第二十二話 冬季攻勢ー4

 後から聞いた話だけれど、帝国軍西方方面司令部はこの時、(中佐の予想通り)内部分裂寸前だったらしい。

 

 理由は単純。

 攻勢支持派と断固反対派とで、司令部内が真っ二つに分かれていたからだ。


 まず、司令部の共通認識としては、1年半に渡り数的劣勢差を跳ね返し続け戦線を突破されなかったと言う強い自負があった。

 同時に東部戦線での華々しく、派手な戦果報道を苦々しく感じてもいた。


『機会さえ、そして十分な戦力さえ与えてくれれば、自分達も同様な戦果をあげられる。東部の連中は余りにも恵まれ過ぎている』と。

 

 そんな中、今回の冬季攻勢案が、強い命令口調付で提示された。

 しかも、どうやら参謀本部よりも更に上の意向で。

 

 戦力は開戦以来と言っていい程に充実している。特に騎士戦力は圧倒的。

 秋口に行われた航空撃滅戦も成功し、敵戦力は弱体化。

 新編の機甲師団を数個増援として受け取り、突破戦力にも事欠かない。


『勝てる』


 西方方面司令部が当初そう思ってしまったのも無理はない。私だって思ってしまうだろう。

 問題は、そう思ってしまった筆頭が総司令部を実質的に差配している参謀長だったことだ(総司令官は秋に就任したばかりで、若いお飾り扱いの皇帝血縁。形だけ陸軍大将)。

 だけど――前にも話した通り、帝国軍には冬季攻勢をする思考自体が今まで存在しなかった。

 この1世紀近くの間、無数の戦歴を重ねながら、冬営はしたことがあっても、冬季攻勢だけはしたことがないのだ。

 

 確かに『勝てる』だろう。

 しかし、その際に発生する損害は果たして許容出来るものだろうか? 

 否、出来ないだろう。

 帝国軍が営々築きあげてきた、将兵の一体感をも失いかねない。

 ここは大人しく冬営を行うべきだ。

 ――攻勢案に反対する参謀が出てくるのもまた自然な流れであった。


 結果、司令部内の作戦会議はとてもとても殺伐としたものだったそうだ。

 殴り合い寸前の議論が進み、最後は参謀長の強引な裁可でようやく冬季攻勢を決断するに至る。

 

 そして、いざ各軍及び師団・騎士団長へ攻勢案を説明した途端、矢のような抗議(前線の状況を知ってるだけに、攻勢賛成を支持した人は皆無だったらしい)が寄せられ司令部は大混乱に陥った。

 私達が所属している第13飛騎の騎士団長なんかは自ら司令部へ乗り込んでる位だし、他にも実力行使に出た師団長級の将官が何人もいたというのだから、如何に前線組と、総司令部の認識とが乖離を始めていたかを示していると思う。


 一度は攻勢案に決定するも、指揮下各部隊からは激烈な反対意見が殺到。

 参謀本部からも控えめな口調ながら、攻勢案反対の意思表示。

 しかし、攻勢案を推した参謀達からすれば最早引っ込みはつかず、また権力者である参謀長自身も攻勢案に賛同している。

 そして、攻勢賛成派を後押しするように、『大なる戦果を期待する』という、帝国第三代大宰相直筆の書簡が届けられたことで、事態は大きく動き出す。

 それを見た参謀長は、直接抗議に訪れていた各師団長・騎士団長の一時的な軟禁を命令。

 反対派の部隊は司令部が直接指揮を執る事を画策し、各地へ賛成派の参謀を派遣。

 そして、西方方面軍司令部は冬季攻勢作戦『蒼』発動を参謀本部へ打電するに至ったのだ。

 それに対して、猛然と抗議する反対派。

  

 現場は大混乱の模様です!


 ……実際に戦う私達からすると、ほんとろくでもない事態である。



※※※



「き、貴官を招いてなどおらん! とっとと部隊へ帰りたまえ」

「中佐、如何に貴官が歴戦の騎士とはいえ、場所はわきまえよ」

「私達が派遣した参謀から、作戦案は聞いただろう? 早く、攻勢準備を整えよ。これは命令だ」


 次々と中佐に、浴びせられる罵声と怒声。

 咄嗟に前へ出ようとすると、彼の手に止められる。一瞬の視線。


『大丈夫』


 はい。心配なんかしてませんよ。


「本当に帰ってしまってよろしいので? 今、帰すと後悔されると思いますが。ああ、お二人からは意気込みだけは聞きましたが、作戦案などというものはついぞ聞きませんでした。何かの間違いかと思いお返しに伺った次第」


 またしても怒声。同時に失笑。怒りで真っ赤になる参謀二人。


「中佐。そんなに言っては立つ瀬がないだろう――もっと強烈に言ってやってくれ」

「重機関銃の前で行進訓練でもさせないと分からんらしいのだ」

「貴官の言葉ならば多少は聞くだろう」


 反対派なのだろう。

 複数の佐官、将官(うちの騎士団長もいる)からは疲れ切った声。

 中佐は、それを聞くと溜息をつくと、視線を会議室の片隅で静かに座っているへ向け口を開いた。


「閣下、小官には勝ちきる『作戦案』の当てがあります。冬季攻勢を実施するならば――せめて、この一戦で西部戦線そのものを崩壊させねばなりません。このまま始まれば……帝国にとって1世紀ぶりの敗北となりますが、敗将になるお覚悟は既に固められていますか? そうでないのなら、お命じ下さい。『説明せよ』と」

「き、貴様! 言うに事欠いて、敗北するとはなんだ。帝国軍に敗北などない!。閣下、こんな男の言う事に耳を貸す必要はありません。作戦案は万全です。必ずや帝国に、そして閣下に勝利を」


「――参謀長」


 総司令官の静かな声が響いた。会議室が静まりかえる。


「は、はい」

「重機関銃とベトンで固められた陣地への白兵攻撃は、共王連合が開戦以後に何度も繰り返し、その都度、我々が粉砕したものだった筈。今回の作戦案、それとの違いは何か?」

「そ、それは……騎士戦力の圧倒的優越、であります」

「中佐、騎士は全ての陣地を漏れなく潰せるだろうか?」

「いいえ、閣下。我が帝国騎士は優秀ですが、神ではありません。まして、敵はこの1年半以上、陣地を固めていたのです。とてもではありませんが不可能です」


 それを聞いた参謀長が激高。


「臆したのか! 所詮、のことしか――」

「参謀長。私が良いと言うまで発言を禁ずる」

「なっ!? か、閣下。閣下はまだこの戦場に来たばかりで日も浅く」

「貴官は私のなんだ?」

「……はっ。も、申し訳ありません」

「中佐。作戦案の説明を許可する」

「ありがとうございます。では説明させていただきます」


 そう言うと、中佐は作戦案を説明し始めた。

 話が進むに連れ、部屋にいる人間の目に理解の色。

 そして、自信。


 『これならば――』


 

 結論を言ってしまうと、作戦案は正式に採用された。成功すれば、戦史に名が残る偉業となるだろう。

 上から降りてきた作戦案(単なる突撃命令)に関しては、その『冬季攻勢』と作戦名『蒼』のみを採用。後は、ほぼ別種なものとなる。

 それについては総司令官が、自分の名でこう宣告された。


『戦地に即した作戦を発動する』


「お飾りとはいえ責任は取らねばな。それにまだ敗将になる覚悟はない」と言って笑っておられたそうだ――案外と良い方なのかもしれない。

 当初の冬季攻勢作戦に参加していた参謀長と一部参謀は、この時期ではあるものの帝都へ後送。帝都上層部へおもねる派閥はこれを機に一掃された(仮に……これを狙っていとしたら、とんでもない切れ者だ!)。

 当然だけど、反対派の師団長・騎士団長にはお咎めなし。

 総司令部は手薄になったので、作戦案の発案者であると言われた参謀を筆頭に、俊英を謳われる各軍の参謀が臨時に総司令部へ配置、陣容を固めた模様。

 私は忙しくて細かいことは知らない。


 何せ、作戦発動までの1週間、中佐の命令で各部隊へ作戦案を届けに飛び回っていたのだ。


『うちの秘蔵っ子の一人をお使いに出すから、分からない点はその子に』


 と中佐は各部隊へ通告していたらしく、散々説明する羽目になったのは言うまでもない。こういうところは厳しい……。

 シアや、大尉や、少佐の目も別の意味で厳しい……。そんなんじゃないのにさ。



 

 大陸歴1935年11月25日。帝国西方方面軍、冬季全面攻勢作戦『蒼』を発動。

 西部戦線における、第二の決戦が開始されることになる。



※※※



 中佐によって、改定された『蒼』の発案者とされた人物は、後世、帝国屈指の名将と呼ばれ東部戦線で勇名を馳せた。

 けれど作戦立案者と紹介されるのを終生酷く嫌がったらしい。


『あれは、名前を貸しただけだ。自分の功績を他人に押し付ける大馬鹿野郎のせいでこっちはいい迷惑だ。しかも、貸し逃げだぞ。質が悪いにも程がある』


 うん。みんな同じ苦労を感じていたんだなぁ。

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