純子さんという存在

野口マッハ剛(ごう)

蘇ったのは……

 純子さんはゾンビなんかじゃない。だって、ここに居るのはあの時に出会った頃の純子さんの姿かたちである、記憶の集合体だからだ。こうやって純子さんは話せるし、考え方だって以前と一緒。純子さんのお墓の前に、純子さんを連れてきたら、彼女は僕にこう言う。

「ひょっとして、私のお墓?」純子さんが笑えない冗談だと言わんばかりに僕を殴るふりを笑顔でする。

 彼女から消えたのは悪い記憶だけ。僕は五十才、今の純子さんも五十才。年のわりに幼いのはお互い様だ。だから、生前のオリジナル純子さんとは出来なかったデートとかがきっと出来る。

 二十四年前の二十六才である僕は、純子さんを自殺で失った。純子さんをあの時のような姿で蘇らせてもらった。純子さんは僕の指に指を絡ませてくる。復活の条件は、希望者の残りの命だ。僕は明日でこの世界から消える。束の間で良い、僕はもう一度だけ純子さんに会いたかった。

 僕と純子さんは同い年になった。だから、いくらでも話したいことが話せる。二人で記憶の答え合わせをするように、懐かしい話題を確かめ合う。時間が過ぎていく。もう僕は子どもじゃない。だって、純子さんと同い年なのだから。

「愛してる」僕がそう言うと「どうしたの? 急に?」と純子さんが笑みを浮かべて答える。

「私も愛してる」純子さんに悪い記憶が無いためにこの言葉が出たのだろう。「明日、僕は死んじゃうんだ」この言葉を聞いた純子さんは「もうっ、からかわないでよ!」と少し怒る。可愛い、怒った純子さんは初めて見た。


 僕は純子さんと軽いキスを交わしてこう言われた。「私たち、結婚しよう」だけどもそれは出来ない、あと五分で僕の命は深夜に消える。

「そうそう、私はこう思ったの」

「何かな?」

「私の二度目の人生に貴方は要らない。貴方を殺して、あの時の若かった貴方を手に入れるの」僕のお腹はみるみる血で赤くなった。そうか、僕は嵌められた。元から純子さんは女神じゃなかったのだ。僕が力無く倒れかかる。そして純子さんはこう呟いた。

「これからは私たち、オリジナルの私たちを超えるのよ?」僕の命が今日までと言われるのは恐らくこのことだろう。つまり、目の前の純子さんは純子さんじゃない。蘇ったのは悪魔だった。

「これからはずっと一緒だよ? ただし、もう貴方も私もオリジナルじゃない」

 僕の視界は暗くなっていく。僕が間違っていた。ゴメン、純子さん。僕は君を変えることが出来なかった。僕の意識はそこで無くなった。

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