた老い朽ちたる身なり。今この祝詞を以って知らせるは我が身の死。即ち御身が怨嗟の向かえる先は今、現世の国には在らず。されば、その怨みを忘れ給いて、或いは護国の御霊となりて、後世末永く国を守られんことを願い奉る。


 述べながらリューソンは驚いた。これは祖霊を讃え、敬う言葉とも違う。まるで荒ぶる悪神を宥めるかのような言葉であり、そして塚に眠る者に対する謝罪の言葉であった。

 リューソンはこの儀式を託される際、バファラム翁がふと漏らした言葉を思い出した。

――何と罪深き事だ。死して後も、このような形で許しを請おうというのだから――

 リューソンにはその真意は測りかねるものであったが、このバファラム翁の真の遺言とも言うべき祝詞を介して、翁の意図する所が少し分かった心持であった。

 最後に、リューソンは礼式通りに三礼し、塚より退こうと踵を返した。

 そのときであった。

 塚が唸ったのである。リューソンが振り向くと、確かに塚が揺れている。鳴動すること四度。塚はその身を震わせると、また何事も無く、玉座にまします王の如くに、光射さぬ森に君臨していた。

「そのとき初めて、彼の御方の治まらざる憤怒を知ったのです。そのときばかりは畏怖などではなく、純粋な恐怖を感じました」

 後年、リューソンは尋ねる者にこう語ったという。

 この辺境の地にある小さな塚が、何故、バファラム翁から謝罪の言葉を引き出し、またリューソンをして恐怖せしめたのか。

 それを知るには、国に住む者なら誰もが知る所である、十六年前のあの騒乱に遡ることとなる。

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