第20話 アナの画策


 ——翌日。サン・カレッド王国、メインストリート。


 昼が過ぎ、太陽が傾き始めた頃に俺はアナと一緒に店を開く。ピッドに頼み、保管庫から出してきた商品を石畳の地面に敷いた布の上に並べていく。


 かたわらで俺の様子を見守るアナは珍しいものを見るような眼で俺を見つめる。見ている余裕があるのなら、手伝ってもらいたいのだが。

 結局、自分で全て並べ置いて、いつものように営業を開始する。俺は商品を並べた布の一部に座り、アナは商品が見えるよう位置を考えて立っている。


 王女様の教育係ということで、それなりの謝礼金を頂いたから、今の間は売れなくとも痛くもかゆくもないのだが、事態は予想と反対を示した。


 いつもは、人通りは多くとも、俺の商品を見るだけ見ては、何も買わずにどこかへ去ってしまうのがオチなのだが、今日は何やら様子が違う。


 まず、店の物に興味を示す数がいつもの三倍くらいに多い。そして、その内の半数の人は何かしらマジックアイテムを購入していってくれる。明らかにおかしい。


「……ありがとうございました。また、是非買いに来てくださいね」


 俺の近くで接客をするアナが丁寧に挨拶をし、接客をする。マジックアイテムの説明は少しばかりしていたが、初めて知ったとは思えない見事な説明で、客を効率的に回す。俺の説明など、必要ないというばかりに会計だけを押し付けられて、儲けが上がっているとはいえ、少し寂しい気もする。


 と、商品がそろそろ減ってきた頃に、なぜ売れているのか、俺なりの答えが見つかった。


 原因はこのアナだろう。妹は少し俺に対して変わった態度はとっているが、俺以外と接している時は丁寧で、落ち着いている。服装も少し、子供っぽいところを甘い目で見てしまえば、顔立ちと相まって、かなり可愛らしい。


 世の中には看板娘という言葉があるように、商品に花を添える紅一点が一人いるだけで、売り上げの流れは大きく変わるというものだ。つまり、店には俺がいなくても、アナがいれば成り立つわけであって、そう気づいたときにはマジックアイテムは完売寸前だった。


「……お兄様、よく売れますね。やはり、お兄様の品物の価値を理解しているこの国の人間は頭が少しはよろしいことを私、感じることができました」


 相変わらず、そこかで摂取した毒は抜けていないらしい。凄まじい言い様だ。


「……残念ながら、九分九厘お前の働きだ。今日だけで、俺の作った商品はほぼ完売した。いつも一日一つ売れるか否かって境界線を彷徨さまよっているのに、お前が接客を始めた途端、俺の商品がこうも売れた。つまり、俺の商品に興味があったんじゃなくて、アナの容姿に惹かれていたんだよ」


 あまりにも俺の話が荒唐無稽らしく、アナは数秒の間、固まった。


「……訂正します、お兄様」

「……おっ、おう」


 アナの表情は眉間にしわが寄り、大いに曇る。


「……この国の人々は途轍もない愚民のようですね。お兄様の怜悧れいりな思想が詰まった魔法具マジックアイテムをただの道具といやしく見るどころか、私を見たいという下心で行動している。……滅んでしまえばいいのに」


 兄としては娘に愛されているのかもしれないけれど、いくら何でも言い過ぎだ。


「……まぁまぁ。俺としては、この先もこの金で生きていけるんだから、それだけで満足だよ。ありがとうな、アナ」

「……本当ですかっ! そうであるなら、私はよしとしましょう」


 少し頬を髪と同じ色に染めて、微笑を浮かべて、そう答えた。


「……これだけ売れれば、御の字だ。今日はもう店じまいにしようか?」

「そうですね。ホテルへ戻りましょう」


 品薄状態の布の上をざっと片付けて、帰り支度をする。もちろん、野宿ではなく、あのホテル泊まりだ。


「……にしてもマスター、この妹ちゃん、本当にできるんだね~。マスターの血筋を継いでいるから、納得はできるけど、よく出来た妹ちゃんだ~」


 脳内会話でピッドの声が俺の頭に響く。


「俺のって言うより、バカ親父と母さんの血を引いているんだがなぁ。俺の親のしつけのおかげで、こんなによく出来た妹が育てられたんだよ」

「へぇ~。マスターの過去の話はあまり知らないけど、そのバカ親父さんと母さんさんが、今のマスターの礎となっているんだねぇ~」

「そこ訂正。今の俺を作っているのはほぼ母さんだ。俺は親父を認めていない」


 ピッドとの会話のせいでアナとの交流が少しばかりおろそかになっていた。


「お兄様、聞こえていますか? もう、着いていますよ」


 唐突にアナの声が耳に響く。驚いた俺にアナは怪訝な表情を浮かべる。


「……あぁ。すまん、気づかなかった」

「……お兄様、私以外の誰かとおしゃべりになっていませんでしたか?」


 アナは目をすがめて、疑った様子で問いかける。


「…………部屋に戻ろう」


 俺とピッドの背筋が凍りそうになるのを必死に堪えながら、部屋へと戻った。

 ツインベッドのその部屋に入り、俺は今日二度目のベッドに飛び込む。やはり、ふかふかしたこの場所は気持ちがいい。


「アナ、ここは飯が出ないらしい。何か、食べに行くか?」


 寝そべりながら、隣のベッドにちょこんと座るアナに問いかける。すると、アナは微笑みを浮かべて。


「いえ、私が何か買ってきましょう。あまり外で豪遊すると、手にしたお金がすぐに消えてしまいますので」


 と、言った。俺は仰向けの状態でふと天井を眺めながら、思案する。


「……たまには外食もいいと思ったんだが、それもそうだな。俺だと金遣いが荒そうだし、アナに任せるよ」

「そうですか。では、先ほどの通り、私が何かを見繕って来ましょう」

「一応伝えておくが、夜道には気をつけて、な。まだ、若い女の子なんだから」


 妹ということもあって心配はしているつもりだが、アナの魔法発動技術はそれなりに高い。暴漢に襲われたとしても、返り討ちできるだろう。


「……はい、心得ております。お兄様はお疲れでしょうから、少しお休みください」

「……まぁ、朝のうちに寝たから、そこまで眠くはないんだが、本でも読んで待っているよ」


 俺の言葉にアナは小さく頷いて、手を振り、部屋を出ていった。

 俺は本を読む前に、少しベッドで休むことにした。眠るつもりはあまりなかったが、ベッドの上にいるだけで、それなりに瞼が重くなってしまう。


 と、唐突に俺の瞼に暗い光が明滅する。


「なんだっ!」


 突然のことに思わず声を上げるが、瞼は全く開かない。


「【レポーズ・ヒュプノス】」


 紡がれる深い眠りへ誘う『呪文スペル』。催眠魔法の黒い光が容赦なく、俺を包む。


「申し訳ありません、お兄様。今日一日は何もなしで我慢していてください」


 遠くなりそうな意識の彼方にアナの声が響く。


「では、お休みなさい。お兄様」

「……アナ……何を……」


 抗いようのない睡魔に俺は侵食され、意識をどこかへ手放した。


「……お兄様……ごめんなさい……」


 聞こえたアナの声はそれが最後だった。

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