私はアヤカシに嫌われている。
槙村まき
◇1.非日常への扉
もうすっかり夏の
不思議な転校生がやってきた。
転校生は、同じ年の男子と比べると身長が高く、夏服から伸びる腕は運動でもやっているのか意外と引き締まっている。ひょろりとしているのが最初の印象だったけど、別にそうでもないようだ。
顔立ちは――うん。咲綺は、なんとなくクラスの女子の気持ちがわかったような気がした。髪の毛は耳の上で程よく揃えられている。一見すると、イケメンと評しても相違ない外見をしている。
けれど、と咲綺は思う。彼は、笑うと狐のようにキュッと眼が細くなる。それが少し、不気味に感じた。
「
「じゃ、化野くんの席は廊下側の一番後ろねー」
担任の女性教師(推定三十歳独身)まで、キャッキャしているように見える。
ジト目でそれらのやり取りを眺めると、すっかり飽きてしまい、咲綺はまた窓の外に視線を向けた。
(つまらない)
ああ、なんてつまらない日常だろう。
不変なく過ぎていく日常は、面白みの欠片もなく、刺激を得られるわけでもない。
とてもつまらない。
こんな日常なんて億劫で、できることなら非日常のような楽しさが欲しいものだ――と、ここ数日、咲綺は考えていた。
非日常に誘ってくれるものがあるのなら、いますぐにでも飛び掛かるだろう。例えどれだけ甘美で危険な誘いだとしても、日常から解き放ってくれるのであれば縋ってみたい。
日常に飽き飽きしている彼女は、ただ非日常に憧れて、心の底からそれを求めていた。
咲綺の通学路には、小さな公園がある。
ブランコ、滑り台、鉄棒と、主要の遊具が三つあるだけの閑散とした公園だ。というか、誰もいない。
剥げて元の色がなんだったのかわからないベンチにも、ひっそりと備え付けられているだけの汚らしいトイレにも。そこは、誰もいない場所だった。
その公園に一人の少年が足を踏み入れる。
それを遠くから見つけた咲綺は、思わず彼の跡を追いかけた。
(あんな公園になんの用だろう)
子供や野良猫ですら、ほとんど寄り付かないというのに。
夕暮れ時の空は、遠くが薄くぼんやりとしたオレンジ色をしている。秋は思ったよりも陽が沈むのが早いため、あと一時間も経たないうちに夜になるだろう。
咲綺は、今日ずっと彼のことを観察していた。
日常に相応しくないあの怪しい笑みが、脳裏から離れなかったからだ。
穏やかに見えて、けれど人を寄せ付けない壁のような笑顔。それは、中学生が浮かべるのには少し不相応だった。
――なんとなく、なんとなくだけど、気になる。咲綺は、放課後になると彼の跡を追いかけた。
そんな彼――化野九十九は、公園に入ると、そのまま真っ直ぐ、遊具で遊んだり、ベンチでくつろいだりすることなく、真っ直ぐ公園のトイレの中に入って行く。
ここは男女に別れているトイレでもないし、何より公園のトイレには臭く汚いイメージがある。
咲綺は、公園の入り口の茂みに隠れながら、彼が出てくるのを待っていた。
ところが、どうしたのだろうか。
十分経って、ちょっと遅いんじゃないと思った。
三十分経って、さすがに遅すぎるでしょなにやってんのあいつ。もう帰ろうかな、と思った。
そして、それでも粘って一時間後。
咲綺はとうとう痺れを切らして、公園の中に入るとそのままトイレに向かった。
そっと中を覗き込む。
「あれ、いない?」
こんな辺鄙なところにあるトイレが広いわけがない。入り口から中を見るだけで、すべてを見渡せるほど狭かった。
しかも、個室に続くトイレの扉は開いている。
咲綺はトイレから外に出る。
空はもう太陽が隠れてしまい、月が出てきている。夜だ。ほんと秋は、思ったよりも陽が沈むのが早い。
咲綺はトイレの周りを散策する。それから、もう一度トイレの中も。
窓の位置を確認するが、窓は少し高いところに、人の頭がすっぽり入るぐらいのサイズのものがあるだけだ。あそこからだと外に出ることはできないだろう。
「おかしい」
これは、おかしいと咲綺は悩む。
確かに化野九十九は、このトイレの中に入って行った。咲綺はずっと彼が出てくるのを公園の入り口から眺めていたし、一瞬も目を逸らさなかった。いくら彼が中学生らしからぬ雰囲気を醸し出しているからといっても、瞬きをする瞬間に出て行ったということもないだろう。そんな、さすがに人間離れした動作ができるとは考えられない。
咲綺には、化野九十九が同じ年の中学二年生だという先入観があった。
うーん、と悩むが、何も思いつかない。そもそも、咲綺は転校してきたばかりの化野九十九のことをまったく知らない。
とうとう考えるのが億劫になり、咲綺はもう帰ろうとした。気になることは明日、本人に直接訊けばいいだろう。
トイレに背を向けた時、ぞわり、と背筋が震えた。
悪寒に、咲綺は怯えて、そっと振り返る。
そこで、咲綺は見つけた。
「鏡が、光ってる?」
公園のトイレに備え付けられている、ひび割れの起きている鏡が、光を放っている。
そんな。鏡の中にライトが埋め込まれて光っているわけではないだろう。
咲綺は、怯えと、同時に湧き上がってくる日常離れをした光景に対する好奇心から、震える足を踏み出す。
確かに、鏡は光っている。
咲綺は、そっと手を、鏡に這わせた。
何かが出てきそうな光だ。たとえば、ゲームでなにかしらのモンスターが召喚されるような、いまにでも
うっとりと、ため息が咲綺の口から洩れる。
怯えながらも、内心ワクワクは抑えられなかった。
(なんだろう、これ。気になる)
咲綺はもっと鏡を確かめようとした。
手と共に顔を近づける。
それが、駄目だった。いや、この時の咲綺にとって、それは転機でもあった。
億劫な日常から抜け出す、非日常への扉。
この鏡は、世界の裏側へと繋がっている。
いっそう輝きを放った鏡は、次第にその光を弱めていく。
輝きのなくなった
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