遅刻防止にデンライナーで電車通勤したい

 約束の時間は夜8時。その時間を過ぎても勇助ゆうすけは現れなかった。


 きっとまた撮影に向かったのだろう、と乃々ののは予想する。


 乃々ののはスマホのニュースアプリを開く。隣町で怪人が現れたとアプリが乃々ののに告げる。


「やっぱりね」


 彼女は確信した。勇助ゆうすけは隣町にいると。


 ため息をつくも、乃々のの勇助ゆうすけを待つことにした。


 今まで彼は遅刻をすることはあっても、約束をすっぽかすことは決してなかった。


 どんなに遅れても必ず来てくれると、乃々ののは信じていた。


 しかし。


「あの、お客様。申し訳ありませんが、もう店を閉めますので……」


 勇助ゆうすけは来なかった。


 閉店時刻11時を過ぎても来なかった。


 無理を言って11時半までお店を開けてもらったが、結局来なかった。


 ウェイターが乃々ののに店を出るように丁寧に催促する。


「分かりました」


 暗い顔をしながら乃々ののは食卓を立つ。


 このまま店にいても迷惑がかかるし、これ以上長居したら店員さん達に自分は『彼氏に約束をすっぽかされた惨めな女』と陰で笑われそうな気がしたからだ。


「あの、お客様」


 扉に手をかけようとした乃々ののを呼び止める者がいた。


江角えすみ様のご要望で用意したものです。よろしければ、お持ち帰りになられませんか?」


 声の主はこのレストランの料理長だった。彼は中くらいの皿を持っており、そこには少し小さめのホールケーキが乗っていた。


 このケーキは、勇助ゆうすけが事前に料理長に頼んでいたもの。

 サプライズで乃々ののを喜ばせようと用意したもの。

 ケーキの上には『Happy Anniversary』と刻まれたチョコプレートが飾られていた。


 それを見た乃々ののは、勇助ゆうすけが自分と同じくらい、今日の記念日を楽しみにしていたことを理解した。


 だがそれと同時に、どうして勇助ゆうすけが来ないのか、という怒りもこみ上げてきた。


 彼女の沈黙を了承と解釈したのか、料理長はケーキを箱に丁寧に包んでくれた。


 乃々ののは無言で箱を受け取り、一礼をしてから逃げるようにレストランを立ち去った。


 夜も遅いので人通りは少ないかと思ったが、今日は七夕だからだろうか、夜道を歩きながらデートをするカップルがちらほらいた。


 そんな恋人達とすれ違うたびに、乃々ののは自分が一人であることを思い知らされる。


 彼女はふと夜空を見上げる。


 空には雲1つ無く、町の明かりが散乱しているせいで薄っすらとだけれども、天の川と夏の大三角形が見えた。

 きっと今頃は織姫と彦星は1年ぶりのデートを楽しんでいることだろう。


 乃々ののは自分達と他の恋人達を比べてしまう。


 自分達は神様や天の川に引き裂かれたわけでもないのに、どうして自分達は満足なデートができないのだろうか。


 他の恋人達はベガとアルタイルを見て愛を確かめ合っているのに、どうして自分の彼氏は隣にいないのだろう。


乃々のの!」


 そんなことばかり考えていると、後ろから彼女の名を呼ぶ声がする。


 乃々ののが振り返ると、そこには恋人の勇助ゆうすけがいた。


 おそらく走ってきたのだろう、彼は虫の息になっている。


 たしかに勇助ゆうすけ乃々ののの前に現れた。

 

 彼女が信じたとおり、約束の時間はかなり過ぎていたが、勇助ゆうすけ乃々ののに会いに来た。


 だが、今回はあまりにも遅かった。遅すぎたのだ。


「バカ勇助ゆうすけ!! なんで来なかったのよ!!」


 乃々ののの怒鳴り声が夜空に響く。織姫と彦星がビクっとするくらいの怒声。


「わ、悪い。怪人の撮影中に事故が起きて、さっきまで病院で治療してもらっていて、それで」


 勇助ゆうすけの左腕は包帯と三角巾で固定されていた。


 おそらく骨折したのだろう。


 普段の乃々ののなら心配して労わるところだが、今の乃々ののの心理状態ではそんな余裕は無かった。


「また怪人!? 怪人怪人怪人怪人! そんなに怪人が好きなら、怪人と付き合えばいいのよ!」


 怪我人は労われ、なんて先人の言葉は今の乃々ののの頭には欠片も無い。


 料理長が包んでくれたケーキを箱ごと乃々のの勇助ゆうすけに投げつけた。


 左腕を庇った勇助ゆうすけは右半身でケーキ箱を受ける。


「何よ、こんなもの!!」


 乃々ののは用意しておいたペアリングも地面に叩きつけた。そしてヒールで何度も何度も、それを踏みつける。


 気付けば彼女の目からは涙が流れていた。


 勇助ゆうすけへの怒りや、自分ってこんなにヒステリックだったのかという絶望など、様々な感情が乃々ののの心の内で入り混じり、彼女自身もわけが分からなくなって、涙を流していた。


「お、おい乃々のの……」


「来ないで!!」


 歩み寄ろうとする勇助ゆうすけを、乃々ののは拒んだ。


「……私達、もう終わりね」


 そう呟き、乃々のの勇助ゆうすけの前からそそくさと立ち去った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 登場人物情報が更新されました


佐倉さくら乃々のの

 19歳。女性

 ミスコンで銅賞を貰えるほどの容姿を持つ。

 彼氏持ち。


 デートに遅刻する勇助をいつも許していたが、今回は堪忍袋の緒が切れてしまった。


 好きなライダーは、仮面ライダー電王(超クライマックスフォーム)



江角えすみ勇助ゆうすけ

 19歳。男性

 乃々ののの彼氏。


 1周年記念のデートに遅れてしまい、乃々ののを怒らせてしまった。

 撮影中に左腕を骨折。


 好きなライダーは、仮面ライダーディケイド(通常形態)。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る