病夢とあんぱん その43


 僕らの自己紹介も軽く済ませた後、草羽くさばねさんは、屋敷の中へと案内してくれた。

 ・・・あれ?と、僕は首をかしげる。

 変だ。

 僕はこの屋敷の外装を見たとき、「中は、さらにごう絢爛けんらんな風景が広がっているんだろうな・・・」という予想をしていた。

 豪華なシャンデリアとか、有名な絵画とか、高そうな宝石とか。

 そういうもので飾り立てられているんだろうと、考えていた。

 しかし。


「・・・中は、思ったより普通ですねぇ」


 おりさんが声を漏らす。

 確かにそうだ。

 いや、氷田織さんと意見を同じくするなんて、どこか気分が悪い感じがするので、そんなことは言わないが。

 もちろん外から見た通り、広さは半端なものではない。入口から、途方もなくただっ広い大ホールが広がっていた。多分、ここで一生、生活できるくらいの広さがある。

 ただ、豪勢ごうせいかと聞かれれば答えはいなだろう。シャンデリアなんてないし、絵画もなければ、宝石もない。

 所々につけられている照明がホールを照らしてはいるものの、その光は弱々しく、何となく薄暗い。手入れも完全に行き届いているとは言えず、少しほこりっぽい感じがする。壁や階段にも、若干の汚れや傷が見られ、荒れている雰囲気が否めない。


「本当は、こんな状態の屋敷内を見せたくはなかったのですが・・・」


 草羽さんが、少し悲しそうに微笑む。


「ご当主様に、あなた方が来た場合は、ていちょうに出迎えるように言われていまして」

「そうですか。随分と、友好的なご当主様なんですねぇ」

「友好的・・・そうですね。あの方はとても優しく、思いやりにあふれた方です」


 まるで自分自身のことを誇るかのように、草羽さんは語った。


「優しく、思いやりに溢れた人が、ひとさらいなんてしますかねぇ?」


 と、氷田織さんが意地悪く責め立てる。


「優しいからこそ、ですよ」


 草羽さんが軽く受け流す。

 優しいからこその、誘拐ゆうかい

 ・・・・・一体、どういうことなのだろう?


「さて、と・・・」


 と、ホールの中央辺りまで進んだところで、草羽さんは足を止めた。またしても、僕らは向き合う形になる。


「おや?まだ、自慢のご当主様とやらは見えませんが・・・。どこかに隠れているんですかねぇ?」

「ご当主様は、この奥にいらっしゃいます」


 草羽さんは、さらに奥の方にある扉をゆび差した。


「なら、早く行こうじゃありませんか。何を止まっているんです?」

「・・・・お二人は」


 草羽さんは、氷田織さんの催促さいそくには応じす、話し始めた。


「お二人は、莉々りり様を助け出しに来た。それは、間違いありませんよね?」

「ん?そうですよ。そうだと、さっき言ったばかりじゃないですか」


 「何を今更」とでも言いたげな口調の氷田織さん。


「それならば、なぜ、莉々様が無事かどうかを確認しようとしないんです?」


 いぶかし気に、草羽さんは質問する。

 ・・・確かにはたから見たら、これはおかしいのだろう。

 仲間を助けに来たというのに、「無事なのか?」とか、「生きているのか?」とか、仲間のあんを確認するような質問が出ないのは変だ。本来ならば、真っ先に出てもいいような質問。

 まあ、この疑問に対する答えは、単純なのだが。

 僕も氷田織さんも、莉々ちゃんのことを「仲間」だとは思っていない、というだけのことなのだ。そこまで莉々ちゃんに思い入れはないし、莉々ちゃんの身を心配してもいない。

 ただ、それだけのことだ。


「・・・そりゃ、わざわざ攫った人間を簡単に殺すとは、到底とうてい思えないからですよ。そんなのは、無意味でしょう?違いますかねぇ?」

「そうではなく・・・」


 と、草羽さんは首を横に振る。


「単刀直入に聞きましょう。あなた方は、莉々様を大切に思っているんですか?」

「・・・・」

「ご当主様は、あなた方に会いたがっています。ぜひ、お話をしたいと望んでいます」

「お話?取引、ではなく?」

「ええ。あくまでも、お話、です」


 草羽さんはうなずく。


「しかし・・・失礼ながら、私には、そんなことをする意味はないと思います。あなた方と話をするなんて無駄だ、と。今、あなた方と会話して、私はそう感じました・・・」


 草羽さんは、僕たちから目を離そうとしない。


「あなた方は莉々様のことを、これっぽっちも大切に思っていない。そうでしょう?」

「・・・・随分と、酷いことを言ってくれるじゃないですか」


 氷田織さんが反論する。


「僕らと話をするのが、無駄?確かに、僕らは大した人間じゃありませんが、そんなことまで言われる覚えはありませんねぇ。あなた達だって、莉々ちゃんの『治癒ちゆじょうやまい』を利用しようと考えて、彼女をさらったんじゃありませんか?似たり寄ったりの、屈折した人間性でしょう」

「・・・・・」


 草羽さんは口を閉じ、目も閉じる。

 瞑想めいそうしているかのように。

 自分の気持ちを、落ち着かせているかのように。


「やはり」


 と、草羽さんはもう一度、目を開く。


「やはり、あなた方と話すのは無駄のようですね・・・」


 何をどう判断したのか、彼はそんな風につぶやく。


「とはいえ、あなた方と話したい、というご当主様の望みを、無視するわけにはいきませんからね・・・。やなさん。一つ、お願いしてもよろしいですか?」

「・・・え?」


 急に声をかけられ、僕は驚く。

 僕に?お願い?一体、何のお願いだ?


「ご当主様と、お話をしていただけないでしょうか?」


 草羽さんは僕の方に向き直り、そんな「お願い」を言った。


「・・・なぜ、僕に?」

「あなたの方が、まだ、話し合いの余地があると思うからですよ」


 草羽さんは、軽く微笑む。


「少なくとも・・・そちらのおりさんよりは、話す価値があるでしょう」

「本当に失礼なことを言いますねぇ、草羽さん。そこまで、僕が酷い人間だと思っているんですか?」

「ええ。思っています」


 きっぱりと、草羽さんは言った。


「この数分間、話しただけでも、あなたの人間性はかい見えましたよ。あなたと話す意味なんて、皆無だ。そもそも、話し合いにすらならない」

「・・・いいでしょう」


 「はぁ・・・・・・」と、氷田織さんは大げさに溜息をつく。

 過剰に長い溜息だ。

 そんなにショックなわけ、ないだろうに。

 ただ、草羽さんのその判断は正しい、と僕は思った。

 氷田織さんと話し合いだなんて、無茶にも程がある。・・・いや、僕と話し合うことだって、彼らにとってどれくらいの価値があるのかは、よく分からないけれど。


「それじゃ、『シンデレラ教会』のご当主様との話し合いは任せたよ。柳瀬君」

「いや、任せたよと言われても・・・・」


 困った。どうするべきだ?

 取引、ではなく、話し合い。

 一体、何を話そうっていうんだ?


「別に、難しく考える必要はないさ」


 と、軽い口調で、氷田織さんは呼びかける。


「最終的に莉々ちゃんを取り戻せれば、他はどうでもいい。どんな話をしても、何を語ってもいい。終わりよければ全て良し、さ。それに・・・僕も、この失礼なご老人を殺したら、後を追うよ。すぐに、楽しいお喋りのお手伝いをしてあげよう」


 と、相変わらず、氷田織さんは不敵な笑みを浮かべている。

 ・・・この人が手伝ったりしたら、お喋りはあっという間に終わってしまうだろうなと、僕は思った。

 お喋りではなく、お死ゃべりになるのかな。


「そう簡単には、いきませんよ」


 と、草羽さんは応じる。


「柳瀬さん。そこの扉を入ると、長い廊下に出ます。そして、廊下のさいおうの扉をくぐった先に、ご当主様はいらっしゃいます」

「・・・そりゃ、ご丁寧にどうも」

「どういたしまして」


 草羽さんは言う。

 とても悲しく。

 とても寂しそうに。


「聞いてあげてください・・・・・ご当主様のお話を。・・・あの方の、叫びを」

 

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