20年目のプロポーズ

ありこ

第1話

あなたと初めて出会ったのは、私が20歳になった夏だった。


私の住むマンションの隣室には、私の親友一家が住んでいた。

昔から何でも話せる大好きな加津子は、19歳の時に知り合った妻子ある男性との間に出来た乳飲み子を産んだ。


両親にはずいぶん反対されたようだが、彼女はその赤ん坊を父親の居ない子として育てる事を決めた。



それが、その赤ん坊が、あなただった。






「かわいいねぇ、ほんとかわいい」


人差し指を赤ん坊の手のひらに添えると優しく握られた。

その感触がとても愛おしい。


「さえちゃんだけだよ、可愛いとか言ってくれんのは」


洗濯物をたたみながら、化粧っ気の無い顔で加津子は笑った。


「かわいいじゃん。加津子もママなんだね」


「実感ないけどね、まだ実家に居ないと暮らせないし」


「働けるようになったらマンション出て行くの?」


「父さんと母さんがね、ここで育てる事を許してくれないから」


不倫の果てに出来た赤ん坊を孫だとは認めないと、加津子の両親は決めたそうだ。


「この子の名前、決めたの?」


「うん、決めたよ」


加津子はたたんでいた洗濯物の一枚を私に手渡した。


真新しいクマのよだれかけには、黒い油性マジックで名前が書かれていた。


「亜紀斗くん、か」


私の声に反応したように泣き出した亜紀斗を、加津子は不慣れな手つきで抱き上げて、真っ赤な夕日が沈みかけたベランダのまで歩いて行った。


私も加津子も、成人式を迎えたばかりの未熟な大人だったのだ。








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