第10話戦の後

「何たる惨状だ・・・」

氏宗達の脱出と前後して小宮曲輪に達した景勝は目前に広がる阿鼻叫喚の地獄を目の当たりして驚愕した。

「止めい!止めい!」

景勝は大声を張り上げながら虐殺を行う兵を自ら制止するが、首級目当ての負傷者や婦女子に対する虐殺は止まらない。

「馬廻衆は兵共の蛮行を止めろ!従わない者は斬れ!鉄砲隊は何処にいる!」

「只今!」

馬廻衆の1人が鉄砲隊を呼びに行く。暫くすると15人の鉄砲隊を引き連れてきた。

「威嚇射撃をせよ!」

「はっ!」

鉄砲隊が空に向け威嚇射撃を行うと、驚いた兵達が虐殺の手を止めた。

「降った兵、無抵抗の負傷者、女子供に何をしているか!」

「戦の作法でござろう?」

昌幸の侍大将が不敵な面構えで景勝を睨みつけた。

「何だと!」

「これは我等の当然の権利でござる!」

「この外道!」

「ぐぇ・・・」

景勝は手にしていた槍の石突きで侍大将の頭を力任せに殴った。侍大将は失神してその場に倒れる。辺りは静まり返った。

「蛮行を働く者は斬る!用のない者は速やかにこの場から立ち去れ!」

「越後宰相殿!我が配下の者に何をなさる!」

「黙れ!蛮行を働く兵共を制止しない其方の首を刎ねてくれようか!命惜しくばさっさと兵をまとめ本陣に戻れ!」

「何ですと!越後宰相殿の指図など・・・うっ!」

50人以上の景勝の鉄砲隊が昌幸とその配下の将兵に照準を合わせ構えている。

「・・・越後宰相殿、この仕打ち、忘れませんからな!・・・兵を引け!」

「ふん・・・山城守はいるか!」

「ここに!」

「戦は終わった。敵味方の区別なく負傷者を手当せよ。女子供には飯と水を与えてやれ」

「御意!」

「常陸介(水原常陸介親憲)はいるか!」

「はっ!」

「城方が使用した鉄砲と焙烙玉を検めよ。何か細工があるはずだ」

「御意!」


「死体は全て真田殿の兵だ・・・」

景勝の侍大将が氏宗達が脱出した尾根筋を検分していた。

「今までの死者数は?」

「48です!」

「・・・1つ2つの首級欲しさに抜け駆けをして、何処の誰ともわからん落人を追って48も討死とは・・・馬鹿馬鹿しい。恥の上塗りだ・・・もう止めだ、引け!これで戦は終わりだ!」


「加賀宰相殿、検分の結果が出ました。松井田勢等の降兵を含めた御味方の死者は1894で負傷者は6517。敵の死者は1082で負傷者と投降者は3576。ただし、真田勢が負傷者や女子供の首狩りをしたので、戦闘における敵の死者は恐らく700程度かと。敵の死者の内、257が民百姓、158が女子供です・・・殿下の仰せのとおり今日中に城を手に入れたものの、敵の2倍近い損害を出してしまった・・・力攻めの結果とはいえ、割に合いません」

夕刻、敵味方の損害を確認し終えた景勝が本陣に戻り利家に報告する。

「左様か・・・陸奥守殿の本城を1日で落としたのだ。小田原城に籠る連中の士気を削ぐという意味では成功だが、戦としては完敗だな・・・」

「卓越した城の普請、圧倒的な火力、城兵の高い士気・・・十分な城兵を揃え、陸奥守殿が直接指揮されていたなら、どんなに犠牲を払っても落とすことはできなかったでしょう。しかも、民百姓が城兵と一丸となり、ここまで頑なに抵抗するとは・・・」

「そうだな・・・それにしても、如何様にすればこれほどまでに民心を掌握できるのか北条殿に学びたいものだな」

「そうですな・・・それと・・・このような物が見つかりました」

「これは・・・」

「この三連銃と早合が敵の火力の源です。早合は我等の物とは異なり、封を切らずそのまま装填することができ、装填時間を短縮することができます。今回敵が使用した焙烙玉も従来の物ではありません。使用した場所にかわらけが全く残っていないのです。しかし、敵が全て使い切ったために実態がわかりません」

「越後宰相殿、この三連銃と早合は早急に回収して全て破棄すべきですな。このような物が巷に溢れれば世が乱れる元になる。太平の世には不要な物だ。正体不明の焙烙玉はこれ以上の詮索は無用。ただの焙烙玉でよい・・・」

「承知しました。直ちに回収して破棄します」

「頼みましたぞ」


「越後宰相殿!これはどうしたことか!」

昌幸が血相を変えて本陣に入ってきた。

「何だ?安房守」

「越後宰相殿の兵が街を厳重に警護しているために戦利品が手に入らん!」

「略奪はこの景勝が許さん!」

「兵共が戦利品を獲るは戦の作法でござろう!」

「安房守!此度の戦は其方の様な木っ端大名同士の、略奪目当ての田舎喧嘩とはわけが違う!坂東240万石の太守、北条左京太夫殿を相手にした天下統一を目指す殿下の、天下人の戦ぞ!略奪などもっての外!」

「・・・景勝!」

昌幸が思わす太刀に手を掛けた。景勝の近習も太刀に手を掛けるとすぐさま景勝と昌幸の間に割って入った。

「ほう?この景勝と戦がしたいのか?」

「越後宰相殿!所詮木っ端の虚勢!無視されよ!」

「よかろう、受けて立とう!」

利家の制止にも関わらず、景勝は昌幸を睨みつつ勢いよく立ち上がった。

(首級欲しさに女子供を虐殺しただけでは飽き足らず民百姓の財まで掠めようし、それを咎められれば逆上するとは何たる恥晒し!しかし、このままでは・・・)

「父上!」

信繁が太刀に手を掛けながら景勝と昌幸の間に割って入った。

「ここは某にお任せを!」

「・・・任せた!」

信繁の転機で引き際を得た昌幸はその場を去ってしまう。昌幸が十分離れたことを確認すると、信繁は景勝の前で片膝を突く。

「此度の無礼、御許し下さい!」

「其方も苦労が絶えんな・・・もうよい」

「御免!」

信繁は本陣を去る。景勝は床几に腰かけるが、利家は苦々しい面持ちで景勝を質した。

「越後宰相殿、わしの頼みをお忘れか!」

「御言葉を返す様ですが、既に戦は終わっています」

「・・・」


「頼母!」

数馬が頼母の陣に駆けてきた。

「日が暮れた。もう追撃はないだろう」

「そうだな。これ以上迎撃せずに先を急ごうか」

「固まっていると危ない。やはり50間の距離を維持して2隊に分かれて進もう」

「よし、数馬、先に行ってくれ」

「わかった。殿は頼んだぞ、頼母!」

「まかせておけ!」

10人の戦士は夜の闇に姿を消した。

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