ひまわり畑と軽トラ

篠岡遼佳

明日はきっと

 ――向日葵畑と青い空が、ずっと続いている。


 軽トラは調子悪く、舗装されていないその道を、なんとはなしにリズムよくバウンドしながら進んでいた。

 ラジオも壊れているのか、それともここでは電波が拾えないのか、捉えどころのない雑音を流している。


 こんなど田舎まで来たのは、毎年の夏の旅行の行き先がぎりぎりまで決まらなかったからだ。その原因である隣で運転しているは、雑音に合わせて適当な鼻歌を歌っている。暢気なものだが、肩をすくめつつも許してやらなくもない。単線をずっと乗り継ぎ、駅にたどり着いた俺を、この車で迎えに来た時点でお察しである。


 こいつはずっとそんな感じだ。まあ、長い付き合いというか腐れ縁なのだが、それでもいまいちつかみ所がない。――小学生の時は牛乳の早飲みで勝負をしたっけ。最終的には吹き出させるのがお前の目的になっていたな。そういうところのあるヤツだ。中学ではサッカーをやったな。お前はよくいえば冷静だから、司令塔役をやりつつ、めっちゃ走り回ってもいた。あれだろ、走りたいタイミングで走ってただろ。そういうのヤメロ。

 高校まで来ると、お前はよく本を読むようになったな。成績もいつも俺よりはよくて、なんかそういうのもムカつく。でもなんていうか、お前は気付くとそこにいるっていうか、まあ空気みたいなのが許せるっていうか、そういう感じだ。だから今でも友達が多い。夏の旅行が定番になったのもこの頃だっけ。

 放課後なにしてたかな。すげー無駄な時間を過ごしてたけど、なんかずっと笑ってた記憶しかない。トイレからトイレットペーパー持ち出してぐるぐる巻きにしたり、万年部員不足の合唱部にスカウトされたり、制服と革靴のまま走り幅跳びして砂まみれになったり、なんかあんまり進学校の思い出じゃないな。勉強結構キツかったから、その反動かもしれない。


 大学まで一緒になるとは予想してなかったよ、ほんと。俺は全然やりたいこととかなかったのに、とりあえずで進学して、それでまたお前と一緒になるなんてな。キャンパスの事前説明会で、なんか見覚えのあるヤツがと思ったらお前だったわけだけど、なんで事前に知らせないかな。結局アパートは隣だったわけだし、早く言えよ。どうせ「びっくりするかと思って」とか言うんだろ。っていうか言ってたな。覚えてるよほんと。びっくりさせるの得意だな! お前。今回もそうだろ? だって服も似てるのはなんでだ? なんか赤に白だし、狙ってやってるだろ?


 で、どこまで行くんだっけ? なんかずーっと走ってる気がするけど。

 予定どおり海に行くんだっけ。そうか、この先には海があるんだな。

 向日葵畑がなだらかに続いている。空は相変わらず青い。

 不思議だけど、まぶしい割に暑くはない。お前は……なんで軍手なんてしてるんだ? 暑いだろ?


 えーっと、どこまで話したっけ。そう、なんか、大学になってからお前、割と距離近くなったよな。他にあんまり友達も作らなくて……というか勉強忙しくて、あんまり暇じゃなかったはずなのに。週に一回はお互いの家に行って、あほみたいなこと一緒にしてたな。うん、そういうのは楽しかった。酒が飲めるようになったときも一緒にいたっけ。誕生日近くてよかったよな。その頃俺はようやく将来のことを決めて、お前も決めて、卒業のあとは、割と離ればなれになるって予感がしてたんだよ。

 ……予感が、してたんだよ。


 いつも一緒だったじゃん。つかず離れずで、ずっと一緒なんだから、それでよかったんじゃないのか?

 ――いや、ダメだったんだよな。わかるよ、俺だって、そのくらいは。

 なんでだろうな。でも、そういうんじゃなかった。俺は……俺は、全然、お前のことなんにも知らなかったのかもしれないな。

 長い間、ありがとう。

 流されやすくて適当な俺でも、だけど、だから、好きになりたかった。

 本当だよ。当たり前じゃん、こんなに長くいるの、他にいないだろ。

 でも、違うんだ。ちがう、そうじゃなくて――お前は、大事な友達だよ。


 なあ、机の引き出しに何があるんだ? さっきから気にしてるみたいだけど。

 ……お前は、なにを決めたんだ?



 ――ガタン。

 大きくトラックが揺れた。

 ラジオの音が、軽くなにかの声を拾って、すぐに雑音まみれになる。

 なにかが飛び散って赤くなった軍手が、音を切った。


 シャツ、真っ赤だな。これから、海に行くんだっけ。



 ――向日葵畑がずっと続いている。真夏の、青い空。



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ひまわり畑と軽トラ 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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