Ⅰ アユミ姫と王子様
1
昔、トワイライト王国という国に、ハルキ王とヤエコ王妃という、それはそれは仲の良い夫婦がいました。
やがて二人の間に双子のお姫様が誕生しました。ところが姉のお姫様は生まれてすぐに、窓から入って来た一羽のカラスにさらわれてしまったのです。
ヤエコ王妃はハルキ王にその事実を話すことが出来ませんでした。お姫様が二人いたことを知っているのは、ヤエコ王妃と産婆だけだったのです。
そして時は流れ、二人のお姫様が生まれてから十三年が経ちました。
城に残った方のお姫様はアユミと名付けられ、美しく健やかに成長しました。来月には隣国の王子様との結婚式が控えています。
「十三歳で結婚なんて早過ぎよ。しかも、一度も会ったことのない王子様と! 絶対に嫌だわ」
一人、テラスにたたずんで庭を眺めながら、アユミ姫はぼやきました。彼女は自分の気持ちをはっきり言える、芯の強い性格だったのです。
「そうだわ」
アユミ姫は乳母のところへ行くことにしました。十三年間母親同然に世話をしてくれた大切な人です。アユミ姫が生まれた時の産婆でもありました。今では病気で寝たきりになってしまっていましたが、アユミ姫は彼女に、よく悩み事を相談していました。
アユミ姫が訪ねると、乳母は突然言いました。
「わたしはもう、いつお迎えが来るかわかりません。生きているうちに、姫様にお話しすることがあります」
「まあ、ばあや。死ぬなんて言わないで」
「姫様、どうかわたしの話をお聞きください」
乳母があまり真剣な顔をしているので、アユミ姫も真剣な顔でうなずきました。
「なあに? ばあや。何でも話して」
「姫様は一人きりでさびしいと、いつもおっしゃっていますが……」
「そうよ。わたしには話し相手になってくれる友達も、兄弟もいないんだもの」
「いいえ。姫様には、お姉様がいらっしゃいます。生まれたばかりの時にカラスに連れ去られた、双子のお姉様が」
アユミ姫は言葉を失いました。
――わたしに、お姉様が?
信じられませんでしたが、乳母は今まで一度も、アユミ姫に嘘を言ったことはありません。
――わたしに、お姉様がいる……。
2
アユミ姫はそれから毎日のように、姉のことを考えました。
今ごろ、どこでどうしているのでしょう。生きているのでしょうか。もし生きているのなら、会いたいわ。この城に戻って来て欲しい。一緒に暮らしたい……。
そんな中、隣国の王子様との結婚が間近に迫っていました。姉のことばかり考えてもいられません。今夜はこのトワイライト王国で、顔合わせを兼ねた舞踏会が催されるのです。
――一体、どんな人なのかしら。
アユミ姫は不安を胸に、王子様の到着を待っていました。
「王子様のお着きー!」
歓迎のラッパが鳴り響き、広間の扉が開かれます。その向こうから、マントをひるがえして一人の若者が入って来ました。
彼の顔を見たアユミ姫は、声を上げそうになりました。しっかりと前方を見据えるその顔は、アユミ姫にそっくりだったのです。
3
ついにアユミ姫が隣国へ嫁ぐ日がやって来ました。
アユミ姫は馬車に乗って迎えに来た王子様を見て、初めて会った時と顔が違うことに驚きました。あの時は確かにアユミ姫にそっくりな顔をしていたのです。
一体どういうことなのかしらと不思議に思いましたが、誰にもそのことを話しはしませんでした。
結婚式は隣国で行われます。アユミ姫は王子様の花嫁になるため、生まれ故郷をあとにして旅立ちました。
向かい合って座った馬車の中で、アユミ姫は王子様に尋ねました。
「あなた、本当に王子様なの?」
王子様は「そうだよ」と言いました。
「でも、初めて会った時の人とは別人だわ」
王子様は顔に笑みをたたえています。
「あの時のあなたは、わたしと同じ顔をしていた。まるで双子みたいに。教えて。あなたは、あなたはもしかして、行方不明のわたしのお姉様のことを、何か知っているんじゃないの?」
王子様は答えませんでした。
「あの時も、あなたは何を聞いても答えてくれなかったわね。まるで人形みたいな人。あなたとこれからずっと一緒に暮らして行かなければならないなんて!」
アユミ姫はぷりぷりして横を向きました。
しばらくの間馬車に揺られると、やがて大きな森が見えて来ました。国境の森です。
王子様は御者に命令して馬車を止めさせると、「少し森の中を歩いてみないかい?」と言って、アユミ姫に手を差し伸べました。
アユミ姫は王子様の手を取って、馬車から降りました。
王子様はすぐにアユミ姫の手を離し、一人でずんずん先へ歩いて行ってしまいました。仕方なく、アユミ姫もあとを追いました。
けれども王子様は足が速く、あっと言う間に見失ってしまいました。おろおろしていると、少し先に小さな家があるのが目に止まりました。
アユミ姫はおそるおそる家に近付きました。
「誰かいるの?」
「アヤ?」
開いた窓から声が返って来ました。若い男の人の声です。アユミ姫は思わず飛び上がりそうになりました。
「アヤ、そこにいるのかい?」
優しく、感じの良さそうな声でした。悪い人ではなさそうだとアユミ姫は思いました。
「アヤ。いるならここに来て、顔を見せて」
このまま黙っていては、相手が不安になるでしょう。アユミ姫はためらいながら、ゆっくりと窓に歩み寄りました。
小屋の中にいたのは隣国の王子様でした。けれど、どこか様子が違います。彼は今、ベッドに横たわり、わずかに体を起こしていました。さっきより顔色が悪く、やややつれているように見えます。話し方も全然違いました。
「アヤ、良かった。帰って来たんだね」
この人は王子様じゃない、とアユミ姫は確信しました。少なくとも、さっきまで一緒にいた王子様ではありません。しかもアユミ姫を誰かと間違えているようです。
その人のことがよほど心配だったのか、アユミ姫を見た時、彼の顔はぱっと輝きました。けれど、その輝きはすぐに消えました。彼も人違いをしていることに気が付いたのでしょう。
「きみは誰だ?」
「わたしはトワイライト王国のアユミ姫よ」
「えっ、きみがアユミ姫?」
「あなたは誰なの?」
「ぼくはムーンライト王国のタケイ王子だ」
アユミ姫は驚きました。何と彼こそが隣国の王子様だと言うのです。
「アヤをさがしに行かなければ」
タケイ王子は立ち上がろうとしましたが、思うようにならずに顔をしかめました。どうやら怪我をしているようです。
「大丈夫?」
アユミ姫は窓から身を乗り出しました。
それにしても、一体どういうことなのでしょう。なぜ隣国の王子様が、こんな森の奥深くの小屋の中にいるのでしょう。一体、何があったのでしょうか。
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