第40話 禁忌3 災厄と崩壊


 ヤコブは三人と一定の距離を保ったままただの一度小さく片腕を振るう。変化した片腕は虚空を掴み、何事もないように時は過ぎる。……が、数秒後、凄まじい衝撃波がサン・カレッドを駆け抜けた。


 ただの挙動、ただの腕の動き、そのはずであるのに、鋭い爪は大気を歪め、空気の流れを変えて、鎌鼬かまいたちとなって、サン・カレッドの街を切り裂き、穿った。

 門を支える石造りの壁には鋭い爪の跡のような傷が走り、貫通し、さらにその先にあるサン・カレッドの家や建物が無惨にも崩落した。


「見事ダ。コノ上ナク、力ガたぎル。主ニナッタヨウナ素晴ラシイ高揚感。私ヲ止メルコトハモウデキナイ」


 振るった本人すら驚愕するその力を、身をもって思い知ったメルク達は、ふらついて、倒れ込んだ身を自力で起こす。


「……半端ない。これは……全くもって、勝ち筋が見えてこないな」


 あまりにも暴虐なるエネルギー。災害を想起させるヤコブにメルクは嘆息した。


「お兄様にここまで言わせるなんて、なんて非情なる男なんでしょう」


 メルクを擁護するアナも、内心勝つ見込みなど毛頭なかった。しかし、負ける気もそうそうなかった。サン・カレッドを救いたい気持ち——それは、アナには少し欠如しているけれど、同じフロンティアに生きるこの国に助けをあげたい気持ちは多少あった。そして、それ以上に兄を恐れさせるあれを、許すわけにはいかなかった。

 胸を張って、誇れる兄を、とても優しく誰よりも強い力と心を持つお兄ちゃんを、これ以上疲れさせないために、悲しませないために、家族として、妹として激高していた。


「……お兄様、奴の動きをもう一度止めます。お兄様も戦闘準備を」


 兄に、決着の全てを託し、アナは再度『詠唱アリア』に入る。


「【侵略者よ、その鎖に足を止めろ。主の編む空論の撚糸ねんしに跪け——】」


詠唱アリア』を通して、半魔人マグ化したヤコブを白き無数の魔法陣が包み始める。その瞬間、即座に反応したヤコブは身長と同じほどの大杖を地面に叩きつけた。


 ドドッ、ドドッ、ドドドォォォォォォォォォォ~~~~~~~~~~~~!


 けたたましい轟音が響き渡り、大地が大きく振動する。杖がぶつかったところを中心にサン・カレッド全域を含んだ広範囲にわたって、地震が発生する。そして、杖が触れたところからサン・カレッドの方向へ直線状に地割れも発生した。


「……うわぁ! ……途切れてしまった……」


 平衡感覚を失わすほどの大いなる揺れ。思わず、途切れてしまった『詠唱アリア』に、ヤコブを取り囲むオラクルの光は消える。


 そして、それ以上にサン・カレッドの建物と人々が問題であった。

 猛烈な激震に、建物は崩落し、ひびが入り、中心部に逃げ込んだ人々にも届いた揺れに混乱が走った。安全と聞いて、逃げ込んだはずなのに、恐怖心を植え付ける揺れが、巻き起こる。恐怖により錯乱するに至ることは不可避であった。


「私ハ、足ヲ止メル訳ニハイカナイカラナ。抵抗サセテモラッタ」


 ヤコブは小さく呟く。抵抗というにはあまりにひどい災厄。既に壊滅的な被害を受けたこの街に、ヤコブが容赦することは断じてなかった。


「一々、動クノモ面倒ダ。コレデ、しまイニシテヤロウ。主ノ鉄槌ヲ食ラウガイイ!」


 黒雲より雷が走り、ヤコブの近くに降り注いだ。そして、ヤコブは天に手を挙げて、大いなる災厄をもたらす詠唱うたを唱える。


「【唸レ、大気ヨ。揺レ動キ、塵トナレ、大地ヨ。我ガ望ムハ天ヨリノ使者。大イナル災禍。ソレラ無数ノ災イヨ、降リ注ギテ、始マリニ帰サントセヨ。汝ガ与エシハ鳴リ渡ル慟哭どうこく。ソシテ、虚無ナリ】」


 超高速で紡ぎあげられていく『詠唱アリア』。黒雲に紛れ、サン・カレッドの街を全て囲うほどの、おびただしい数の魔法陣が空に形成されていく。黒い輝きをしたそれは、オラクルが奔流しており、各魔法陣が渦を巻いている。怪しく、恐ろしく光る空を、サン・カレッド住人達は訝しみ、心配そうに見上げていた。


「【サア、今コノ時、天ヨリノ審判ヲ。獅子ノ怒リヲ。星ノ導キヲ。占星者せんせいしゃタル我ガ手ニ与エ給エ。全テヲ飲ミ込ム暴虐ヨ、裁キノ終止符ヲ与エ給エ】」


 完成した『詠唱アリア』。オラクルの文字の怪しい煌めきが、魔法陣の空を疾く渡る。その様子を眺めるメルクは即座にその場の全員に伏せるよう指示を出した。


「【ルーフェン・スターゲイザー】」


 大閃光。怪しき光は、無数の鉄を遥かなる空から呼び寄せて、大気の摩擦に色を赤く染めたそれらくろがねの弾雨は、火球に姿を変えて、容赦なくサン・カレッド全域に降り注いだ。


「……隕石だ。隕石が降って来たぞ~~~~!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「……死にたくねぇ。そこ、どけよ!」

「皆同じだ。お前こそ、道を譲れ」


 予想に違わず、人々は大混乱に至った。逃げ場のない、流星群。どこにもない逃げ場所を探し、人々は争い、叫び、怒り、地に伏せる。醜いままに人間の弱さを曝け出す住人の声音を聞いたヤコブは冷たく嗤う。


「……愚カダ。敬信ヲ忘レ己ノ利バカリ追及スル。貴様ラニハ、アノ世ガ似合イダ」


 降り注ぐ火球の弾雨。人間も、建物も、何もかも圧倒的な暴力に蹂躙される。逃げ惑う人々の絶叫と悲鳴。そして、その人々には石造りの建造物がただの瓦礫になって襲い来る。取り返しのつかない絶望。抗いようのない災厄。その中を人々は逃げ惑う。

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