約束

 一カ月後。


 夜遅くのノックに「悪いが注文は受け付けてないんだ!」と怒鳴ったゼペットは「ジアッキーノ様よりの使いです」という返事を聞くとドアを開け、さっさと脇にどいた。

 制服の男たちは二人がかりでトランクを運び込み、工房の作業台の上にどすんと乗せ、ゼペットに敬礼した。

「ゼペット様にご伝言です」

 使者はまるで名誉をさずけるかのように誇らしげな様子で手紙を読み始めた。


『前略。貴殿のご尽力により母子共無事に危機を逃れました事、感謝に絶えません。依頼主のお申し出に従い追加報酬を持たせましたのでお納めください。また古いもので恐縮ですが、学生時分の解剖関連資料を同梱いたしました。墓を掘り起こす作業は腰に大いなる負担をかけます故、なるべくこちらをご利用なさいますよう』


 そこでもう一人の使者がトランクのふたを開けると、中にはびっしりと詰まった金貨の上に書籍が数冊乗っていた。ゼペットがうなずくと使者はおごそかにふたを閉めた。金具のバチンバチンという音を合図に読み上げが再開された。


『さて、貴殿に折り入ってご相談がございます。依頼主であるご母堂より、御恩をたまわった貴殿のほう名であらせられる【ピッノキオ】をご子息に付けたいとのよし。差し支えなければ使いの者に持たせた同意書にサインを頂戴したく、平にお願いする所存であります』


 ゼペットはやれやれ手間のかかることだと文句を言いながら、ペンとインク壷を持ってくると、真面目くさった顔つきで使者に言った。

「実は差し支えがないとは言えん。サインをする前に一ついいかね?」

 使者がうなずくとゼペットは彼の口調を真似まねて言った。

「では。『ご命名に際しては、我がピッノキオ家の男が、先祖代々より例外なく大の女好きであること夢夢お忘れなきよう』。ジアッキーノ殿にそうご進言ください」

 使者は笑いをみ殺しながら、一句たがわずに伝えることを約束し、見覚えのある紋章の透かしが入った同意書を作業台の上に置いた。ゼペットがサインをし終わると、使者の一人は同意書をひらひらさせてインクを乾かし、丁寧ていねいに畳むと封筒に入れてふところにしまった。もう一人の使者はそれを見届けると、手紙の最後の箇所を読み上げた。


『追記

 闇に潜む身の上でせんえつに過ぎるのは承知のうえで、

 新たなるご依頼をもつてこの手紙を終えたいと存じます。

 再び貴方様とお会いする。

 あらがいようのない力が私たちを再び引き合わせる。

 私はそう直感しております。

 きたるべきその日に、我々は祝福の光に包まれる。

 私はそう予見しております。

 その時、私は何物かの陰に隠れたくない。

 貴方様と並び、その光の中に進み出たいと願います。

 つきましては、来るべきその日のために、

 私の顔を作成しておいて頂けないでしょうか?

 報酬については別途ご相談させてください』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る