第42話 障壁と覚醒の兆し


「【其方の命に従いて、汝らの願いに従いて、我は今、扉を閉ざす。扉となるは極大の盾。大いなる盾よ、清光を放ち、逆賊の障壁となれ】」


 空に形成され始める魔法陣の形。純白の煌めきが円を描き、それらが三つで交わって、三角のような形を創り出す。それらの塊が空に幾つも表出し、回転しながら、その輝きを増していく。


 ほぼ同時刻、ヤコブは再びの魔法を紡いでいた。


「【唸レ、大気ヨ。揺レ動キ、塵トナレ、大地ヨ。我ガ望ムハ天ヨリノ使者。大イナル災禍。ソレラ無数ノ災イヨ、降リ注ギテ、始マリニ帰サントセヨ。汝ガ与エシハ鳴リ渡ル慟哭どうこく。ソシテ、虚無ナリ。サア、今コノ時、天ヨリノ審判ヲ。獅子ノ怒リヲ。星ノ導キヲ。占星者タル我ガ手ニ与エ給エ。全テヲ飲ミ込ム暴虐ヨ、裁キノ終止符ヲ与エ給エ】」


 アルカナが展開した魔法陣のさらに上、絶望を呼ぶ黒き輝きが無数に瞬く。怯える人々が見上げるそれから、くろがねは振り落とされる。


「【ルーフェン・スターゲイザー】」


 抗しようのない弾雨。それらは赤く輝きを放ち、再び大地に大穴を開ける。だが、それに抗うのが、もう一つの魔法陣。


「【民を、我らを囲え、主の光よ。聖なる輝きよ、渦を巻きて、我らの大地を隔絶せよ】」


 黒き閃光を放つ魔法陣を見据え、目を見開いたアルカナは、『呪文スペル』の名を叫ぶ。


「【グランデ・トア・イージス】」


 ヤコブの魔法とは裏腹の猛烈な白光。三角に象った魔法陣が回転し、光が増していく。白光は街全体を白ませ、降り注ぐ弾雨を正面から受け止める。

 ぶつかり合う閃光は轟音を鳴り渡らせ、衝撃が駆け抜ける。


「……なんて、衝撃。この盾を、ここまで追い詰めるなんて……。けど、負けない。私はこの国の王なのだから……」


 街全体を囲む巨大な光の盾に、無数の弾丸が何度もダメージを与える。それに伴い、精霊のエネルギーが、魔力受容体レセプタに逆流するような感覚に、アルカナは顔をしかめた。けれど、光は消えない。全てを受け止める。全てを囲い、全てを守り切る。強靭な精神力で、耐え続ける。


 ヤコブはそのおどろおどろしい瞳で、すがめてその光景を眺めた。空からの暴力を、光がギリギリの距離で受け止めて、着弾していない事実を。自らの魔法が、他者の作った魔法によって、相殺されている様を。


「コノ国ノ王ノ仕業カ。クダラヌコトヲ、シテクレルナ」


 ヤコブは、血が出るほどに唇を噛む。オラクルの流れを見据え、一度、地団太を踏んだ。


 サン・カレッドの国旗に描かれているのは巨大な盾。それが、描かれる所以が、アルカナ達王族のこの魔法によるものである。天使に愛されたようなその白い煌めきによって、一切の攻撃を受け付けない、絶対的な国防力。国としての象徴と言えるそれは、大国間でもよく知られたアルカナの奥義であった。


「……流石、女王様だ。マスターに引けを取らないほどのエネルギーの胎動を感じるよ」


 ピッドは姿を現して、そう言う。精霊であるからこそ、説得力は折り紙付きだ。


「けど、まだ足りない」


 メルクは嘆息をつき、そう答えた。それは、ピッドも同感のようであって、小さく頷く。


「……お母様の盾ではまだ足りないというのですか?」


 傍らで二人の会話を聞いていたクレアはそう問いかける。


「……いや、守りの面ではいい。問題は今のままじゃ、どうやっても被害者が出ることだ。というか、もう出ているかもしれない」


 空から降る隕石のような塊が直接死人を出していく、それだけというわけではもちろんない。落ちたところから、瓦礫が発生、崩れ去り、それに埋もれる者や二次的に発生した火災に身を焼かれて人は死傷していく。事態は一刻を争い、猶予など全くなかった。


「……人々の傷を癒さなくてはいけないということですね。……それならば王城の人間が」

「足りないに決まっているだろうが。それくらい、わかっているだろう?」


 メルクは鋭い眼差しでそう言う。


 フロンティアにおいて、人に傷を癒す、回復させるという魔法の意味は途轍とてつもなく重い。自然の摂理の範疇はんちゅうで起こる魔法の事象に、そういった類のものは範囲外と認識される。なぜならば、傷を癒すということは、傷が起こる前の状態に時間を戻す、もしくは傷が塞がるずっと先の時間まで時間を進める、その二つとして捉えられる。つまり、時間の操作が必要になり、自然の摂理に反する行為なのだ。


 それ故に、回復させる魔法は魔法書グリモアの中でもごく僅かにしか記されておらず、使える人も限られている。そんな制限の中で、大国全員をカバーしきるなど、端から無理な話なのだ。


「……今の状況下では俺もアナも動けない。可能性があるのは、クレアお前しかいないんだよ」


 思わぬ言葉にクレアは目を丸くする。よりにもよって、魔法を使えない自分自身にと。


「……何を言っておられるのですか。わたくしには魔法が使えないのですよ。わたくしには、どうすることもできません」


 クレアは反論する。敵がゆっくりと迫って来ているのに、そんな冗談を言う余裕などないと。

けれど、メルクの眼差しは大丈夫だと訴えるように。


「……クレア、お前はどうしたい?」

「……それは、どういう?」

「今、お前は魔法を使いたいだけなのか? 違うだろう? お前は王女として、そしてクレア個人の心持ちとして、民を、国を救いたいとそう願っているんだろう? ならば、それを尊重しろ。我儘わがままになれ。お前が望む最高の理想を、最善の解決法アリアドネのいとを願ってみろ。俺が保証してやるから」


 メルクには何か確信があるように、熱くそう言った。


「……民を救う。わたくしにそんなことが……」


 クレアはまだ疑心暗鬼になっている。だが、そんなクレアの肩を叩き。


「信じろ、自分を。信じろ、母親を。信じろ、血筋を。信じろ、俺を」


 強く、熱い言の葉。魔法にかけられたように、クレアの心の疑いは晴れた。


「……わかりました。やれるだけ、やってみます」


 クレアは頷いた。メルクはもう一度、肩を叩き、全てを託した。


「……クレア、ボクからのアドバイスだ。正直、魔法書グリモアにある魔法じゃ、どうにもならない。回復して、怪我をして、のいたちごっこだ。……だから、君が望む理想を『詠唱アリア』と『呪文スペル』に乗せて、新たに創り出せ。きっと、ボクの仲間が応えてくれるから」


 精霊然としたピッドの微笑み。メルクの思いとピッドのアドバイスを受け、クレアは手を合わせ、願いを言葉に乗せる。


「ナンダ。コノ不思議ナ感覚ハ?」


 ヤコブは感じていた。魔獣マギカの部分が疼くようなそんな感覚を。それは、精霊のエネルギーを常に享受している魔獣マギカだからこそ、感じ取ることのできる精霊が動く感覚。精霊のエネルギーが向かう先は敬愛する自分ではなくて、目の先に映る大国の王女だった。


(クレア、お前ならきっとできる。魔法が使えない、それはきっと意味があった。血筋的に魔法が使えないなんてことは考えにくい。ならば、魔法が使えない何かしらの理由があったはず。もしも、それがこの時のための布石だったとしたら、俺の考え通りしたら、クレアは誰にも為せないこと、成し遂げることだって)


 メルクが思うのはただの理想で希望だ。けど、そこには確信がある。未来へと繋がるビジョンがあった。そして、クレアは唄った。

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