明かさない夜

山の端さっど

明かさない夜【第146回フリーワンライ参加作品】

【第146回フリーワンライ】

お題:明日はきっと○○な日

   トラック

   好きになりたかった


* * * * * * * * *


 明けない夜をずっと歩いている。


「トリ、今夜は霧だよ」

 ナノが片目を閉じて振り返った。

「よく分かるもんだね」

 トリはさえずるように返す。

「それだけが僕の特技だからね!」

「『だけ』が?」

 ナノは曖昧に微笑んだ。

「……それ以外は忘れちゃったんだ」

 ナノはふらふらとまた歩き出す。その背をただトリは、冷めた目で見て追いかける。

 二人が共にこの夜を歩き出してから優に一年。夜が明けたことは、ない。



「落とし物発見」

 ナノはトリと違って目が良い。遠くに見つけたそれへ向かって、まっすぐに駆けだした。数時間歩き続けていたトリは肩で軽く息をしながら、ナノを黙って見送る。

 間もなく、ナノは円くきらきら光る円盤を持ってきた。もう片手には透明な薄い箱と、なにかの機械を抱えている。

「昔の、CDってやつだね。聴いてみようか?」

 円盤をくるくると回しながら問うナノに、トリはいや、と返す。

「この曲は嫌いだ」

 CDの入っていた薄い箱から紙を抜き出すと、一部を鋭い爪でザリザリとこする。

「この曲を潰すなら聴いてもいい」

「?」

 ナノは首をがくりと傾げるとトリの近くに駆け寄った。その時にはもう、その曲名は消されていて読めない。

「ひとつめ。トラック1ってやつだ。何がキライなの?」

「この曲」

 トリは歌詞カードをちらりと掲げる。

「あはは、僕にはその文字は読めないよ」

「CDは知ってるのに?」

「うん、僕、トリに教えてもらった文字しか読めないんだ」

 トリはその言葉に反応しようとして、しばらく顔をゆがめた。その結果、何も言わないことにして、代わりに読み上げる。



「"明けない夜はない"」



「……トリ、それ、どうゆう意味?」

「意味が分からないから嫌いなんだよ」

 トリの爪が、歌詞のその部分を削って、同じように消す。

「その紙もらってもいい?」

「駄目。それより、聴くのか? 持ってけはしないぞ」

 ナノは首を振った。

「トリが聴きたくないなら、いいや」


 二人はまた歩き出す。次第に、ぼんやりとした霧が二人を包み始めた。


「"夜が明ける"ってどんなのだったの?」

「この前教えた、"朝"が来ること。寝れる奴らが迎えるものだ」

「"寝る"ってどんなことなの?」

「寝る前のことを、後悔できる奴らがすること」


「……なんだ、じゃあ僕らにはできないね!」

「……」

 トリは冷たい目でナノを見る。


 ナノには、夜だけのこの世界に来る前の記憶が全くない。その理由は、文字を読めないことから、なんとなく分からないこともない。

 それでも、どんな理由があれ、後悔することを許されないことをしたことに、変わりはない。


「それとね、トリ……」

 言いかけたナノの背に、獣の姿がユラリと現れた。

「ナノ!」

 トリの爪が、その瞳を一閃して、潰す。


 ナノがくるりと振り返った。

「ごめんね、鬼さん。僕たち、まだ"後悔"する世界には、帰れないんだぁ。業が深すぎるからさ」

 そして拳を脳天に下ろした。



 ザリ、ザリ。嫌な音を立てて、ナノは死体を落とした穴を埋めた。そして、手を一回だけ合わせる。

「それで、さっき言いかけてたのは?」

 トリが小声で言うと、ナノは大声で返す。

「そう! それと!」

 ナノがずいとトリに首を寄せる。

「CDを『つぶす』って、どうやるの?」

「さあ。CDのこのあたりを傷つけときゃ1曲目は聴けなくなるだろ」

「トリは物知りだねぇ」


 夜だけの世界。

 朝を迎えることが許されない者たちのための世界に、二人が来てからたった一年しか、経っていない。

 ずっとあてもなく歩いていけば、もう、二人の輪郭も真っ暗な靄に溶け込んで、遠くからは見えない。

 明日もきっと暗闇の日。

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明かさない夜 山の端さっど @CridAgeT

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