十八番煎じの勇者放浪譚 <死にスキル野郎の生き様を見よ>
高羽慧
第一章 勇者
001. 勇者と女神
「それで、なんで取り調べを受けてるんだ?」
広さはそこそこあるが、窓は無く、中央に大きなテーブルが一つ。
入口を背に、白く立派な
「取り調べではござらん。そんな
そうは言っても、入口には警備の兵が二人。どちらも槍を持ち、蒼一を逃がすものかと、こちらを
テーブルを挟み、蒼一と対峙するこの老人は、ライル・カースと言うらしい。
ヒゲ老人の話は、荒唐無稽が裸足で逃げ出す内容だった。
「この部屋は、勇者が現れる紋章が刻まれています」
確かに、部屋の床の隅に青い魔法陣が描かれている。
「紋章からは、勇者が現れます」
――ほう。
「あなたが、その勇者様です」
自分が若年性のボケなのか、この老人が真正なのかどっちなのだと、蒼一の目が険しく狭められた。
押し問答を続ける二人に、彼の横に座る人物が忠告する。
そう、同じ不幸を嘆く人物が、もう一人いた。
「諦めようよ。私はもうギブアップ。理解できる話になったら、起こしてください」
それだけ言うと、また彼女は頭を抱える。
「この部屋には、女神が現れる紋章が刻まれています」
蒼一は後ろに視線を送った。
「あー、もう分かるわ。そのピンクのやつだろ。青いのの隣」
「さすがは勇者様。御理解が早い」
チラチラとテーブルの上を気にしながら、彼は話を進めることにした。
「まあいい。その勇者は、何のために現れるんだ?」
ライルが大袈裟に驚いたフリをする。
「それをこの老体から話せと!?」
「他に誰が話すんだ。ヒゲ全部抜かれたくなかったら、早く話せ」
今度は悲しげな表情で、ライルが
「勇者の使命は、勇者様のみが知ること。私がどうして知り得ましょうか……」
蒼一は、ジジイの髭で何本の筆が作れるか算段を始める。
「呼ばれ出た勇者様たちは、皆、目的を持って城を出られました。女神様が、その行く先をお示しになられるでしょう」
「だ、そうだぞ?」
「私が知ってるわけないよう。あなたと一緒だもん。晩御飯作ってたら、いきなりここなんですよ」
お手上げのポーズを取った彼女は、同じ日本人のようだ。持っていた和包丁が、机に転がっている。
他にテーブルに有るのは、他に巻物らしきものと、無地の表紙の本だけだ。
「オホンッ、女神様にはお渡しする物があります」
ライルはその巻物のような紙を、仰々しく差し出した。
「これは神託の書。女神様だけが読める、神のお言葉です」
彼女がそれを受け取り、クルクルと巻きを解いた。広げられた紙は、蒼一には白紙に見える。
「……何か書いてあるか?」
「うん。びっしりと」
幸い、これについては老人が説明してくれた。
「そちらには、勇者の目的が記してあると伝えられております」
「何だかいっぱい書いてあるけど?」
「それは、私も女神様たちから聞いた話ですが……。なんでも、勇者様に授ける能力が選べるとか。それが女神様のお力なのです」
力と聞いて、蒼一も興味が沸く。
「それは凄いな。いくつでも貰えるのか?」
「勇者は百の異能を持って、悪を討ち滅ぼす。伝説の基本ですな」
イラッと来た蒼一が、思わずライルの顎目掛けて手を伸ばしかける。彼女の質問が無ければ、筆二本分はいっていた。
「さっきから聞いてるとさ。勇者も女神も、いっぱいいたってことなの?」
「さようです。竜の勇者様と永遠の女神様は、何度もこの国を助けてくださってます。一人目の勇者様は、悪辣な魔物にやられ、命を落とされましたが……」
ライルが目を伏せる。
「物騒だな、おい。二人目は?」
「はい、お二人目は魔王の手にかかり、目的半ばで――」
「ははーん。その魔王を倒せと言うわけだな?」
老人は頭を上げ、明るく顔を輝かせた。
「いえいえ! 魔王は三人目の勇者様が、見事討ち果たされたのです。伝説のきほ……痛っ、痛いですぞ!」
ライルの髭を引っ張り、蒼一は顔を近づける。
「おい、俺は何人目だ?」
「じゅ、十八番目でごさいます!」
「なんだそれは」
ドサッと椅子に座り直し、天を仰いだ不運な日本人一号に替わり、二号が口を開いた。
「……女神も十八人目?」
「そうでございます。初代は時の女神と呼ばれ、時間を巻き戻す異能もお持ちでした」
「一応聞きます。他にどんな女神がいたの?」
「三代目は氷の女神。絶対零度とかいう力をお持ちでしたな。七代目の癒しの女神も素晴らしかった。どんな傷も瞬く間に……」
彼女の眉間に、深い皺が寄る。
「その何とかの女神っていうの、もしかして、この表紙に書いてあるやつかな」
ブラブラと巻物をつまんで持ち上げる彼女に、蒼一が尋ねた。
「なんの女神なんだ?」
「雪の女神」
「お、いいじゃん。ブリザードとか使えるのか?」
彼女は首を横に振る。
「違うと思う。名前ですね、きっと」
「名前?」
「
雪がヤケクソ気味に微笑んだ。
――本名かよっ! 雪の女神じゃなくて、女神の雪じゃねえか。
心でツッコミを終えると、彼は真面目な顔で、最も大事な質問をする。
「それ、目的も書いてあるんだろ、何だって?」
雪は巻物を開き直し、最初の部分をトントンと指で叩く。
「これ」
「俺には見えん。読んでくれ」
息を深く吸った彼女は、キッパリと宣告した。
「『帰れ』」
「バカか、ホントに帰りたいわっ!」
この国の神官長らしいライルが、話を締めにかかる。
「王国としても、援助はいたします。旅の資金と、装備をお渡ししましょう」
「ちょっと待て、なんで旅に出る前提なんだ?」
「八番目以降の勇者様は、皆さん大賢者様の元に赴かれております。きっと貴方様の助けになるかと」
それが既定路線なのだ。
帰るにしろ、何にしろ、何かヒントが欲しい。大賢者は、色々と知っているだろう。
考え込み出した蒼一に、ライルが王国の地図を見せる。
「王都の境を出てナグサの森を抜けると、カナン山が見えます。その山頂近くに、賢者様はおられるでしょう」
「遠いな。ちゃんと引っ越すように言っとけよ」
「この地図も差し上げます。他に御必要な物は?」
勇者の不平をスルーし、ライルは他の要望を聞こうと構える。
蒼一には、気になることが残っていた。
「あんたらの国でも、もちろん食事はする訳だよな?」
「当然でごさいますな」
「何を使う?」
意味を理解しそこね、神官長が首を傾げる。
「あるだろ、スプーンとか、フォークとか」
「おお、食事方法でごさいますか。我が国では、二股フォークと、四股フォークというのがございまして……」
「何でもいいから、それを持って来い。麺が伸びたじゃねーか、馬鹿野郎……」
机の即席坦々麺は、どう考えても五分以上経っている。
「フォークは二つお願いします。半分もらえれば協力しますから」
雪もこの坦々麺を、最初から狙っていた。
フォークを待つ間、二人は天井を見上げて会話を続ける。
「……行くしかねーよな?」
「そうみたい。この部屋から、さっさと出たいです」
「ヒゲ、胡散臭いしな」
伸びていても、坦々麺は美味かった。
支度金と装備を手に入れると、二人は挨拶もそこそこに城を出る。
十八回目ともなると、王国も手際がいい。テーブルに置いてあった本は、勇者のためのマニュアルだった。
外は夜かと思いきや、まだ午前中らしい。
城の前に並ぶ歴代勇者の石像が、蒼一たちの旅立ちを見送る中、彼らはマニュアルを片手に、ナグサの森を目指したのだった。
◇
「とりあえず、その勇者の能力ってのを手に入れとこう」
「うーん、これ……選択制みたいですよ」
「自分で選ぶのか?」
巻物の記載の大半は、この能力一覧で埋まっていた。
蒼一は勇者マニュアルをパラパラとめくる。
第二章、勇者の能力。
「……あった。能力は女神が選び、勇者に与えます。小さく消えそうな文字は、既に選ばれた力です。大きく記載された物に、女神が力を注いでください」
二人には、嫌な予感しかしない。
雪が目を凝らして、リストを追っている。
「なんでかスラスラ読めるけど、効果がイマイチ分からない……」
「ファイアーとか火炎とか無いのか。いきなり魔物が出たら洒落にならん」
「火炎、火炎壁、火炎弾、極大火炎……」
「火炎弾だ。使いやすそう」
雪が溜め息をつく。
「今のは全部売り切れです」
そう来るか。このリスト、歴代の十八人で共有してるとは。
「あとは……雷、氷、水、風なんてのは?」
彼の出す単語に、雪は一々首を振って否定する。
「全て灰色になって、消えかかってます」
「じゃあ、何ならあるんだよ? 試しに読み上げてくれ」
雪が巻物を半分以上先送りし、読めるリストを声に出す。
「跳ねる、見極める、
「やる気無さ過ぎだろ。攻撃っぽいのは?」
彼女の目が巻物をさ迷う。
しばらくして、いくつか候補を挙げた。
「
「急に分かりづらくなったな。月影ってなんだろう?」
「剣術のところに載ってます。地走りがいいんじゃないかな? 地属性っぽい」
地震とかの仲間であろうか。城でロングソードは貰っているので、月影も使えそうだ。
勇者なのだから、聖なる剣でもあるのかと思ったら、ヒゲが用意したのは飾りだけが立派な普通の剣だった。
今頃、城の職人が、蒼一に渡された素材で新しく筆を作っているだろう。
「地走りと月影をくれ。百も取れるんだ、最初は遠慮しなくていい」
「オーケーです」
彼女が文字を押さえると、巻物から青い光が溢れる。能力の取得作業は、簡単にできるようだ。
「どうだ、変化はあるか?」
「字の色が変わりましたよ。もうちょっと取っときます?」
「ああ、回復系を頼む」
これも遠征には大事だ。だが、そういう能力は、誰しもが真っ先に求める。
「回復、大回復、回復の光、蘇生……」
「分かってる。売り切れだろ。何でもいいから、回復コーナーには他にどんなのがある?」
まともな回復魔法は残ってないだろうさ。五番目くらいで切れてておかしくない。
「……回復歩行、毒反転、回復弾」
とても回復用とは思えないスキル名が続く中、まともに使えそうなものは数種類だけだった。
「回復歩行だ」
歩いて回復、これは分かる。怪我したら歩けばいいんだ。
歩きながら能力確保に勤しむ二人を、街の人々がにこやかに見送る。どうも勇者というのは、一目で分かるものらしい。
食料を手渡そうとする婦人までいて、勇者と女神の人気が窺えた。これはこのロクでもない冒険の、唯一救われる要素だった。
地図に記載されている通り、城下町の端に馬車の乗り合い所がある。そこから王都外れの街までは、馬で半日だ。
二人は馬車内を読書で過ごす。蒼一はマニュアルを、雪は巻物を。どちらも降りる時には、目をしばたかせていた。
「勇者に関しては理解した。七番目の奴の話は、なかなか読ませる」
「能力一覧より面白そう。女神の話は、こっちに書いてありました」
「オススメは?」
「六番目がヤンデレで凄まじい」
なにか一夜漬けで試験勉強した気分だと、二人は深く息を吐き出す。
理不尽な頭脳労働で偏頭痛が起きそうだが、やるべきことは見えてきた。
「帰ろう」
「うん」
同じ境遇が、彼らの絆を強くする。
目的は馬車の中で定まった。
「まずは大賢者を」
「ええ」
「一発殴りに行こう」
「二発です」
王国の空は、腹立たしいほど無駄に青かった。
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