第二章
葬式
葬儀はしめやかに行われた。親族は彼の祖母一人だけ。親戚も少なかったらしく、参列者の多くは警察関係者が大半を占めていた。
命をかけて女性警察官を守った悲劇のヒーロー。
怪物ヴィクターに引き裂かれた悲恋。
マスコミは悲劇の主人公である公平を讃えた。世間もそれに追従した。見目麗しい二人の悲しい恋の物語は、さぞ面白かろう。
人型のヴィクターの存在は公表されたものの、二人の話題のお陰で大きな問題にはならなかった。
情報統制がされたのだろう、とカズキは思った。
不自然に二人の関係を囃し立て、過剰なドラマティックに仕立て、カズキも恋のライバル役として組み込まれ、連日メディアの取材が訪れる。
対して人型ヴィクターの話題は小さなトピックスが一度きりで、それ以降無かったかのように沈黙に沈められた。
混乱を避けたのだろう。ヴィクターに成る原因が感染なのか、突然変異なのか分かっていないこの状況では対策の立てようもない。ある程度の犠牲を容認し、変化の要因を探るという腹なのだろう。
異常だ。
こんな危機的状況を報道させないなど、国民を殺すと同義ではないか。たった今、この時にもヴィクターは人間社会に紛れ、素知らぬ顔をして人間を喰うのだ。
日本では毎年約十万人もの行方不明者が出ている。届出のないものも含めればもっとだ。その中の何パーセントがヴィクターの餌になっているのか見当もつかない。
誰の思惑か知らないが、そいつが冷徹で心のない人間なのは間違いない。
焼香を上げ、遺族に一礼。公平の祖母がしゃくりあげて涙を流している。たった一人の家族だったのだ。
カズキ自身、身近なものの死を経験したのは初めてだった。
両親も健在、祖父母も田舎で静かに暮らしている。だから、こういう時にどんな感情になっていれば正解なのか分からなかった。
現実感がないように思えて、自分がこの空間に居ることが不自然に感じる。
涙は出なかった。
「森田くん」
呼びかけられたので振り向く。三島が憔悴しきった顔で立ち尽くしていた。どうしてだろうか、三島には関係がないのに。
「私のせいだ」
カズキは黙っている。
何を言いだすんだろう、くらいにしか思っていなかった。
「私が、彼を巻き込んでしまった」
辟易とする。
馬鹿らしい。
そんな話をしてももう遅いのだ。それに、公平の歩んだ道を否定されたくなかった。
公平は警察官になってはいけなかったのか?
ふざけるな、そんな訳がない。
「止めましょう、その話は」
「しかし!」
「遺族の前ですよ? それにこんな大勢の人の前でするような話じゃない」
裏人事の話題は秘匿しておかなければならない。これ以上問題が降りかかるのはカズキとしても好ましくない。
あの後、カズキには停職処分が下された。イブを許可なく操縦したからだ。
世間はその処分に随分同情的だったが、カズキとしては妥当だと思っている。こんなことが通例化すれば、今まで以上に死人が出る。ヴィクターに殺される人間が増えることだけは避けなければならない。
それに。
「自分の所為なんて、そんなふざけた事を言うな、思い上がるな。公平の死は、ヴィクターの所為だ。ヴィクターから責任を奪うな、軽くするな。奴らが全ての元凶で、だからこそ死ぬべき生物なんだ」
全ての元凶はヴィクターなのだ。あいつらが存在していなければ、こんな事にはならなかった。あんなものが存在しているせいで、全てが狂わされたのだ。
だから殲滅しなければならない。
存在を抹消しなければならない。
そのために俺は。
「森田くん……」
「失礼します」
一礼し、会場から出て行く。三島の悲しそうな顔など、カズキには関係のないことだった。
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