入隊
「誰あんた?」
唐突な質問に困惑していた。
長身なつり目の女。整った顔立ちをしているが、そのキツイ目つきのせいで取っ付きにくそうな印象を受ける。セミロングの髪を後ろで結わえている。ポニーテールというよりは総髪といった感じだった。
お前こそ誰だよ。
そう思ったものの口には出さない。
何せここにいる殆どがカズキより先輩だ。異例の速さで部隊に選抜されたカズキは例によって浮いた存在だった。
警察大学校。
講堂前の一室。
入校に伴う式典を前に、全国から精鋭が集結していた。
機甲機動隊新隊訓練。
これから半年間、新兵として厳しい訓練を受けなければならない。その訓練のハードさは自衛隊のレンジャーかくやとも言われる。
部隊の官舎自体は都内からは離れた場所にあるが、今日は入校式ということでここに来ている。
「森田和希です」
小さく礼をする。
あまり関わらないでおこう。あからさまにめんどくさそうな人だ。
そんなカズキの心を知ってか知らずか、女はジッとカズキを睨みつけている。ただでさえ悪い目つきが、極悪に変化した。
「テメーか、特例で入隊したって野郎は」
ため息が出る。
もうそんな噂が出回っているのか。
学校卒業直後のペーペーの巡査が機甲機動隊に入隊するのは、本来ならばあり得ない話なのだ。どう足掻いても二年以上は現場で経験を積まなければ、舞台にすら上がれない。それを一足飛びで越えてきたカズキが良い目で見られないのは当然のことだった。
また、熟練の隊員が殉職したのが大きかった。全国で退職志願者が続出したのだ。カズキの同期も何人か退職していた。一度目の大災害後も残っていた者たちが辞めていくくらいには、その影響は多大だった。
だとしても、今日くらいは静かにしていたかったのに。
よりによってこんな面倒くさそうな女に絡まれるなど。
「この野郎、あたしだって二年我慢してようやくここに来たってのに、どうなってんだコラ」
「知りません。運が良かっただけです」
実際、ここに入るためにスカウトされた人材ではあったのだが、ここまで早い入隊は想定されていなかったはずだ。
原因はあの日の出来事だ。
カズキが勝手に乗り込んだイブでの戦闘。データを解析した技術者は驚いたという。ここまでイブを乗りこなした者は現役隊員ですら居ない、と。
その証言に後押しされたこと、また、カズキが入隊を熱烈に希望していたこともあって、異例の人事が行われたのである。
裏を返せば、それほど事態は切迫しているということだ。
少しでも早く優秀な人材を育成する。あの人型ヴィクターが人類に対し、全面的に攻勢をかけない内に。
「舐めてんのか、コルァァ!?」
どうでもいいが、何故こんなに巻き舌で人を罵るのか。振る舞いがゴロツキのチンピラそのものだ。残念な美人とは彼女のためにある言葉に思える。
「まあまあ、よしなって」
男の声。
カズキと女のあいだに、穏やかそうな優男が割り込む。女の知り合いだろうか。
「ウルセェ、吉田! 今あたしはこいつに社会の厳しさを教えてやってんだ!」
「いや、完全にいびりだから、そういうのパワハラだから。やめてくれよ、同期がハラスメントで辞職するところ見たくないよ」
「ああん? これのどこがハラスメントだ、コラ? これは教育だっつーの!」
「ごめんね、えっと、森田くん? ここは同郷のよしみで許してやってくれ」
同郷?
そうか、こいつら例の。
今年の部隊選抜では同県で三名輩出された。カズキの一年先輩にあたる、吉田と寺坂である。これもまた異例の速さでの選抜となる。吉田は高校ボクシングの日本一で、寺坂は剣術道場の跡取り娘だと聞かされている。
その実力は折り紙つきだろう。
関係ない。
こいつらが強かろうが弱かろうが、カズキには関係なかった。自身の実力を極めること。今度の入隊にはそれだけしか価値がない。
どれだけ圧倒的に敵を殲滅できるか。
それだけが目標であり、その他の事柄には興味がなかった。
「ええ、いいですよ。今後僕に関わらないでいただければ」
うわべだけの笑顔で答える。
「そうはいかないのが辛いところなんだよね、ここでは。だからあんまり失礼な態度はやめよう」
吉田も冷たい笑顔を浮かべる。
不穏な空気が流れる。
こいつも面倒だな。
「おい、新隊員。時間だ」
先輩隊員が呼びかける。溜まり場にいた新兵が会場に入っていく。これから長官のありがたい訓辞を賜らなくてはならない。
「チッ! ぜってー潰すから覚悟しとけよ」
「まあ、精々頑張ろう。森田くん」
寺坂の三下の悪党みたいな捨て台詞と、吉田の嫌味たらしい励まし。
カズキはそれを一顧だにせず、講堂に入っていった。
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