第四章 冬季攻勢

第十九話 冬季攻勢ー1

――大陸歴1935年冬、西北戦線――


 私達が、戦力回復の為に後退していた間、帝国は西部戦線で作戦名『橙』

と呼称されていた空中撃滅戦を展開していた。

 

 7個飛翔騎士団約1500騎を投入しての大規模作戦で、しかもその内2個飛騎は、帝国軍最強の一角を担う第7・9飛騎。

 それまでの作戦で共王連合側の騎士戦力は、実際に戦っていた私達が実感出来る位に弱体化していたから作戦は終始順調に進んだらしい。

 ラジオや新聞は連日、華々しい戦果を高らかに報道していたし、前線から後送されてきた負傷兵から聞いた話も、確かにそれを裏付けていた。

 

 そして、約1ヶ月に及んだ作戦で、帝国軍は敵騎士約500騎以上を撃墜破。

 各種火砲破壊数は少なく見積もっても1000門。

 後方に備蓄されていた兵站物資を焼失させる事無数という、大戦果を挙げるにいたった。


 私達は、前線組が華々しい戦果を挙げているの聞かされながら(しかも、私達が後退した後で)、内心焦りも感じながら訓練に励んでいた。

 新型魔装(ニコラウス5型の出力向上型だ)への換装訓練は想像以上に順調に進んでいたけれど、新たに加わった騎士達にはどうしてもより時間が必要になるし、古参の騎士達が望んだ程の技量にすぐ達するのは困難だった。


 それでも、約2ヶ月が過ぎた頃、実戦投入可能、と判断される水準に到達。

 本来、3ヵ月とされていた休養期間の短縮及び、西北戦線への展開が決定した。

 それを連隊全員を集めた訓示で告げた中佐は本当に申し訳なさそうにされていた。見ていた私達がおろおろしてしまった位だ。


 最前線へ移動する数日前、中佐の厳命により、帰省出来る者には休暇が出された。 

 私とミアは帝都っ子だったから帰省組。

 帰り際に、補給士官からお菓子と珈琲のお土産をもらい(後からナイマン少佐に聞いたら、中佐の配慮だったらしい)一路、帝都へ。


 事前に両親には伝えていたので、帝都中央駅には母さんと父さんが待ってくれていた。嬉しい。

 まぁだけど、人前で抱きしめるのはちょっと恥ずかしかったな、二人とも。

 母さんはミアも抱きしめていたし。


 その日の晩、色々な話をした。

 ミアの話。戦場の話。大隊の話。そして、中佐と少佐の話。

 ハンナと仲直りした、と告げると父さんは何も言わずただ頷き、母さんはとても喜んでくれた。

 ハンナからも手紙が来ていたらしく、今度、遊びに来るそうだ。


『次に帰ってくる時は、ハンナも呼んでご飯を食べようね』


 私がそう言うと、母さんは泣きながら頷いていた。


 翌朝、家を出る時に母さんは私を抱きしめ「無事に帰って来なさい」と呟いた。

 

 大丈夫だよ、母さん。

 手紙でも書いたでしょ? 

 私達の隊長さんは帝国最高の騎士だから。

 あの人と一緒にいる限り、私は絶対に大丈夫。

 心配しないで。帰ってくるから。

 うん、見送りはいいよ。名残惜しくなるし。そろそろ行くね。

 それじゃ、身体に気を付けて。父さんも。



 帝都中央駅でミアと合流。少し遅刻だ。


「――遅刻」

「ごめんごめん。行こうか」

「――うん」


 こうして私達は、西北戦線へと舞い戻った。

 共王連合への大規模冬季攻勢、作戦名『蒼』が発動されたのは、私達を含め後方で戦力再編を行い、前線へ再配置された5個飛翔騎士団の展開が終わってから2週間が過ぎた、大陸歴1935年11月25日の事だった。


 ……冬季攻勢は、初代帝国大宰相が全面禁止にしていた筈だったんだけどなぁ。



※※※



「あえてお尋ねしますが……正気ですか?」


 中佐の顔は笑っているが声は恐ろしく冷たい。

 横にいる少佐も柔和な笑みを浮かべ、連隊の幹部達からは明確な殺気。

 彼等の前には西方方面軍から派遣された作戦参謀と、第13飛騎の参謀。

 笑顔が引きつっていて、表情に見てとれるのは半ば恐怖。

 うん、そりゃ怖いよね。私だってちょっと怖い。

 どうしてこうなったかと言うと――。

 

 

 懐かしの西北戦線へ戻った私達は、またあの日常――騎士との空中戦闘、砲兵狩り、歩兵掃蕩等々の日々を送っていた。

 聞いていた通り、確かに敵の反撃は微弱で、航空撃滅戦の成果を実感した。

 前線復帰から1週間。華々しい戦果もなく、同時に損害も皆無。

 訓練には悪くないかな、と思ってしまうあたり私も大分毒されてきている。

 ヤバイ。

 このままじゃ、少佐や、大尉や、ミアみたいな戦争狂になってしまう。自分を律しないと。

 

 ミア、何よ? 悪口なんて考えてないよ。もう、ミアは相変わらずすぐ私を疑うんだから。

 大尉まで、何を言われるんですか。私は大尉を敬愛してます。嘘じゃないです。本当ですよ。

 少佐、そんなことよりさっき中佐が呼ばれていましたよ? 行かなくてよろしいんですか? 

 ……相変わらずちょろ、もとい一途だなぁ。


 その日、敵の砲兵狩りを終え駐屯地へ戻る途中の私達に対して、中佐は珍しく全連隊騎士の本部駐屯地への集結と帰還を命じた。

 何でも、偉い人が来ての作戦説明があるらしい。

 ここ、最近、部隊内で囁かれていた冬季攻勢案の説明だろうか? そうだとしたら、大変だ。

 確かに敵が弱まっているのは事実かもしれないけど、この時期の攻勢は此方の負担も大きい。

 

 何よりそろそろ雪が降る。

 

 それだけで、かなりの困難を伴うと思うんだけど。


 本隊駐屯地に設けられた、作戦会議室へ入る。連隊内の騎士、総計76名が勢ぞろいしているのは中々壮観だ。

 私達はまだまだ下っ端なので、後方の席。

 すぐに、中佐と少佐、そしてルカ大尉が入ってきた。そして、見知らぬ参謀記章を付けた佐官が二人。

 立ち上がり、敬礼。そして、中佐から軽い説明。

 曰く『西方方面軍立案の新作戦を説明してもらう。第13飛騎司令部は既に了承済み』とのこと。

 ……ああ、とってもろくでもない気配が。特大な地雷臭。

 隣を見ると、ミアも顔をしかめている。


 作戦参謀からの説明は、有り体に言って何の捻りもないものだった。

 

『圧倒的な航空優勢の下で敵戦線をこじ開け、一挙に西部戦線を崩壊させる』


 確かに、現状の制空権は圧倒的で、やってやれない事はないかもしれない。

 否、やれるだろう。彼我の騎士戦力差はそれを可能にする所まで達している。

 だけどそれって……。


「この作戦が成功すれば、戦争はクリスマスまでに終わる。諸君等も今年の冬は帝都で過ごせるだろう。是非、奮戦してもらいたい。ここからは質問の時間とする。何か疑問を持つ者はいるか?」


 作戦参謀が一通りの説明を終えたらしい。途中から全然聞いてなかった。

 だって、それっぽく言ってるけど『遮二無二、攻勢をしかけて何とかする』と言うことだ、これは。

 正直言って、作戦案とはとても言えない。単純な突撃命令。

 そんなことしたら私達はともかく、地上の兵がどれだけ死ぬか分かったものじゃない。

 

 誰しもが呆けている。重苦しい沈黙。

 まさか、自分達の総元締めがそこまで馬鹿だとは流石に想定外。

 そもそも、帝国軍は兵の消耗を極端に嫌う事を金科玉条の一つにしていた筈。それが何故。

 皆が沈黙する中、中佐が笑みを浮かべつつ挙手。そして――。



「し、正気とはどういう意味でしょうか?」


 参謀が――冷静に眺めてみると、結構若い少佐――取り乱したように声をあげる。

 第13飛騎司令部からきたもう一人の参謀(こちらも少佐だ)も動揺。この人は、今回の再編で配属になった人だな、きっと。


「そのままの意味ですが? 作戦案――ああ、これを『作戦』と呼べるかどうか議論するとして、何を考えてこのような事をわざわざ言いに来たので?」


 中佐の声は穏やかだが、中身は恐ろしく辛辣。参謀は絶句。

 第13飛騎からきた参謀へも質問。


「第13飛騎司令部も了承済みと言うが、この案を聞いて貴官は何も思わなかったのか? その参謀章は何のために付けている?」

「なっ……し、小官は現状を鑑みて、今作戦案が最善と判断し、賛成いたしました。それを否定するからにはっ――!」


 言外に、覚悟はあるんだろうな、という恫喝。

 が――中佐は哀れみの表情。


「了解した。では、ここで話しても無駄なようだ。ああ、諸君、ご苦労だった。これから先は『私の戦争』だ。解散してよろしい」

「な、な、何を!?」「中佐殿、勝手な事は!」

「……少し黙れ」


 一瞬で背筋が伸びる。

 参謀二人は卒倒寸前。

 それを見ていた少佐は頬を赤らめ、大尉は目を輝かしている。……ミア、貴女もなの。


「今から、第13飛騎司令部へ行って、騎士団長から直接話を伺う。その後は西方方面軍まで一緒にご足労願おう」

「なっ。そんな事が可能だとでも思っているのですか!?」

「い、今からですか? 既に陽も落ち、騎士団長閣下もお休みに――」

「何とかしろ。それが貴官らの仕事だろう? ああ、勿論、これは本気で言っている。別に行かないの勝手だが、私は一人でも行くからそのつもりで」

「「…………」」


 蒼白になって沈黙する両名。

 そして、中佐は私達に向き直り、満面の笑みでこう言った。


「なに、諸君。大丈夫だ。私はこういう事には多少慣れている。吉報を待っていれくれ」



※※※



 今から考えてみると、この作戦の頃から少しずつ帝国はおかしくなっていたように思える。

 だけど、それでも――私達にはまだ中佐がいた。

 それだけで勝利を確信出来た。 

 たとえ、それがどうしようもない作戦であっても、中佐と一緒に飛んでいる限り、私達の辞書に『敗北』という二文字は載っていない、そう強く信じていた。


 ……同時に、いなくなった時、初めてその重さを知る事になったのだけれど。

 


 ――『蒼』作戦発動まで、残り1週間。

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