The Pulse of Your Heart

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Lady, start your engine.

 この道を通るたび、私はピンボールのことを思い出す。

 私は本物のピンボール・マシンを見たことがない。私にとって、ピンボールとはパソコンの中にある存在だった。

 私に初めて与えられたパソコンは家族のお下がりで、それでも与えられた当初はあまり使うことがなかった。

 ところで、私の家の隣には一つ下の子が住んでいて、幼いころは、のぞーー彼女のあだ名だーーの共働きの親たちが帰ってくるまで、よくうちで遊んでいた。彼女はパソコンとか、そういうのに強くて、年上の私よりも詳しくいろんなことを知っていた。

「けーちゃん、まだそんな古いやつ使ってるの!?」

なんて生意気を言う奴だったけど。

 そんな彼女は私との遊び、ひとり遊びがふたつみたいなものだったけど、に退屈し始めるといつも標準のピンボールを遊び始めた。結構やりこんでいたらしくて、ハイスコア欄はいつだって彼女の名前で埋まっていた。

 私もひとりの時に何度か挑戦してみたけどまったく歯が立たず、結局最後までハイスコアに“戸口啓子”の名前を入力する機会はなかった。

 私やのぞが高校に進学した後も、時々ふらっと遊びに来ていた。そして、遊びに来るたび、新しい機種では削除されちゃったからと、そのピンボールゲームに興じていた。

 私はのぞが遊んでいる様子を眺めるのが好きだった。

 私が大学進学間近という頃、久しぶりに遊びに来たのぞが、入学祝いで新調した私のパソコンを見て、興味津々なのを隠そうともせずに、ひとしきりぺたぺたと触ってみた後、

「そっかー、じゃあもうピンボールでは遊べないね」

と少しだけ残念そうに口にしたことを覚えている。

 その後、彼女とは会っていない。

 とは言っても大した理由があるわけじゃなく、進学を期に私の生活時間が随分変わってしまったというだけの話だし、あるいは彼女にも受験があってそれどころではないというだけの話だ。

 進路が決まれば、また会うこともあるだろう。挨拶くらいは来るかもしれない。確か私の大学かそれに近いところを受けると言っていたはずだから。


 ええと、何の話だっけ。ああ、そうだ、このドライブの話だ。

 車にも旅にも縁の薄かった私が、ドライブと称した泊まりを含む旅行へと頻繁に赴くようになったのは、隣に座る彼女の、「車を貰ったから練習につきあって欲しい」という誘いがきっかけだった。

 川上佳歩。私のドライバー。

 最初はちょっとしたドライブから。だんだん距離と時間が延びてきて、荷物も小さなショルダーバッグじゃ足りなくなって。

 “お下がり”で乗るには少々豪華すぎるこの車をはじめとして、佳歩は日常のちょっとした場面で、ただものではないといった雰囲気を漂わせる。

 そして、ときどきは私も、その御相伴にあずかっている、というわけだ。


 毎度毎度この助手席に座っていて気づいたのだけど、隣に座るこのドライバーさんが、一番気が急いているのは、このバイパスを走る時だ。佳歩の家を起点として、南北へ移動するときには必ず使うことになる、このバイパスを。

 私の家まで迎えに来てもらい、たいてい佳歩の家でスイングバイして。

 彼女が一番苛立つのは、行きに走るこの道の渋滞だ。

 この観察から言えることはつまり、何か物事を始めるにはスピードが必要なのだ。

 いつもの毎日へ引き戻そうとする力を振り切るために。

 日常の重力圏から脱する為に。


 北へ向かって快調に飛ばす私たちは、バネのエネルギーで打ち出されたボールだ。あらかじめ定められたレーンに沿って、一直線に進んでいく。

 ゲームの始まり。上手く操作して。ボールを、落とすことのないように。

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