第22話 始まりの魔法技師《マジックメイカー》1


 ——七年前。当時、メルク十歳。アナ八歳。グラン・テッラ帝国内。


 フロンティア中心、聖域より約250マイル東にあるグラン・テッラ帝国は四国の中でも最大の広さと軍事力を誇る文字通りの帝国だ。とはいえ、四国間は互いに協定で不可侵が決められているため戦争が起こるわけでもないため、とても安全で平和な国である。


「……くがっ。う~ん、はぁー」


 朝の日差しが俺を叩く。カーテンが全開になっているのだろう。


「……起きなさい。メルク。あなたもそろそろ自分で起きるようにしなさいよ」


 母親の声と手が、眠気が残る俺を呼ぶ。……仕方がない。怒られるのは面倒だ。

 重たいまぶたを擦りながら、目を開くと、朝から豪華な王族由来の衣装を身に着ける母親の姿がうかがえる。燃えるような赤とは少し違う淡い口紅のような色をした髪を肩まで伸ばし、少し巻き髪になっている。


 そんな彼女が俺の頬に軽くキスをする。チュパッと、唇が頬に触れる音。


「……うわぁっ! 何するんだ、母さん!」


 思わず手で振り払う。何を考えているんだ、この親は?


「……あら、愛しき我が息子に少し破廉恥な愛情表現を、したまでじゃない。何か都合の悪いことでもあった?」

「そらそうだろ! 朝から母親にキスされるなんて、思春期の息子には辛いものがある」


 反論するが、母親は「ふふふっ」と軽く笑って、返答した。


「……そうかしら。お母さん、それなりに綺麗だと思っているのだけれど……。世間のウケもいいし。そう考えれば、とても幸せなことだとは思わないかしら?」


 微笑を浮かべる母は確かに一見いっけん美しい。スラリと伸びた手足や鼻筋。はっきりとくびれたお腹と膨らんだ胸元。皇帝の妻とはよく言ったものだと、お似合いな立ち居振る舞いと美貌。確かに綺麗だとは言えるけれど、そういうことではない。母にこうされるのは恥ずかしいというかウザったい。幼いながらにそういう感情が芽生えてしまう。


「……はいはい、綺麗ですから。もう、これからはやめてくれよ」


 あまり長くなると後が大変になるので、軽く受け流して、体をグーっと伸ばす。


「……あらあら、かわいくない子ね。けれど、そこがいいのだけどね」


 可愛いものを見るように笑う母親はゆっくりと部屋を出ていく。毎日の日常だから仕方ない。

 俺の母親、セリア・ロッド・テイルズは父親である現皇帝にその美貌と力を見込まれ、結婚を要求、そしてなるようにしてなって、俺や妹のアナが生まれた。


「お兄様~。早く、朝食を食べましょう」


 部屋に飛び込んできた我が妹、アナ。アナは俺にしがみついて、寝間着姿の俺を朝食の部屋へと誘導しようとしている。


「……アナ、朝から随分と騒がしいな。……わかったから、少し待っとけ」


 俺は重たい足を引きずり、アナに連れられて、部屋を出る。


「「「おはようございます。メルク様、アナ様。皇帝陛下と皇后陛下がお待ちです」」」


 職人が持ち前の技術で編みこんだ絨毯を敷いたやけに広い廊下の上に、やけに多い使用人が並んで、口の端を揃えて、俺達に言い聞かす。


「……わかっている。早く行くから」


 既に寝間着から着替えているアナは別として、実の息子とはいえ、皇帝皇后両陛下のいる前で、このようなみっともない姿で同席に並ぶわけにはいかない。それは、家族としてではなく、国の威信としてのことである。俺としては、面倒くさいことこの上ないのだが。


 俺のかたわらを行く、使用人、執事、メイド達が、歩きながら俺を見事にメイクアップされる。人に着替えを手伝ってもらうというのは、年齢的に恥ずかしくてならないのだけれど、これもいつものことなので仕方がない。


 きちっとした王族由来の衣装に身をくるんだ俺は、妹共に、大きな扉の前に歩き行く。そして、扉の傍らで待ち構えていた使用人が重厚な扉をゆっくりと開く。

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