宵待ち鳥は明けに鳴く。
篁 あれん
episodeー1
言わなきゃ伝わらないなんて、簡単に言われてもだ。
言っても伝わらない場合、どうしたら良いか誰か教えて欲しい。
「
「何処にだ?」
「場所じゃねぇよ! 俺と、つってんだろ!」
「だから、何処に行くんだと聞いている」
「……地球の果てまで何処までもだよッ! クソッ!」
「断る。今日は大旦那様からお遣いを言付かっている。お前と遊んでいる暇はない」
この天然全開の
上三人は姉、四番目にしてようやく生まれた念願の
飄々とした涼しげな顔に和装が映える、生まれるべくして生まれた呉服屋の後継ぎは、脳の回線が一直線過ぎて、依恋の渾身の告白は日常会話へと成り下がる。
今日は明日開かれる出雲屋の秋物新作会の準備で、全く関係ない依恋も手伝いに駆り出されていた。
手伝い、と言っても雅を車で会場まで送る運転手の役目で、その車内でいつもの様に依恋は果敢に攻め、そしてあぐねている。
「言い方を変えよう」
「まだ何かあるのか?」
「恋人になって、と言ってる」
「……」
お。伝わったか?
依恋はチラリと助手席に座る
「依恋、僕達は男同士だぞ?」
「知ってるよ。性別とか関係なくてですね! 俺は雅が好きだって話なんだけど、分かって貰えてる?」
「つまりお前は僕と性的な関係を持ちたいと言う事か?」
「ドストレートに来るね……まぁ、間違ってないけど」
「……何で、そうなったんだ?」
「断らずに掘り下げて来るって事は、ちょっとは応える気あんの? お前」
「いや、単純に疑問だからだ」
「だろうと思ったよ!」
「と言うか依恋……」
「あぁ?」
「男同士の性的関係とは成立するのか?」
「……それを事細かに説明する前にだな、お前の心的状況をお聞かせ願えるか? この天然がッ! お前は俺の事が好きか? 嫌いか? 二択だ!」
「好きだ」
余りの即答に、依恋の方が面食らう。
ここまでの説明をして、好きだと言う。
と言う事は、気持ちは通じていると解して良いハズだが、相手が雅なだけに依恋はどうにも不安が拭えなかった。
「雅、お前は俺とキスしたりセックスしたりしたいと思うか?」
「今の所思ってないな」
「だろうな。聞いてみて良かったよ」
「二択だと言ったのはお前だ。嫌いじゃないなら、好きだと答える」
「あぁ、そうね。そうですよね……」
伝わらねぇ……。
どうしてくれよう、このフラストレーション。
確かにスキンシップは重要課題ではあるけれども、依恋にしてみたらまず雅に恋愛感情があるかどうか、と言うのが知りたい所だった。
「なぁ、雅。仮に俺が他に恋人作ってお前に会いに来なくなったらどう思うんだ? 少しは淋しいとか、悲しいとか思うのか?」
「……分からないな」
「分からないって何だよ?」
「僕に会いに来ないで、誰に会いに行くんだ?」
「愛され過ぎて麻痺してんじゃねぇよ! 想像しろ、想像!」
「愛……いつから……愛……」
「いつからか、なんて後で腐るほど教えてやるから、取りあえず会えなくなった事を想像してみろ! どうなんだ?」
「……死ぬのか? 依恋」
「ナチュラルに俺を殺すな、バカ」
「難しいな……依恋がいなくなるなんて考えた事がない」
「でも恋人が出来たらそう頻繁には会えなくなるし、雅を最優先してやることも出来なくなる。そうなったとして、お前は何とも思わない?」
「お前が僕より優先する相手なんているのか? 驚きだ」
「どんだけ俺を私物化してんだ、お前はッ! だから、恋人になろうって話してんだから、少しは真面に考えろ!」
一緒にいるのが当たり前過ぎて、このまま空気の様に存在自体が認識されなくなるんじゃないかと懸念する程、依恋にとって雅は近い存在だった。
小さい頃から呉服屋を営む雅の家と、高級クラブのオーナーを務める依恋の母親が仕事を通じて仲が良かった為に、兄弟同然に育って来たのだ。
三つ年上の雅は箱入りのお坊ちゃまで、水商売の女に囲まれて育った依恋からしてみたら住む世界が違う。
三つも年上なのに依恋の方が雅の面倒を見ている様な気になる。
雅は品行方正、成績優秀、絵に描いた様な優等生だったが、かなり世間ズレしていて、依恋が知る限りでは二十六になる今現在まで恋愛経験が無い。
昔、まだ雅が高校生だった頃に女子に告白されている現場にたまたま居合わせた時、勇気を持って告白した女子に対してこの男は「意味が分からない」と言い放った強者だ。
理由を聞けば「知らない女を好きになる訳がない」と言う答えが返ってきた。
つまり、喋った事も無い様な相手だったと言う話だが、もっと言い様があるだろう、と言う突込みは依恋の咽喉の奥に一先ず封印された。
直球しか技を持たない。それが出雲雅だ。
その頃既に恋愛対象として雅を見ていた依恋は、このド直球型天然に想いを告げようなどと血迷えるはずもなかった。
まして男同士、ゲイである自分に振り向いて貰う事は半ば諦めていた。
ただ傍にいて、雅に頼って貰えるだけでも良いと思っていたのに、
「依恋、お前は確かに半分アメリカ人だが、国籍は日本だったハズだ」
「……何の話?」
「日本では男同士の婚姻は認められてないぞ」
「話がぶっ飛んだな? どの回路を通ったら、そうなったんだ?」
「恋人になると言う事は、ゆくゆくは結婚するのだろう? 僕とお前じゃ無理だ」
恋人イコール結婚。そう考える程度に雅は純粋だ。
そんな事も分かっているから、依恋も勿論そのつもりで告白している。
「結婚してくれんだ。へぇ……って事は、OKって事で良いのかね?」
「結婚出来ないのに恋人ごっこしてどうする」
「ごっこじゃない。結婚は出来ないけど、ちゃんと一生一緒にいるよ」
車の運転中にうっかりプロポーズさせられて依恋はその不可抗力に愕然と項垂れた。
どうしてこうなる。
雅が相手だといつもこんな調子で、上手く伝わらないのだ。
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