研究者

 対策室は今日もヴィクターの対応に追われていた。なにせ全国各地に不定期で発生するのである。対策が出来つつある現状でも気の抜けない日々が続いている。

 発生源の特定さえできれば。

 せめて何かしらの法則性だけでも見つけられれば。

 研究機関からの報告も疎らになっていた。

 初めこそヴィクターの皮膚から採取した新素材に沸いていたが、そこから先、ヴィクターの正体、生物学的な解明については長らく停滞していた。それに関しては新素材研究に多くの予算を出した政府の責任もあるのだが。

 生体金属。

 それがヴィクターから検出された、皮膚を構成している組織だった。

 電気的刺激によって形状を変化させることができるという性質を持ち、その硬度の高さ、じん性の優秀さから、あらゆるところから注目されている素材であった。

 わかりやすい例をあげるのならば、イブなどはその最たるものだ。

 生体金属の合金を用いたその装甲は、わずか数センチの金属フレームのみで既存の戦車に引けを取らないほどの堅牢さを誇る。何より軽さである。軽車両ほどの重量で機動性を確保したことで、強化外骨格はその実用性を得たのだ。

 現在、この生体金属が存在するのは日本のみである。ヴィクターという災害の甚大な被害の代償として得た、日本の新たな資源であった。

「さながらゴールドラッシュだな」

 矢野の呟く。

 生体金属はその希少性から、金の比ではない値段がついていた。日本は今や資源大国として名を轟かせていたのである。

 普段は弱腰外交の政府も、生体金属の輸出に対しては厳しい制限を敷いていた。対ヴィクター兵器イブの存在は軍事力の保持を放棄した日本が持つべきではない、というバッシングもあったが、ヴィクターの脅威を前に沈黙した。

 ヴィクターの存在は結果的に日本の国力を、経済的にも軍事的にも大きく押し上げた。

「これが新型強化外骨格の試作品です」

 大島研究所。生体金属を扱うことのできる数少ない政府公認の研究所である。

 世界で唯一の研究をしているという自負の現れか。顔には隠しきれない恍惚がにじみ出ている。

「現行機とは比較にならないほどの安定性と機動性。何より機構の単純化により安定して生産することが出来るでしょう」

「なるほど」

 三島の馬鹿真面目な相槌。どうせこれが実戦配備されるのは既に決まっているのだろう。外資の介入していない純国産のイブはここくらいだ。

 ここの所長は専ら兵器開発にご執心のようだった。生体調査などはそこらの弱小研究機関に任せて、ひたすら強化外骨格の改良に勤しんでいる。

 矢野としてはヴィクターの行動や体系に興味があったのだが。

 これだけ巨大な利権が絡んでいるとなれば致し方ないことなのかもしれない。

「三島、任せるわ」

「え? ちょっと、矢野さん!?」

 三島を無視して部屋を出る。研究者のムッとした顔が見える。素知らぬ顔は矢野の得意分野だった。

 リノリウムの床を歩く。訳のわからない機材が並び、意味不明な単語が飛び交っている。文系たる警察に、理系の最たる研究所は似合わない。

「すみません、喫煙所どこにあります?」

 パタパタと忙しそうに走り回る研究者を捕まえ、どうにか喫煙所の場所を聞き出す。禁煙しなければとは思うが、習慣は今更変わらない。

 施設の端っこに申し訳程度に作られた個室。世間の喫煙者への目が如実に現れているように思えた。

 部屋には既に人が一人居た。中年というには少し違和感のある、不思議な男だった。目の所為だろうか。ギラギラとした光の灯った目でパソコンに向かい合っている。

「どうも」

 矢野が声をかけても返事がない。無視、と言うよりは単純に聞こえていないようだった。

 マールボロを取り出して火をつける。

 新人スカウトの仕事が今年度から無くなり、今度は各機甲部隊管区のドサ回り。挙句、研究所の視察という退屈な仕事を押し付けられる始末。自然とタバコの量も増えていく。

 国家公務員になって給料は増えたが、タバコ代で消えていきそうだ。

「ん? 誰だあんた?」

 今更研究者は矢野の存在に気が付いたようだ。見慣れない顔に不審そうだ。

「どうも、矢野という者です」

 手帳をちら、と見せる。

「ああ、ワンちゃんか」

 研究者の悪態に、矢野は特に何とも思わなかった。犯罪者から罵詈雑言の類いは耳にタコが出来るくらい聞き慣れていた。

「何の研究をしてんだ?」

 この態度ならば別に敬語を使う事もあるまい、と口調を普段に戻す。研究者は驚いたような顔をする。

「いや、こう言えば大概の奴は怒って出ていくんだがなぁ」

「この程度で? そいつはまだケツが青い奴だったんだな」

「なるほど、あんたエリートさんとは違うらしい」

 納得したように頷く。

「俺は安西。ヴィクターの生態を研究しているんだが、ここじゃ肩身が狭くてな。喫煙所に篭って日夜研究に励んでいるって訳だ」

「へぇ!」

 つまらない仕事だと思ったが、存外話せる奴もいるようだ。

「あんたら警察は何でヴィクターの生態に興味を示さないんだ? 本当に市民の安全を目的とするなら発生源を叩かにゃならんだろうに」

「耳の痛い話だ」

 警察は今、イブの配備や大幅な人事に伴う莫大な予算のツケを払う段階にある。ヴィクターから採れる生体金属は、その代償に丁度良い金鉱だった。採掘の効率を上げる道具に予算を充てるのは当然の措置と言えよう。

「何か分かったことでもあるのか?」

 報告書には上がってきていない。精々が、皮膚の大部分を生体金属が覆っていること、身体の作りは霊長類のそれに近いということ、脳が萎縮していて人間的な意識はないこと、音に過敏である、くらいだ。

「サッパリ分からん」

 安西がハッキリと断言する。

「何だそりゃ」

「分からんから研究するんだ。だが最低限の検体すらないんだから、分かりようもない」

「なるほど」

 ヴィクターの討伐後は生体金属を剥がされ、司法解剖を行うことになる。しかしヴィクターの体組織はその大部分が溶解しているため、何故動いているかさえ分からないところもあるほどだ。

「まるでゾンビだ、それも走るタイプのな。厄介この上ない」

「ゾンビならばまだいい、拳銃の一発でも頭にぶち込めば死ぬんだからな。しかしヴィクターはその一発を撃ち込むことが難しい」

 その要因は生体金属にあるとされ、だからこそ、そこに重点が置かれたという経緯もある。

「死体を見ても分からんのだから、また死体を見るのさ。研究ってのはそういうもんさ」

「ふーん、そういうもんかねぇ」

 二本目のタバコに火をつける。確かにそうかも知れん。捜査だって行き詰れば一からやり直す。最初に立ち返って事件を見つめ直すだらう。時には違う視点で見ることも必要になる。

 ならば。

 違う視点でヴィクターを研究したらどうなるか。新たな答えが見つかるだろうか。

 その可能性は十分あるように思えた。

「あんた、転職するつもりはあるかい?」

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