君の名前、君の記憶

大津 千代

第1話 保護

「お疲れ様でした〜」


そう言い、会社を後にする拓海たくみ。腕時計を確認すると、もう20時過ぎだった。会社の階段を下り、一階まで行く。


拓海はごくごく普通のサラリーマンをしている。年齢は23歳、ごくごく普通のサラリーマンをしているがまだ独身だ。会社には女性はあまりおらず出会いはあまり無い。


拓海はドアを開け、外に出た。夏という事もありかなり暑い。夜だが、動かなくても汗が出てくるほどだった。そんな中拓海は家へと歩いて行った。途中、コンビニに寄りお酒2缶と適当におつまみを買って行った。


コンビニの自動ドアを通り過ぎ、再び家へと向かう。帰宅途中の道には風俗、キャバクラ、ホスト、などなどがある道を通らなければならない。他にもルートはあったが、この道が一番の近道だった。毎回それらの誘惑を跳ね除け自宅へと帰っていたのだった。


後少しで自宅に着くという時に、道端にある街灯の近くに女性が倒れているのがわかった。服は白色のカットソー。下はデニムパンツを履いている。酔いつぶれたのだろうか、そんなことを思いながら、しぶしぶその女性に近づく。


「お姉さん、ちょっとお姉さん。起きてください。風邪引いちゃいますよ?」


拓海は女性の体を揺するが、なかなか起きない。強めに、体を揺する。


「お姉さん!お姉さん!」


拓海がそう言うと、その女性はゆっくりとまぶたを開け、こちらを見る。


「んー……ん……」


「あ、やっと起きた…。お姉さん、こんな所で寝てたら風邪引いちゃいますよ」


「あ…は、はい。もしかして、警察の方…ですか?」


「え?あぁ…違うけど、こんな所で寝てたからほっとけなくて。それに女性だったし」


その女性は体を起こし、拓海を見た。


「ありがとうございます。優しい方なんですね」


「い、いや。当たり前の事しただけですよ。もしよかったら僕が家まで送って行きましょうか?」


「え…はい。お願いします」


「家ってどの辺りかわかりますか?」


「家……あれ?どこだっけ…あれ…?私の名前…なんだっけ?」


その女性からはお酒の匂いは感じられない。

酔ってはいないみたいだった。


「え……名前忘れてしまったんですか?ならカバンの中にある物で見つけたらどうでしょうか」


拓海がそう言うと、その女性はカバンの中を見る。しかし、その女性はみるみるうちに悲しそうな表情を浮かべる。


「え…どうした?」


「……わかんない」


「わかんない?」


「私の名前…わかんない…」


「え、え?じゃあここに来る前どこに居たとかは…」


「……覚えてない…」


その場が、一気に静かになった。

拓海はその女性の財布を手に取りカード類を見る。しかしどのカードも名前が書かれていない。しかし、ある一枚のカードにその女性の下の名前と思われる名前が書かれた紙が出てきた。


「『優香』…優香って名前で合ってる?」


「わかんない……お財布の中に入ってたなら、多分そうだと思う…」


「なら…優香さんって呼ぶね。それでいい?」


「うん…いいけど…」


「とりあえず……優香さん、ここにいたら危ないから……僕の家に泊まろう」


「え……い、いいんですか?」


「あぁ、いいよ。狭いかもだけど、許してね」


「は、はい…」


拓海は優香の手をとり、立ち上がらせる。

そして2人は、拓海の家へと向かって行った。

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