傾城の耳掻き師

雨夜

第1話 土曜日の土蔵、密会のいつも。

 俺、多田仁成ただ ひとなりの最近の日常を紹介しようと思う。


 といっても、月曜から金曜は普通だ。普通に高校に通って、朝から午後まで授業を受ける。部活は入っていないから、放課後になったらすぐに下校。帰宅した後は授業の復習をするなり、ゲームするなり、本を読むなりして過ごす。


 そして土曜日。


 朝はいつもより少しだけ遅く起きる。朝食は食べるときもあれば、食べないときもある。それよりも、シャワーを浴びたりして身支度を調えるほうが大事だからだ。


 そうこうしているうちに、チャイムが鳴らされる。玄関を開けると、そこにはいかにもセバスチャンな老紳士が立っていて、俺に向かって恭しく一礼してくる。


 最初の頃はテンパってぺこぺこしていたけれど、最近はもう慣れたもので、俺もにこやかに「おはようございます。今日もよろしくお願いします」と一礼をして、彼が乗ってきた高級車に乗り込む。車はさっぱり詳しくないけど、ぴかぴかの高級車なのはよく分かる。


 駅を中心とした繁華街から離れたほうへ走ること、十数分ほど――。


 車は幹線道路から外れて、山林の中に分け入っていく坂路に乗り入れていく。そこは公道ではなく、私道だ。その道を上っていけば、やがて視界が開けて、機関車が走っていた頃のヨーロッパを思わせる大邸宅がでーんと鎮座ましましていた。


 この街で一番古くて、一番大きな屋敷だ。


 最初の頃は唯々大きさに圧倒されていたけれど、最近はわりと見慣れてきて、よくよく見れば屋根の形や窓の感じなんかに、そこはかとない和風を感じる。和洋折衷の建築様式は、そういうのが流行った時代に建てられたお屋敷なのだろうな、と窺わせる。


 お屋敷は大きな塀にぐるりと取り囲まれているのだが、門を抜けても、正面に見えるお屋敷までは三百メートルくらい道が続いている。しかし、俺を乗せた車は、その道をまっすぐは進まない。少し行ったところで横道に逸れて、お屋敷の横手へと進んでいく。すると見えてくるのは、純和風の大きな建物――というか土蔵だ。


 聞いた話だと、室町とか戦国とか、その辺りの時代から残っているのだとか。正直まったく想像がつかない。まあとにかく、すごい蔵だ、とだけ認識している。


 その蔵の前で、車は停まる。いかにも重たげな蔵の戸は開け放たれていて、俺が車から降りるや、それを待ちかねていたかのように、蔵の中から一人の少女が歩み出てきた。


 このお屋敷の御当主の一人娘にして、俺の学友でもある才媛だ。眉目秀麗、成績優秀。だいたい何でも持っている羨ましいやつだ。


「時間通りね」


 彼女はそれだけ言って、俺を蔵の中へと促す。

 蔵の中は荷物が隅のほうに整理されていて、空いたスペースがちょっとした書斎にリフォームされていた。


 でも、俺も彼女も棚に収められた古書には目もくれない。究極的に言ってしまえば、彼女が父に頼んでここを書斎にリフォームさせたのは、俺がここに週一ペースで出入りすることの名目にするためでしかないからだ。


 書斎の一番奥まで行ったところで、彼女はくるりと俺に振り返る。


「じゃ、行ってらっしゃい。帰りはいつもの時間ね?」


「うん。アラームもセットしてある」


 俺は頷くと、脇に寄った彼女の前を擦り抜けて、突き当たりの壁へと向かう。


 ――彼女には壁にしか見えないようだが、俺にはそこにが見えていた。


 それを初めて見たとき、俺は「でかい姿見だ」と思った。その次に「あれ? 鏡なのに何も映らない。ただの金属板?」と思った。でもいまは、それのことを「門だ」と認識している。


 俺はその門を潜って、向こうの世界に行った。

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