Airy Austin

@kyura-sakuragi

第1話 初夏のとある日



 正直に言って、熱帯雨林にでも迷い込んだのではないかと思うほどの湿気と暑さだ−−ここは。



 日本文化は複雑奇怪。

 世界的に見ても長いと言われる歴史と、美しい風景、そして並々ならぬ食へのこだわり。その様々な要素が独自に入り混じり進化してき文化。とても興味が持てた。アニメから入った日本文化だが、来てみると本当に面白いことが多い。侍はもういないし、ブショーたちももういないらしい。ただ、忍者は隠れ里があって、未だに生息しているらしい。どこかの里で忍者修行ができるという。ぜひ行かねば。というか、日本人の集団に溶け込む能力はやっぱりみんな忍者だからじゃないかって思っている。割と本気で。まあ、この話は長くなるから置いておく。


 褒めるところしかないような言い方だが、嫌なことが大きく二つある。それは来日してから、生活してみないとわからなかったことだった。





 Airy Austinエアリー・オースティン。英国出身の留学生。ただいま日本の大学に留学してきて初めての夏を迎えている。授業にも慣れて、生活にもやっと馴染んできたところだが、悩むべき二つの問題がある。


 一つ、この湿気と夏の猛暑。

 私の母国では夏でも朝夕は冷えて日中がすごく暑いだけ。ただ、カラッとした暑さはまさしく夏を思わせて気に入っている。夏は雨に降られてもすぐに服が乾くのがいいことだ。

 ただ日本は朝から晩まですごく暑い。蒸し暑い。べたべたと肌にまとわりつく湿気はクーラーじゃないと取れないし、クーラーの中にずっといるとそれはそれで嫌になる。寒暖差で頭痛が起きるし、すぐ汗だくになるし、とにかく暑いったらありゃしない。HOW HOT Summer. f*ck.

 それは自然現象だから仕方ない。夏のお祭りとか嫌いじゃないし、花火は綺麗だ。木陰で休んでいるとたまに吹く風は気持ちがよく思えてきたし、まあ我慢は出来る。



 ただ、問題は二つ目。

 二つ目それは−−




 『初夏のとある日』

 



 茹だる夏の日。

 そんな日の午後、授業終わりに木陰のベンチでアイスティーを飲みながら本を読んでいる。大学の整備された中庭には涼しげな小川が流れており、それに加え少し小高い立地であるためか、時折涼しげな風が流れ込む。お気に入りの場所の一つだ。

 暑苦しい蝉の合唱も水流の音で中和され、木々が奏でる演奏に加われば、聞ける曲になる。

 このお気に入りの場所で授業のレポートのためではないが、本を読む時間がとても気入っている。


 そんな時にやってきた−−来た二つ目



『Hey Airy!!』

『あら、なにかしら』


 やってきた一見爽やかそうな男子数名と女子。

 よく話しかけてくる英語学科の生徒を含めたグループだ。決して、彼らから嫌がらせを受けているわけじゃない。万が一そうなっても、私の左足がうなるだけだ。忍者

 も真っ青なくらい素早く蹴り上げてみせる。

 脱線したが嫌な理由はこの湿気みたいなまとわりつき方だ。

 グループの英語学科ではない女子がおずおずと話しかけてくる。ずいぶん暑苦しい格好してる女子は日本でいうKAWAIIを体現しているのだろうか。私は短パンノースリーブで適当に髪はまとめているだけだ。なので、それ、えっと、ひらひらした無駄に多い袖とか、おろした長い髪とか暑くないのかしら。なんていつも思っていることは内緒。


『えっと、えと、あそ、ぼー』

「日本語でもいいわよ。で、なに」

「そっか、エアリーちゃん日本語上手だったよね!そうだ遊びにいこー」

「確かもう今日は授業なかったよね」

「あそぼ、あそぼー」


 たどたどしい英語で話しかけられたから日本語で返してあげた。赤ちゃん言葉でも聞いている気分だし、なぜかイラッとくる言動だから日本語の方がマシに聞こえる。少しは。

 話はそれたけど、なんで予定を把握されているのだろうか。たしかに、もう今日は授業はないけれども。こう私の暇を見つけてはこのグループは集団でやってくる。一人にさせてくれないのだ。私に発信機でもつけているんじゃないかってレベルでくっついてくる。集団で騒ぎながらやってくるからたまったもんじゃない。

 嗚呼、うるさい声。


「確かに、このあとは授業はないけれども、なにをするのかしら」

「エアリーちゃん、なにかやりたいことないかな」

「一緒になにかしよーよ」

「なにがしたいの〜」


 ほら来た。何かするわけでもないし、集まってダラダラと過ごしていて、その上やりたいことを聞いてくるなんて。で、あなたはなにがしたいのよ。私と一緒にいたいというの。

 はっ恋人同士かしら。うるさい。

 蝉が増えて旋律が乱れる。嗚呼、もう聴けたものじゃないかこれは。



「そう、なにかする予定はないのね。それなら他をあたってしてくれないかしら。本を読んでしまいたいの私」

「えー。エアリーちゃんあそぼーよー」

「本なんかいつでも読めるじゃないか」

「私、本を、今読みたいの」


 一度断ったにもかかわらず、追いすがって来る。私がしたいことを言っても否定する。話が違うじゃないか。まったく、集団でしかつるまないくせに。私を取り巻きのように飾りの一部にでもする気だったのだろうか、きっと。

 ヘドが出るわ。

 じゃあ、とそれだけ言えば立ち上がり、集団の間をすり抜ける−−つもりだった。


「まあまあ。いいじゃん、本はいつでも読めるから、もっと楽しいことしよーよ」

「W, what!? ちょ、離しなさいって」


 べたっと、汗ばんだ手がむき出しの肩をつかむ。じんわり汗がにじむ。べたべたとそこから、湿気が肌の上を伝うかのよう。思わず舌打ちをしてしまう。

 べたべたと、この湿気も相まって、まとわりつかないで!


その手、離してくれないかしら』Hey shut up, boy?


 そこから先は足を出なかったことを褒めたいくらいに穏便に済ませた。とだけ言っておこう。


 −−そんな人間関係にうんざりしていた時だった。彼奴に出会ったのは。



 *****************

 


「あ」

「...」


 とある午後。私は休講になった講義の隙間時間を埋めるために本を持ってお気に入りの場所に来てたのだが、先客がいた。

 彼はAOI YAMANEKO葵 山猫。つい先日、講義で英語のディベートのペアになった相手。初対面であったので、愛想よく話しかけたのにガン無視されたのだ。第一印象には自信があったというのにまるで興味ないとばかりに一瞥されて、無言が続いたのを覚えている。あの集団のようにうるさくはないが、気にくわないやつだ。

 授業中での会話と発音は少々気になるところはあったものの、問題なく英語で討論できる語学力だったので、そこについていろいろ言う気はない。

 彼は特等席の木陰のベンチでつまらなさそうに本を読んでいる。タイトルは残念ながら見えない。なんでこんなところにいるんだろうか。うろんげな視線を投げかけていたのがばれたのか、視線だけでこちらに向けて山猫は言葉を発した。


「なに」

「あんたに用事はないわ。ここに本を読みに来ただけよ」

「あっそ」

「...」


 相変わらず愛想悪いわ、この男。自分から聞いてきたのに、なによこの態度。

 なんだかここまで来たのに引き返して違うところに行くのは、逃げた気がしてとても腹立たしい。しょうがないから、長いベンチの端っこに座る。幸い彼も橋に座っているから気になることはない。今日は近現代日本文学の本を読もうと決めていた。この機会をつまらない意地で失うことはしたくない。確かに暑いけれども人気がないこの場所ならば集中して読めるのだ。

 そう決めたら後は読むだけ。辞書を片手に本を読み始める。この時代の言葉遣いはわからないことも多くて辞書を片手にじゃないとまだ読めそうにないのだ。ただ、やはり日本独特の表現や季語の表し方は興味が持てる。隣の彼が気にならなくなるのも時間はさしてかからなかった。この現代文の心理描写は言い回しが多く、わからないことが多くて、辞書や自分のノートを確認してながらではないと、読み進めることができない。そうやって、わからない言葉をノートに埋めていく。だから、読むのに一苦労するのだ。

 本をめくる音と、筆跡音、せせらぎの音と、蝉の合唱、木々の歌。−−この静かな音楽は悪くない。むしろ、居心地が良いのかもしれない...少しだけ。


しばらく本絵お読みふけっていると、ちょうど半分読み終わり、一度本を閉じて伸びをする。ふと隣の存在が気になった。存在を忘れるほどには静かでいたためだろうか。ちらっと視線だけで確認すると、未だに仏頂顏で本を読み進めているのが見えた。



 こいつ笑うことなんてあるのかしら。ーーなんて、思った。

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