もしも魔法少女の一生が終わったら

星永静流@ホシ

もしも魔法少女の一生が終わったら

 もしも魔法少女の一生が終わったら

           the1343401th(ホシ)


 小さい頃のことをよく覚えている。私は泣き虫で、臆病で、何より輝いているものに、目を惹かれていた。

 そうして私は小学五年生の頃、魔法少女になった。

 それは誰にでもなれるというものじゃなかったし、まるで神様から皆を守れというお達しかのように思えた。でも本当のことは、今になってもよくわからない。

 初めて魔法少女になった時は酷かったな。私は脚が震えて、逃げ回ってばかりで、結局他の魔法少女が応援に駆けつけて、戦いを終わらせていた。

 私が泣き止んだころ、街はボロボロになっていた。それを見た瞬間、私は強くなろうと決心したんだっけ。

 魔法少女には、「少女」というのだから、当然年齢制限があった。いつ魔法少女から卒業するのか、それは魔法少女によって区々だったけれど。

 私にとって、それは昨日だった。

 戦闘が終わって、魔法少女から普通の人間に戻るとき、僅かな違和感を覚えた。よくよく見ると、魔法少女だけが持つ、輝く結晶、スピノ、これが真っ黒に染まっていた。

 私はもう魔法少女になることができなかった。

 その日はよく眠りに就くことが出来なかった。明日は学校もあるのに、私はひたすら、初めて魔法少女になった瞬間を思い出していた。

 朝特有の重たい瞼が私を襲う。目覚ましと格闘戦をして、熱い食パンにイチゴジャムを塗りたくって食べ、満員電車に揉まれながら学校へ行く。

 なんとなく、いつもと同じように学校に流れ着く。私は授業を受けるような気分じゃなくて、でもどこかに居ないと不安だった。屋上で暇を潰そう。私はこう見えて、不良生徒なのだ。

 時間を置いて、チャイムが何度か鳴った。昼休みはいつだろう。それもわからないな。早く昼休みならないと、お腹と背中がくっついちゃう。

「あれっ? ひなの? 学校に来てないと思えば、こんなところで何をしてるの?」

 たまたま屋上で会ったのは、この街で大切な市民のひとりで、幼馴染で、私の親友、あおいだった。

「いやぁ、ちょっと、授業受けるような気分じゃなくてさ」

「だからってサボるのはよくないよー」

 あおいは少し怒ってるような仕草をみせた。

「昨日も戦いに行ったんでしょ? お疲れ様」

「ありがと」

 私は何気ないこういう一言のために、戦ってきたのかもしれない。

「お腹空いたな」

「ご飯食べてないの?」

「うん」

「じゃあこれ食べる?」

 あおいは手作りの弁当を差し出す。

「ありがたく、いただきます」

 こういうやり取りは初めてじゃない。むしろありがたいことに、やりすぎたぐらいだ。私はまず、卵焼きをいただくことにする。あおいの卵焼きが一番美味しい。

「ところでどうしたの? その傷」

「あぁ、これは」

 魔法少女だった頃は、こんな傷すぐ治ったのに。

「ちょっと、張り切りすぎちゃって」

 アハハ、と私は誤魔化した。きっと、うまく笑えてないんだろうな。もう、張り切ることも、できなくなってしまうのかな。

「この後出かけようよ」

 きっと、あおいが言っているのは、シロベーンと戦ったあとの、いつもと同じ、アイスか何かを奢ってくれる、例のアレだ。

「いいよ」

 何かを見計らったかのように、チャイムが鳴る。

「じゃあ、この後ショッピングで! あっ、ひなの、何があったかはわからないけれど、ちゃんと授業受けなよ」

「ハイハイ」

 やっぱり、親友には何を隠しても無駄なのかもしれない。でも……でも……。

 でももしかしたら、これが最後の誘いなのかもしれない。そう思うと、私は涙が出そうになった。

 ポケットから真っ黒に染まったスピノを取り出す。

 どうして、私は……。

 言葉にならない、心の叫びだった。

     ◆        ◆

 なんとなく授業を受け流して、私とあおいは、少しだけ電車に揺られて、ショッピングに繰り出した。この街も、大概古い。凹んだビル街、水が逆噴射しているマンホール、倒れた花壇。

「世界が終わるみたいだよ」

 私がボソッと呟く。

「え? 何か言った?」

「うんうん、なんでも」

「もう、どうしたの、ひなの? いつもみたいにバカやってくれないと、アイス奢ってあげないよーっだ」

 あれ、私何してるんだろう。一気に視界が暗くなった。周りが見えなくなって、何も聞こえなくなって、暗い、暗い闇の中にいる気がする。

「ひなの、ねぇ、ひなの、聞いてる?」

 急に視界にあおいが飛び移ってきたような気がして、私はびっくりして背中を反らす。

「ちょっと、何その反応」

「いや、ごめん。ちょっと考え事してて」

「どうしたのよ、急に」

「いやぁ、それがさぁ」

 私はなかなか切り出せなかった。どう言えばいいんだろう。もう魔法少女になれないって。そのままでいいのかな。でも、それを言ったら、もうあおいは、私を遊びに誘ってはくれないんじゃないかって思ってしまって。

「ねぇ、こんなこと言うの、ひなのだけだよ。お願い、悩みを聞かせて?」

 その一言を聞いて、私は一気に視界が広がった気がした。

 あぁ、そうか。私はこれから普通に生きて、ぱったり死ぬんだ。一生懸命勉強して、誰かのために働いたりして、途中、最悪な彼氏を作ったりして、その恋は曖昧に終わったりして。

 私は幸せなんだ。世界をいくつも救って来たんだ。それに、こんなにいい親友がいる。それだけでも、私は幸せなのかもしれない。

 正直に砕けよう。砕けて散ろう。

「あおい、私ね」

 そう言った瞬間、いきなり警報音が鳴る。

「また? 昨日倒したばっかりなのに」

 街中が一気に不安に溶かしていく。

「あおい、ごめん。私は行かないと」

「ひなの、この話の続き、させてよね」

「任せて」

 親指を立たせて、あおいにサインを送る。恰好を付けるのは、ヒーローの悪い癖だ。もうそろそろ、直さないとな。

「ひなののバックも、シェルターに持っていくから、思いっきりやっちゃって」

「うん」

 私は少し笑ってしまった。もう魔法少女になんてなれないのに、どうやって倒すんだろう。

 私はとりあえずシロベーンに向かって走りだす。こういう勇気が出ること自体は、全く悪くないのだが。

 今回のシロベーンはとりわけ巨大だった。大きな足音が、一歩ずつ歩く度に、地響きが聞こえる。

 ヤバイ、シロベーンとビルの距離が近すぎる。エレベーターじゃ、一気に全員は降りれない。最悪、下敷き状態……。早くなんとかしないと。

 くそっ、当たれ。

 石ころを握ってシロベーンに向けて投げる。でもそれは、あっけなく近くの看板に当たる。

危険だけどもっと近づかないと。

「おっ、ひなのだ!」

「ひなのってあの魔法少女の?」

「あぁ、そうだよ、魔法少女の割には、右ストレートが半端ないんだ」

 街は人の叫びで一杯だだけど、でもどこかで、魔法少女の戦いを観戦する輩も出てくる。

「おじさんたち、隠れてないと危ないよ」

「ひなの! やっちゃえ!」

 ガヤは増えていくばかりだ。私に魔法少女の力があれば、こんなうるさいヤジ、すぐ収まるのに。

 もう少しでシロベーンの近くまで行ける。でもなぜか、ビルから逸れて歩き出している。ラッキーか? でも、どこか変だ。いつもなら無差別に街を壊しまわるのに。

 そしてふと気付く。ひとりの女の子の泣き声に。今まで大勢の人の声で、わからなかったけれど、それが今、はっきり聞こえる。

 ランドセルを背負っていて、その場に泣き崩れて座っている。そしてシロベーンが彼女を襲う。

 間に合え、間に合えっ。

 シロベーンの足が振り下ろされて、大きな地響きが鳴る。私はなんとか、女の子を救うことに成功した。

「大丈夫?」

「ダメみたいですぅ」

「そんなこと言わないで。ほら、逃げるよ」

 私が女の子の手を引っ張って走りだそうとしたけれど、彼女は全く動けなかった。

「どうしたひなの? まだ魔法を使わないのか?」

「早く見せてくれよ!」

「右ストレートだ! 右ストレート!」

 あぁ、ヤジが五月蠅い。

 ヤバイ、次の一撃がくる。今度は横からだ。この子を抱いたままだと救えない。

 私は思いっきりその子を後ろへ投げ飛ばす。そして私は重い一撃を食らってしまう。

「痛ったいっ」

 くそ、これじゃもう次の一撃が来たら、女の子を助けれれない。

 私はポケットに入ってるスピノを取り出す。お願い、最後にもう一度、力を。もうこれ以上は望まないから、死んだっていいから、なんでもいいから、私に力を。

 そうして手の中に納まっているスピノを見たら、結晶は脆く、砕けてしまっていた。

 どうして? 私には、もう無理なの?

 無慈悲にシロベーンは女の子に一撃を入れる。私はもう目を閉じてしまっていた。また、真っ暗な闇の中に、私は陥る。

 でも閉じた瞳からでも伝わる、灯った灯り。温かい灯り。

 振り返ると、そこには女の子が魔法少女になっていた。白とピンクを基調としたふわふわのワンピース。大きな木のロッド。白くて大きな羽根。脚は相変わらず震えていて、泣いている。あぁ、だからシロベーンはこの子を狙っていたのか。

「ど、どうすればいいですかぁ?」

「痛くない?」

「えぇ、全く」

「じゃあ、思いっきり、右手に力を溜めて殴ろう」

「えぇ、そんな、無理ですよぉ。一番怖いですぅ。もっと、魔法少女らしいことをさせてくださいよぉ」

「大丈夫、私は今までそうやってきた」

「えぇ、でもぉ」

「いいから、次来るよ」

 シロベーンの右ストレートと、魔法少女の右ストレートが重なる。まるで必然だったかのように、この戦いは終わりを告げる。勝者を祝う、歓声が沸く。

「新しい魔法少女の誕生だ!」

「右ストレート半端ねえ」

「でもひなのはどうして魔法少女にならなかったんだ?」

 そんなガヤは置いといて、私は新しい魔法少女に駆け寄る。

「よくやったね」

「その、私、あなたが助けてくれたから、だから、だから、私、強く願って。私ひとりじゃどうにもならなくて」

「いいのよ」

 私は立ち上がって、彼女を抱く。

「いい? 私たちは、ひとりじゃどうしようもないの。


 みんなに常に助けてもらって、時々みんなのことを助けるようなものなんだから。


 それはね、決して無理なことじゃないの。あなたには、守りたいと思える世界があって、未来を一緒に見る仲間がいる。


 だからそれはきっと、あなたにしかできないことなんだよ」


 そう言った瞬間、女の子から涙がパタリと途切れて、最後の一粒が、キラキラ光って見えた。女の子は小さいけどはっきりした声で「はい」と言った。

 そして私は気付く。あぁ、この子に言った言葉が、私自身のことなんだって。

 私にも、守りたいと思える人がいて、未来を切り開く力がある。

 それはきっと他の人にはできないことなんだ。私にしか、できないことなんだから。

 だから私は今ようやくそこに、気付いたところななんだって――


                 【完】

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