ゴーストスコープ

亜月

第1話 プロローグ

幽霊は現世に残された亡者の記憶。

残響や残り香のようなものだ。

最期の強い感情が、肉体を喪ってなお場所や人にこびり付く。その感情は、薄皮一枚向こう側の世界にありながら、時折僕らに影響を及ぼす。

いわゆる霊感が強いとは、今は亡き彼らの痕跡を敏感に察知できるということなのだろう。

幽霊と言うと、ホラー映画や怪談話のように生前や死んだ直後の姿をしていると想像するかもしれない。しかし、実際の幽霊は人間の姿をしていない。視えるとすれば人型の靄くらいなもので、そこに顔はない。

なぜ彼らの存在に生前の外見が残っていないのか、それについては一度考えてみたことがある。たぶん、自分の顔は自分で見えないからだろう。肉体の外側から俯瞰した映像は大抵記憶に残るはずもなく、有るのは身体的感覚。頭部や四肢が有るという認識が記憶として残り、人型の靄を模しているのだ。

だから幽霊は、視覚よりもむしろ嗅覚や聴覚に訴えかけてくることの方が多い。主観的な体験の共有だ。身体がひしゃげる音、鉄臭さ、誰かの泣き声、名前を知らない懐かしい匂い。

幽霊に憑かれた場所や人の側に行くと、どこか一部に靄がかかって見え、その場にない音や匂いを感じる。



僕は代々祈祷や呪術を生業とする一ノ瀬の家門に生まれた。この家の血族は多かれ少なかれ霊能に恵まれると言われており、例にもれず、僕も多少なりとも力に恵まれた。

一ノ瀬の家に生まれた子供は幼少から修行を日常とし、その能力が十分に成長すれば、将来は家の後継として政治家や富豪の相談役となる道が約束されている。西洋科学が台頭する現代においても、占いや霊能を頼る者は少なからずいるようだ。

一ノ瀬の傍系には二ノ宮家、三ノ河家があり、江戸の時代より三家は常に互いの跡継ぎを競いあわせてきた。本家である一ノ瀬は傍系を退け、二ノ宮と三ノ河は本家を制し頂点に昇ろうとする。力の証明は信頼の獲得であり、強い家がより高位の顧客を獲得できる。一族の繁栄には政界、財界との太いパイプが不可欠。

故に三家は長い歴史の中、霊を払い続け、人を呪い続け、一族の力を証明し続けた。

霊を祓えば恨みを買う。

人を呪えば呪いを買う。

積み重なった恨みつらみは業となり、僕ら三家の血に刻まれている。

僕は三家の中でも最も業深い一ノ瀬家の一男。今は、兄妹はない。三歳下で生まれた妹は、齢二つを越える前に病で命をとられた。翌々年に生まれる予定だった弟は産声を上げる前に事故で母と共に逝った。人を呪わば穴二つ。先祖の業は、子孫に降りかかるらしい。

一ノ瀬の家は僕の代で終わるだろう。僕は霊能の力こそ持ってはいるが、それ以外の技術がからきしの劣等生だ。血統の存続を願うほど家への愛はなく、我が子を業から救ってやれるほどの才覚もない。僕は一之瀬の血筋を僕で終わらせると決めている。

その選択の結果、僕は祖父によって一ノ瀬の家を勘当された。幸い父が祖父母に隠れ僕の生活を支援してくれているため、生活には困らずに済んでいる。父も、母と二人の子を喪ったことにひどく心を痛めていた。跡継ぎを失ったことで、一族からの再婚への圧力は相当なもののようだが、のらりくらりと躱しているようだ。



僕は今、四畳半のアパートで暮らしながら普通の高校生活を送っている。

友人も恋人も必要ない。自分の力のせいで被害を受ける者は、自分だけでいい。このまま独り、世の中に波風を立てずひっそり暮らしていく。

それが僕のたった一つの願いである。










夢の中、僕はいつも昏い処に居る。

其処はたくさんの音と匂いが判別できない程に充満していて、とても恐ろしい。

身動きできずじっとしていると、聞き覚えのある少女の声が聴こえてくる。

「大丈夫、こわがらないで」

声は心地良く、花の香りを纏っていた。

「あなたはわたしが護るもの」


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