5人の姉から三十になるまでセックスを禁止されているんだが

原子アトム

第1話姉から逃れられないんだが

十七歳になるまで女性と付き合った経験がない。

 

実に恥ずべき事態であると思う。

 

全く分からないのだ。女性とは一体どんな存在なのか、彼女たちはどういった男となら付き合ってもいいと考えているんだろうか?

 

僕自身は決してカッコいいとは言えない方だけれど、少なくとも清潔にはしているつもりだ……自由にできるお金はないけれど、彼女を後ろに乗せられるような自転車はあるし……勉強もできる方じゃないが今はそう悪くない高校に通うこともできている……変な趣味もない。まあこれは元々無趣味だということでもあるけれど……人付き合いだって悪くない。長い付き合いの友達だって多いのだ。

 

 

しかし彼女ができたことだけは一度もない。


 

どうしてこうなのだろうか?

 

こんな問題、仮に大宇宙の主が僕の代わりになってくれたところで、答えることなんてできやしないだろう。

 

が、僕自身がどれだけその事実を否定してみせたところで、決定的な「原因」は僕自身がはっきりと痛感している。

 

理由は実に簡単だ。それは僕の名前、李狂龍というこの名前である。

 

僕の父によれば父自身の名前である李小龍の強化バージョンという意味合いがあるらしいのだけれど、正直いって頭がどうかしているとしか思えない。

 

更にもう一つの原因こそは、僕の五人の姉の存在だった。

 

一体この二つの原因のうちどちらがより強い影響を及ぼしているのか、僕としてはそんな質問なんかするなと言いたいところだ。答えがどちらであるにせよ、僕にはそのどちらも受け入れることはできないからだ。

 

聞いたところによれば童貞は三十歳を過ぎると魔法が使えるようになるんだそうだ。だとすると僕はあと十三年でこの壮大な歴史的転変を迎えることになるんだろう。さらに聞いた話では童貞もそのまま百歳まで生きると玄武大帝となり、テレビでみんなから三度の拝を受けるようになるらしい。僕はそんな連中と一緒にはなりたくないのである。

 

「一体どうすりゃいいんだ?」僕は教室の机の上に額をくっつけていた。

 

前の席に座っていたクラスメートが眼鏡を粋に持ち上げ、知的な笑みを浮かべるといった。


「俺たちは競争関係にあるんだぞ。お前に何をしてやるにせよ、それは自分の首を締めることになるんだ、ふふ、俺がそんなアホだとでも? お前は俺の子分になる運命なんだよ」

 

「お前アホか? 自分自身が童貞なのにこの上童貞に指導を請うなんて、頭がどうかしたとでも思ってんのか?」


僕は机に突っ伏したままでそう答えた。


「僕たちは協力しないといけないんだよ、互いに足を引っ張り合うんじゃなくてさ、賭けを始めてから二か月になるけど、お前こそ何か進展あったのかよ?」

 

そう。実は僕とこのクラスメートとの間では、二か月前にある「賭け」が成立していたのだ。どちらかが先に彼女を手にすることができたなら、負けた一方は彼女なしで高校を卒業する、というものである。

 

きっと当日は酒を飲み過ぎてしまっていたに違いない……いやいや、悪い趣味なんかないって言ったばかりじゃないか? じゃ、きっと魔でも差したんだろう。

 

僕のライバルは実際のところ非常に恐ろしい相手だった。

 

彼の名前は王雲逸といって、ただでさえカッコいい、まるで武侠小説に登場する武将のような名前を持っているばかりか、周囲とは一線を画するような特殊な雰囲気の持ち主でもある。普段からおしゃべりを好まず、一人で読書をしているような奴で、女子を含む全ての人間に対しては淡々と、自分のフレームのない眼鏡を押し上げつつ、軽く簡単に話を済ませてしまうのである。

 

僕も良く理解しているところだが、女子受けがいいというのはこういう手合いのことを言うのだ。更に毎回の定期テストでは学年上位の常連であり「勉強ができる優等生」という覇気までまとっているというのも、僕を奴の子分という身分へと近づけている要因だった。

 

「進展はない」


そう答える雲逸の声音には、その経過を案じているような響きはなかった。


「今のところはまだ物色中だ。女性を求めるという以上、俺としては長期に渡って付き合える相手を見付けたいんだ。つまり……統計のための資料を収集している段階、ということかな」

 

「統計資料だと……」僕は視線を冷たくさせた。

 

「そうだ。データバンクからいくつか資料を見せてやってもいい。俺だってお前の足をわざと引っ張りたいわけじゃないからな」


雲逸はタブレットをさっと取り出してみせた。「見てみろ。これが俺たちレベルの男子生徒が手の出せる女子の項目だ」

 

「お前はほんとにデータ主義の極致だな、データ主義の豚野郎め、そこまで女性を物としか見ていないのか―!」


僕はその場で起き上がると、わざと大声を張り上げた。それは昼食をとっていた全ての女子生徒の耳に届くことになった。


「王雲逸、全ての女性に点数を付けるなんて、まさか女性を見下しているんじゃないだろうな?」

 

「じゃあいい。親切心で言ってやったのに、まさかお前が俺の名声を破壊しようとするなんて思わなかった」

 

雲逸も自分の名声が破壊されてしまうことをさほど気にしているわけでもなかった。ただタブレットを片付けてしまおうとするので、僕は一歩先に奴の手を掴んだ。

 

今は女性の人権を守っている場合じゃない、それに僕の今しがたの叫びは、昼休みの騒がしい時間帯の中ではそもそもなんの効果もないようだった。

 

「離してくれないか……」


雲逸は冷たい目で僕をみた。


 

「ちょっとぐらい見せてくれてもいいだろ」


僕は掴んでいた雲逸の手を離すと十本の指を合わせた。


「高校に上がってから十七回告白して十八回玉砕した僕にチャンスをくれ」

 

「なんで十七回の告白で十八回も失敗するんだ」

 

「うむ。実はその内の一回は誠に不注意なことに僕自身も既に告白していた相手だったことを忘れていたんだ。だからもう一回告白したことによって、その子からは『いや、私はあなたが嫌いなの』って二回も言われたことになる。一つ買えばもう一つおまけみたいに」

 

「お前って本当にかわいそうな奴だったんだな」

 

「それは分かってる。だから手を貸してくれって言ってるんだ」

 

「俺じゃお前の力にはなれないな。お前の助けになれるのはたぶん、お前のねえさんだけだろ」

 

「ねえさん? ウチのあの五人のねえさんたちのこと?」

 

雲逸は計り知れないところを知ったかのように頷くと、僕が驚愕の表情を浮かべているのも構わず、口を開いた…


「俺は一人っ子だから、男女関係について質問できる相手がいないけど、お前はとりわけ恵まれてるじゃないか。お前には五人のねえさんがいるだろ。その内の誰か適当に一人選べば、俺なんかよりずっと有用だって保証付きじゃないか」

 

「拒絶する。説明する気はないけど、どうせそれも無理だし」僕は両腕を交差させ、通行禁止のジェスチャをとった。

 

「分からないな。お前のねえさんはお前にひどく厳しいってのか?」雲逸はすらっと長い指で自分の髪を梳きながら、そんな疑問を口にした。

 

「僕にはすごく良くしてくれるんだよ……すごく良く……」

 

その瞬間の僕の表情はきっとクソを口に入れてしまった時とそう大差なかっただろうと思う。












「あぁ、お姉ちゃんホッとしたよ」












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