ななっしー君
椿屋 ひろみ
ななっしー君
俺は常盤 栄吉、43歳無職。
名を聴けば頭が下がるようないい大学を卒業して数十年。
大学時代に世間の浅はかさを知って、世間についてゆけず引きこもりを続け、従って職歴はなし。
年老いたお袋からは毎日のように仕事しろとばかり言われうんざりしていた。
そんなある日、俺じゃなくて俺が俺以外のものになって働くというコペルニクス的大回転な考えを思いついた。
では、実際にどうすればよいのか。
美容整形なんて痛いことはしたくない。それに顔は一応自身がある。
だが、そのままの俺が出てしまえば意味がない。
俺はふと丁度テレビでやってる、お父さまといっしょに出てる着ぐるみに目を遣った。
早速チラシの裏に俺が考えた最高のキャラクターをボールペンで描いた。
そして、そのままの足でチラシを握りしめ、数少ない友人の家に向かった。
友人は嫌な顔をして俺を迎えた。
俺は数十年ぶりに生き生きとした顔で俺の考えていることの説明をした。
コスプレ衣装の製作の会社を個人経営でやっている友人はその話に嫌々ながら乗ってくれた。
その一週間後、それが宅配で送られて来た。
早速、段ボールを破り緑色のそれを着てみた。
全身を映す鏡の向こうに俺じゃない、滑稽なキャラクターが滑稽なポーズで立っていた。
「そういや、名前考えてなかったな。」
正直、名前なんてどうでもよく、名無しでもよかったのでとりあえず、ななっしーと名付けた。
俺はテレビ局に片っ端から電話し、ななっしーを売り込んだ。
動画サイトにアップしたり、あらゆるサイトにななっしーのアカウントを作ったり今まで使っていなかった労働力の埋め合わせをするように精力的に働いた。
そして、ななっしーは瞬く間に人気者になった。
キモ可愛いという貶してるのか褒めてるのかわからないジャンルに入れられ、寝る暇もなくイベントやテレビに引っ張りタコになった。
本当はトカゲのつもりで描いたのに勝手に恐竜という設定にされ、段差につまずいて身動きできなくなったところを死にかけのマグロポーズと持ちネタ扱いされた。
…正直、どうでもいいや。
「きゃあぁぁっななっしー君」
「死にかけのマグロポーズしてぇ」
最近まで無職で世間のゴミ屑扱いされていた俺が、ただ着ぐるみ着て街中を歩くだけで女子供から可愛いだのハグしてだの言われているのだ。
キャハと声を出しながら、寄ってくる女にハグをし、中身の俺は鼻で笑った。
ところがある日、ななっしーの偽物が現れた。
ななっしーを作った友人がコスプレ制作会社が提示した数億という大金に眩んで権利を売ってしまったのだ。
俺は顔面蒼白になりながら友人に電話をしたがお金をもらって海外に飛んだのか、繋がらなくなった。
それから全国の店にななっしーの着ぐるみが並んだ。
イベント好きの輩がウケ狙いにと老若男女関係なく買って行った。
そして思うより早くに恐れていたことが起こった。
…ななっしーが人を殺したのだ。
殺人現場の防犯カメラにちゃんとななっしーは映っていたが、量産されすぎてもはやどのななっしーなのかわからなくなって早々に迷宮入りした。
その事件以来、犯罪者のカモフラージュ用にも使われるようになった。
俺はこの着ぐるみが怖くなり、真夜中に遠くのゴミ捨て場にこっそり捨てた。
一連の事件に気づいた生産工場は着ぐるみを生産中止にして回収しようとしたが、時はすでに遅く売れすぎて回収不能になっていた。
それを聴きつけた海外のテロ組織はななっしーを裏ルートで手に入れ、ななっしーはますます過激な犯罪に手を染めた。
…世界は悪いななっしーに埋め尽くされた。
もしかしたらあなたの後ろに…
ななっしー君 椿屋 ひろみ @tubakiya-h1rom1
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