黙ると死ぬベルト「エンゲージ・プリーズ」

 重力加速度と空気抵抗を身に纏いながら、乃々ののは落下する。

 

 落下しながら乃々ののは、今までの人生を、女性として歩んできていた生涯を思い出していた。


 何人もの男性に告白されたこと。


 ナンパされたこと。


 子供の頃、パパのお嫁さんになると無邪気に言ったこと。


 魔法少女の真似事をしたこと。

 

 初潮を迎えた時のこと。


 初めて化粧をした時のこと。



 そして、勇助ゆうすけと出会ったこと。 


 2人で映画を見たこと。


 2人でデートしたこと。


 キスしたこと。


 どれもこれも全て、乃々ののの胸に刻まれた素敵なイベント、記憶。



 だがそれは全て、乃々ののが女性であるがゆえに起こった、イベント。



 しかし、乃々ののは女ではなかった。

 

 本当は男。文字石もじいしによって強制的に女に性転換していたのだ。


 つまり、乃々ののがこれまで過ごしてきた時間は全て、嘘だったのだ。


 偽りの過去。

 残酷な現実。

 暗黒の未来。


 乃々ののは何もかもが嫌になった。一刻も早くこの世界から消えて無くなりたかった。


 あと数秒、少しだけ我慢すれば、全てが終わる。乃々ののは己の死を受け入れた。






「させるかぁ!!」


 ――トメル! ハネル! ハラウ! レッツ、カキトリ!!――


 乃々ののが飛び降りるのを見た勇助ゆうすけは、文字もじるドライバーで即座にモジシャンに変身。


 フェンスを突き破り、建物の壁を蹴って勢いよく落下して、勇助ゆうすけ乃々ののの後を追う。


 モジシャンの瞬発力とスピード、壁を蹴った脚力ならば、自由落下する乃々ののに追いつくは容易い。


 勇助ゆうすけは空中でガッチリと乃々ののを掴む。


「キーメイス!!」


 乃々ののを抱えながら、愛用のカタカナを呼び出す勇助ゆうすけ

 彼はキーメイスを病院の壁に突き刺す。


 ガリガリガリとキーメイスは壁を削りながら、2人の落下速度を殺していく。


 乃々のの勇助ゆうすけのつま先が地面に衝突するギリギリのところで、彼らの落下は止まった。


「はぁはぁ、セーフっと」


 勇助ゆうすけは、乃々ののをそっと地面に下ろし、変身を解いた。


 自分を助けた勇助ゆうすけに対して乃々ののは……。


「バカ勇助ゆうすけ!!」


 地面の土を掴み、それを投げつけた。男性ボイスになった声を聞かれないように、片方の手で口を押さえながら。


 何度も何度も土を投げつける乃々のの。泥だらけになっていく勇助ゆうすけの服。 


「なんで助けたのよ!」


「……目の前で死にそうな人がいたら助けるの人情、まして俺はモジシャンだ。助けないわけにはいかない」


「ふざけないで!!」


 今までは土ばかりだったが、乃々ののは石も投げ始める。


「私の気持ちが分かる!? 女の子として生きてきたのに、本当は男だったなんて言われた気持ちが、絶望が! ただの人間のあんたに分かる!?」


「……そうだな。分かりっこない、想像もできない」


「だったらもうほっといてよ!! 私は死にたいの!」


 乃々ののの投石が勇助の顔面にクリーンヒットする。


「あ」


 興奮していた乃々ののも、顔面は流石にやりすぎたと思ったらしく、これ以上石や土を投げるのはやめた。


「……今までの私の身体は、文字石もじいしによって作られたものだった。て、ことはさ。私は文字化けと同じ。あの醜い化け物と同じだったってわけ。……あはは、笑っちゃうわよね。世間じゃ、美少女美少女、ってもてはやされてた人間が、実は化け物だったなんてさ」


 乃々ののの心情を表すかのように、空が荒れる。

 冷たい雨粒が2人を濡らす。


「……私、怖いの。どんどん男になっていく自分の身体が。男として生きていかなきゃいけないこれからの人生が。怖いの」


 乃々ののの身体が震える。この震えは雨による体温低下によるものではない。恐怖が原因の震え。


「……ねえ勇助ゆうすけ。ヒーローは困ってる人を助けるのが仕事でしょ。だったら私を救って。お願いだから、死なせて。まだ女としての要素が残ってるうちに、死なせてよぉ」


 それは乃々ののの心からの願い。


 今の乃々ののに死への躊躇いもこの世への未練も、一切無い。彼女の心は完全に残酷な現実への絶望が支配していた。


 乃々ののの懇願に、勇助ゆうすけの答えは……。


「やだ。乃々ののに死なれると、俺が困る」


「なんで、なんで」


「乃々が俺の愛する人だから」


 勇助ゆうすけの言葉に乃々ののはたじろぎ、そしてゆっくりを膝から崩れ落ちる。


 彼の今の言葉に嘘偽りは無い。

 勇助ゆうすけの口から自然に出た、彼の本心そのものだ。


 それは勇助ゆうすけの眼が物語っていた。濁りの無いまっすぐな瞳。真剣な眼差し。


 勇助ゆうすけ乃々ののに歩み寄り、乃々と同じ目線になるようにしゃがみこむ。


「本当はさ、7月7日にあのレストランで言うつもりだったんだ。でも俺が遅刻したせいで乃々ののが怒ったから、言いそびれた」


 突然勇助ゆうすけは何かを語りだす。


「それで、次の日に喫茶店で言おうと思ったんだけど。乃々のの文字もじるドライバーを使えたことにびっくりしちまって、言うのを忘れちまった」


「……?」


「その後も、乃々ののがモジシャンとして活動したり、佐々木ささきのことがあったりで、いろいろゴタゴタしてたから、結局言うタイミングを逃した」


 乃々のの勇助ゆうすけが何を言わんとしているの理解できなかった。


「で、なんでもない日に言うのもあれだと思ったからさ。だったらいっそ9月まで待つことにした。9日の乃々ののの誕生日に言う予定だった。でももうタイミングやシチュエーションにこだわるのはやめた。今、言う。ここで、言う」


「何を……」


乃々のの


 勇助ゆうすけはポケットから何かを取り出して、それを乃々ののに見せながら言った。






「俺と結婚してくれ」






 それは指輪。エンゲージリング。


 しかもこれはただの結婚指輪ではない。


 この指輪はあの日、7月7日に、乃々ののが交際1周年記念に用意しておいたペアリング、激昂した乃々ののが投げ捨てたペアリング。それを勇助ゆうすけが回収し、結婚指輪に加工したのだ。


 指輪を見た乃々ののは、勇助ゆうすけが本当に自分を愛してくれていることを、男性化していく自分をまだ愛していてくれることを理解した。


「でも私、男なんだよ?」


「だからどうした」


「男同士は結婚できないんだよ?」


「同性婚が認められている国に移住すればいい」


「おっぱいも無くなるんだよ?」


「俺は貧乳派だから問題ない」


「そのうち、ちんちんも生えてくるよ?」


「ふたなりや男の娘は嫌いじゃない」


「でも」


乃々のの


 何か言おうとする乃々のの勇助ゆうすけは遮る。


「御託はもういい。プロポーズの返事を、聞かせてくれ」


 今1度、勇助ゆうすけは指輪を乃々ののに見せつける。


 乃々ののは指輪と勇助ゆうすけの真剣な顔を交互に見る。


「ふ、不束者ですが。よろしくお願いします」


 指輪を受け取る乃々のの

 

 乃々ののは指輪を握り締めながら泣き始める。


 だがこれは悲しみの涙ではない。その証拠に空はすっかり穏やかになっていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 登場人物情報が更新されました


佐倉乃々さくらのの

 19歳。中性

 ミスコンで銅賞を貰えるほどの容姿を持つ。

 彼氏持ち。

 赤いモジシャンに変身する。

 文字石もじいしは『女』


 本当の性別で男で、『女』文字石もじいしによって性転換していた。


 勇助ゆうすけのプロポーズを受ける。

 

 好きなライダーは、仮面ライダー電王(超クライマックスフォーム)



江角勇助えすみゆうすけ

 19歳。男性

 乃々ののの彼氏。

 青もしくはオーシャンブルーのモジシャンに変身する。

 文字石もじいしは『幾』と『流』


 乃々ののにプロポーズする。


 好きなライダーは、仮面ライダーディケイド(通常形態)。



漢一了かんかずあき

 40代。男性

 ワードカンパニー社長。

 白のモジシャンに変身できる。

 文字石もじいしは『散』


 好きな仮面ライダーは、仮面ライダー2号。



草垣天音くさがきあまね

 18歳。女性

 ワードカンパニーの秘書。


 好きな仮面ライダーは、仮面ライダーレーザー(バイクゲーマーLv.2)



十文字平じゅうもんじたいら

 40代。男性

 文字もじるドライバーの開発者。

 黄金のモジシャンに変身する。

 文字石もじいしは『創』と『壊』

 

 好きな仮面ライダーは、仮面ライダーデューク(レモンエナジーアームズ)


 

佐々木仁ささきじん

 29歳。男性。

 黒もしくは灰色のモジシャンに変身する。

 文字石もじいしは『伊』と『止』


 好きな仮面ライダーは、仮面ライダーナイト



佐々木奈央ささきなお

 享年20歳。女性

 佐々木仁ささきじんの妹。

 マゼンダ色のモジシャンに変身した。


 プロト文字もじるドライバーの欠陥により、死亡

 あの世から皆を見守っている。


 好きな仮面ライダーは、仮面ライダーオーズ(ガタキリバコンボ)

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