『死』の選択肢を探して
りりー
【第一章】おめでとう、死にたくない人達。鳥かごの中で1200年でも生きればいいよ。
ハロー、『生』に縛られた世界
全国で唯一ホームドアがなかった駅に、遂にホームドアが設置されたとニュースキャスターが伝えた。
絶望だ。
完成まではもう少しかかるってSが言うから、来月行く予定だったのに。
『ねぇ、緑境駅、ホームドア完成したんだって。』
『そうなの? おかしいな。 完成は来月中旬のはずだったけど。』
残念だったね。
Sは続けてそう言った。
しかし、それはSにとっても至極残念ははずだ。
それなのに、そんなにサラッと言うなんて、Sはもう他に良いところを見つけたのだろうか。
もしそうなら、こんなに残念なニュースにも何事もないような顔して、残念だねって、そりゃあ言えるはずだ。
Sとは長くお気に入りの場所探しをしているけれど、Sが気に入ったその場所を私に教えてくれるとは限らない。
私だって、良いところを見つけたら、Sには教えないだろう。
私たちが自殺名所巡りをはじめて、もう1年になる。
Sも私も、そろそろお気に入りを見つけてもいい頃だ。
人間の生活には、死と隣り合わせの場所がある。
この国のどこか、そういう場所で毎日人が死んでいる。
広く一般的に、常識的に考えると、そういうのは良くないらしい。
幸せな未来が約束された人から、そんな不本意な事故の為に、生を奪うのは理不尽だ、と。
そういうわけで近年、『全てのお客様の安心安全の為』に、最新の科学技術を用いた安全機能搭載を謳う商品が増え続けている。
自動ブレーキ、ホームドアの設置を始めとして、思いつく限りのその他諸々だ。
人が不慮の事故で死なない為の工夫がなされ、医療技術の向上、生命の危機を脅かす存在の排除によって、平均寿命が伸びている。
万々歳だろう。
平和に、平凡に、幸せに生きている人たちには。
これからも技術はより質の良いものになっていくに違いない。
探究心を満足で埋める為に、研究に研究を重ねる白衣を纏う者たちによって。
気がついた時には、刃物には人間の肌は切れないセンサーがついて、
アイスピックみたいな先の細い物には照準を見定める機能がついて、第三者を傷つけようという人たちには使えない代物になる。
絶景の高所には、落下防止の為のセンサーがついて、誰かが、何かが落ちようものなら、安心安全とでかでかと書かれたマットやら網やらが瞬時にそれらを助けてくれる。
おめでとう、死にたくない人たち。
何も知らないまま、1200年でも生きればいいよ。
『死』という選択肢を奪われて、生きなければならないことは、誰の為の幸せになり得るのだろう。
根本的な改善がなされないまま、『人を死なせないこと』だけがどんどん改良されていってしまう。
ハロー、生に縛られた世界。
ゲームオーバーを知らずに、スタートからゴールまで数センチの命を永遠に繰り返して、その程度のものを、さぁ、幸せと呼びなよ。
『面白いね。
1200年なのに、数センチ?笑』
Sはくすりと笑った。
『命に紆余曲折なんてない。
数十億回心拍数をかち鳴らすだけでゴールだよ?』
『その数十億回が、苦しい人もいるんだけどね。』
『私たちみたいにね。』
そうだ。
だから私は、私から『死』を奪わせたりはしない。
幸せな生活なら、ロボットにでもさせておけば良い。
『死』を選ぶ自由を手放すなんて、想像するだけでも悪寒がする。
だから私は今日もSと出掛ける。
高知県にある
半年も前から目を付けていて、今年中には絶対に足を運びたいとSに伝えていた。
灯台があるくらいだから、海が一望できるに違いない。
死体は海がさらい、魚が食べる。
自然の摂理に反していないところが私は気に入っている。
『夜に着けばいいから、お昼頃に出ようよ。』
私が提案すると、Sは二言返事で了承してくれた。
いつものことだけれど、あの人には自分の意思というものがない。
『うん、いいよ。』
『新宿駅に集合ね。新幹線のチケット取ってくれる?』
『うん。席は?』
『海は見たくない。足摺岬で見たいから。』
『難しい注文。探してみるよ。』
Sは優しい人だ。
お人好しとも言える。
だから虐められるのだ。
「新幹線、席空いてて良かったね。」
「突然キャンセルが出たんだろうね。
なんにせよ、良かった。」
「ねぇ、チケット失くしたってほんと?」
Sは驚く素振りもなく窓の方へ顔を向けてしまった。
品川から乗った新幹線からは、まだ東京の街しか見えないのに。
楽しくもない、いつもの世界なのに。
「嘘。」
「盗まれたんだ?」
「多分ね。」
「あとは何が盗られたの?」
「財布と靴。
チケット、財布に入れてたんだ。」
「大事なものなのに、持ち歩いてたの?」
「大事なものだから持ち歩いてたんだけど。」
けれど、チケットを無くしたことには変わりがない。
昨日、メールを貰ってから大急ぎでSの学校へ向かった。
Sは机の中を1つ1つ確認しているところで、まどろっこしくて手を貸した。
偽善者だの、ガールフレンドだの言われたけれど、戯言だ。
足摺岬に行くためのチケットより大事なことなんて今はない。
靴はゴミ箱で、上着は下駄箱の端でぐしゃぐしゃになっているのを見つけたけれど、財布だけは見つからなかった。
「眠い。」
「新幹線、早い時間の乗れるやつにしたら、朝早くなっちゃったんもんね。
寝ていいよ。」
「やだ。」
Sは自分の話をしたがらない。
だからあまり踏み込んだ話はしないし、話したとしてもすぐ話題を変えるようにしている。
ふたりで内陸側の景色を見たり、少し眠ったりしながら、3時間、新幹線に乗り続けた。
「飛行機の方が良かったね。」
Sがそう言うので、そんなことないと答えた。
「飛行機は別便取るの難しかっただろうし、
私好きだよ、電車。」
「なら良かった。」
Sが少し微笑んだ。
Sも笑うんだなぁと思いながら、私も少しだけ笑みを返した。
きっと、私って笑うんだなぁと思っているに違いない。
岡山から高知、高知から中村駅まで新幹線を乗り継ぎ、私たちは中村駅で遅めの昼食をとった。
いつも通り食欲がないかと思ったら、意外と足摺岬を前にして意欲が湧いているのか、私は『香川県の美味しいうどん〜高知自慢の柚子を添えて〜』を食べた。
柚子は普段は食べないけれど、なかなか美味しかった。
Sは普通の、なんの変哲もないうどんを頼んだ。
美味しいかと聞くと、噛み応えがあると言った。
やっぱり、味はしないらしい。
「味がしないってどんな感じ?」
「うどんの代わりに消しゴム食ってもいいかなって感じ。」
「可哀想だね。私の不眠と交換する?」
へへっと笑って、箸の先をふらふらさせると、Sはその箸を追いながら、『不眠ってどんな感じ?』と聞いてきた。
「夜眠れないし、1時間ごとに起きちゃう。朝は起きれないし、活動時間は常に眠い。」
あと私はもの忘れね、と付け加えた。
話はその辺にして、早く行こうよと急かしていると、うどん屋のおばちゃんらが突然話しかけてきた。
ーどこへ行くの?
ー足摺岬?素敵ねぇ。
ー旅行なんて良いわねぇ。
ーまだ若いんだから、もっと笑いなさいな。
4人テーブルに、暇だからといって座り込んで、いちいち話しかけてくる。
話題はそこらへんにある、取るに足らないことだ。
正直、面倒だった。
私は早く出て行きたいのに、家族想いのSは頑張って話を合わせようとして、そしてますますうどんに手がつかなくなっていた。
可愛がるなら、おばちゃんらの子供か孫を存分に可愛がればいいのに。
私たちなんかに優しくして、若い子が来て嬉しいなんて微笑んで、もったいない。
どうか、この人たちの家族が、この人たちの優しさに触れて幸せでありますよーに。
そう思っている心はあるものの、私の表情やらその他態度諸々はあからさまに不満げだったと思う。
嫌な奴。
親切にしてくれる人に、笑った顔も見せられないなんて、私って、嫌な奴だ。
半分も食べられそうにないSが、申し訳ない気持ちからちびちびちびちび箸をつけ、食べ終わるのを待つともう17時半になっていた。
9時に新宿発だったというのに、もうこんな時間だ。
19時頃着く予定だったことを考えると、まだ17時半かもしれない。
ともかく、私たちはそこから足摺岬へ向かう。
バスが出ているのだけれど、なにせこの時間だ。
後方の座席に私たちふたりと、前の方にひとりだけしか乗っていない。
「ねぇまた車でも探す?」
ふたり寄り添って話す姿はカップルのそれにしか見えないだろう。
これはすごくラッキーなことだ。
それだけでドローンや警察の目を欺ける。
観光ですよ。
ラブラブで幸せなカップルですよ。って。
「車はもういいよ。」
「なんで? 私はあれ人生で起きたイベントトップ3に入ると思ってる。」
「母さんに心配かけたから。」
「うちの親は発狂寸前だったね。
妹にもすんごい目で見られたけど、私は別に気になんなかったな。」
その話というのほ、一年ほど前の、同じように冬の寒い日の出来事だった。
鬱蒼とした森の中で乗り捨てられたボロ車を見つけたのだ。
たまたま七輪と墨を持っていたもんだから、私たちは良いことを思いついた。
近くのコンビニまで何十分もかけて走って行って、ガムテープとライター、そして大きな画用紙を買ってきた。
念のためにナイフも買った。
売買契約書には、バーベキューの為と書いてあげた。
これでこのコンビニは、私たちが何をしても責を問われない。
馬鹿げた契約書だ。
こんなものでは殺人も自殺も防げやしない。
私たちはまた走って車まで戻った。
あの時が1番楽しかったかもしれない。
私たちはふたりとも大笑いしていて、コンビニの袋を振り回して、大股で、跳ねて、走って、飛んで、大袈裟に腕を振った。
車まで辿り着く頃には、ふたりとも息を切らしていたのに、まだ大口をあけて笑っていた。
息を整えもしないうちに、早速、私たちは手分けをして割れた窓ガラスに大きな画用紙を何重にも貼り合わせた。
最高だった。
こんなんで成功するかどうかなんて考えもしないで、ハイになったように笑いながら目張りし続けた。
最後に七輪を運転席に乗せて、炭に火をつけた。
ふたりでドカンと後部座席に座った。
足を投げ出して、深呼吸をした。
浅草寺の常香炉の煙のように、目一杯、身体で感じようとした。
しかし、居た堪れないほど、分かち合わずにはいられないほどの幸福感をぶち壊したのはけたたましいサイレンだった。
防犯ドローンだった。
二酸化炭素濃度と怪しげな行動にアラームを発したのだった。
まもなく警官が現れる。
セラピストもいた。
分かっているくせに、警官はそれらしく尋ねてくる。
「何をしていたの?」
「カーセックスしようとしてました。」
私は最高の気分をどん底に引きずり戻されて最悪の気分だったから、これでもかというほどぶっきらぼうに答えてやった。
「見られたくないから窓を塞ぎました、
寒いから火を起こしました。
せっかくこれからお楽しみだったのに、おじさんたち、最悪。」
警官たちは顔を見合わせて、やれやれと親を呼んだ。
寒いから火を起こしたというでっちあげは早々に却下された。
七輪とそれらはバーベキューの為だと懇切丁寧に説明したのに、私の話は全部却下された。
Sの母は泣きながら、私の家族へ謝っていて、私のろくでもない母親は怒り心頭に怒鳴り散らしていた。
心中しようとしたのか。
カーセックスしようとしたのか。
多分、母親たちはどっちだっていいに決まってる。
妹はただ、私を見つめていた。
以来、私たちはこのことを、カーセックス未遂事件と呼んでいる。
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