第135話 家族と呼べる仲間

 私たち三人は、追悼の丘からサウバブラを追いかけて、アナーヒターのヴィマーナに辿り着いた。


 既にヴィマーナに降下した二隻のサウバブラは、ヴィマーナの左右の側面にそれぞれ接舷し、側面を護る円形の盾となるような形状で収まっていた。もしかしたら、サウバブラが両舷に収まったこの状態が、本来のヴィマーナの姿なのかもしれない。


 ヴィマーナに収まるサウバブラの大きさは、空を飛んでいた時よりも小さく見える。ちょうど、カルテノス湾に浮かぶヴィマーナの上部に留まっている、氷雪竜アスディーグの半分程度の大きさだろうか。


 戦闘艇と呼ばれるだけに、何か攻撃的な性能を有しているのだろうけど、実際のところよくわからない不思議な乗り物だ。


 ユッキーは、計り知れない文明科学と魔術の融合体であると目を輝かせているけれど、奇妙な円盤形の乗り物のどこがいいのか、私にはよくわからない。個人的な意見を言わせてもらえば、翼を有するヴァイマル帝国の空を飛ぶ舟の方が、まだ自然の理に適う形状で好感が持てる。


「アスリン、キアラ。道が悪かったから、疲れたでしょ? 気分は悪くないかな?」


 側車付きのモトラッドを停車させたユッキーが、私とキアラを交互に見つめて気分を尋ねてきた。ユッキーは、出会ったころに比べると、とても紳士になったように感じる。


「えぇ、私は問題ないわ。ユッキーこそ、運転お疲れ様」


 側車から降りた私は、ユッキーの質問に答え、そして彼を労った。


「お気遣いありがとうございます、幸村さん。R75のリアシートが硬いせいか、少しお尻が痛みますが……。この程度、問題ありません」


 私に続いて、キアラもユッキーに答えた。モトラッドの後部座席は、クッションのある側車の座椅子と違って硬いため、路面の影響をじかに受けやすい。私も何度か乗せてもらったことがあるのでよくわかる。キアラは、狭い側車に乗る際、右足を曲げるとまだ痛みを伴うらしく、自ら進んで後部座席に乗ることを選んでいた。


「そりゃまずいよ、キアラ! すぐに痛むところを揉み解せば、大事に至らずに済むはずさ」


 ユッキーは、運転席からキアラに振り返り、悪戯染みた表情を浮かべておどけてみせた。両手を開いたり閉じたり。ユッキーの手つきが厭らしい。


 はぁ……。せっかく紳士になってきたと感心した途端にこれだ。撤回ね……。


「なっ……。そ、そんなもの不要です、幸村さんっ! ほら、アスリンさんが冷めた目で、幸村さんを見ていますよっ?!」


 キアラは、恥ずかしそうに顔を赤らめて、私に助け船を求めてきた。


「げっ……。冗談っすよ、冗談……。ねぇ、キアラ……?」


 ユッキーは、両手を合わせて私に謝罪してきた。両手を合わせて謝る風習は、ユッキーたちが生まれ育った、日本という国の文化らしい。ただ、その仕草にどのような意味が込められているのか、私にはよくわからない。


「悪ふざけが過ぎると、彩葉に叱られるわよ? それよりも、もう少し緊張感を持った方がいいわ。これから、新たな天使に会うのだから」


「ごめん、アスリン。気をつけるよ……」


 そもそも、ユッキーが謝罪すべき対象は、キアラだと思うのだけれど……。


「まぁ、いいわ。それよりも、早くヴィマーナの中へ向かいましょ? 三号が停まっているということは、既に彩葉たちも到着しているでしょうし。あまり遅くなると、アナーヒターに嫌味を言われるわよ」


 私は、ユッキーが演じた茶番から話題を変えた。陸地とヴィマーナを結ぶ桟橋の近くに、三号ことキューベルワーゲンが停められていた。三号は、運のいい子で、先の戦争で銃弾を浴びて穴だらけになりながらも、走行に支障なく現役で活躍している。たぶん、シェムハザをこの三号にシェムハザを乗せ、彩葉とハルが既に到着しているのだと思う。


「そうですね。アスリンさんの仰る通りです」


「あぁ、そうだね。……キアラ、降りる時にボクの手を掴んで」


 私の言葉に相槌を入れたキアラとユッキー。そして、ユッキーは、モトラッドから降りようとするキアラに、手を差し伸べてエスコートした。


「ありがとうございます、幸村さん」


「どういたしまして、フロイライン」


 キアラは、ユッキーが差し出した右手をしっかりと掴み、支えられながらモトラッドから降りた。この二人は、性格が正反対だけど、案外うまく釣り合っていると思う。


 私は、微笑ましい二人から、ヴィマーナに視線を戻した。


 すると、桟橋に接舷したヴィマーナの側面に、先ほどまでなかった開口部がいつの間にか現れており、そこに二体のオートマタが立っているのが見えた。これは、私たちを誘導するために、アナーヒターが遣わしたリグだろう。回りくどい意思表示で、私たちに早く来いと促しているに違いない。


 天使ことアヌンナキたちは、遠く離れた仲間同士でも連絡を取る手段を持っている。だからシェムハザとアナーヒターは、今日の昼前に仲間の天使たちが来ることを知っていたはずだ。


 戻ったばかりの私たちを急かすくらいなら、私たちが追悼の丘に向けて発つ前に、仲間の天使の来訪を伝えてくれればよかったのに……。


 私は、天使たちの配慮の無さに不満を抱きつつも、リグの案内に従い、ユッキーとキアラと一緒にヴィマーナの中へと進んだ。



 ◆



 リグに案内された私たちは、ヴィマーナの上階の広間で彩葉たちと合流し、サウバブラに搭乗していた二柱の天使たちと対面した。


 彼らの名前は、陽光の天使ミトラと星光の天使ティシュトリヤ。この二柱の天使たちが合流したことで、グリゴリの戦士が四柱全て揃ったことになる。


 ミトラとティシュトリヤは、シェムハザと別行動を取り、ヴァイマル帝国の貴族連合に協力した後に、西フェルダート地方の情報を収集していたグリゴリの戦士たちだ。私たちが知っているシェムハザとアナーヒターとの大きな違いは、彼らが高い戦闘能力を持つ、本物の戦士であるということ。


 二柱の天使たちは、私たちと互いに自己紹介を済ませるとすぐに、貴族連合がクルセード作戦を実行するまでの経緯を語り始めた。その内容は、キアラや帝国本土から派遣された元老院の政治家から聞いていた内容と一致していた。


「さて、ヴァイマル帝国の経緯は、このくらいでいいだろう。キアラは、帝国出身の属性八柱の生き残りだ。今し方、俺が伝えた帝国の情勢は、既に彼女から聞いていた内容が多かったと思う。本題の西フェルダート情勢の話を始める前の前提として、再確認してもらったわけだが……。何か、質問がある者はいるか?」


 私たちにヴァイマル帝国の経緯を語った後に、質問を投げかけてきた天使が、陽光の天使ミトラ。


 陽光の天使ミトラの姿は、人間族ではなくエルフ族の青年だった。外見は、成人を迎えたエルフ族の男性らしく、長身で端整な顔立ちをしており、長く伸びた金色の髪を後ろでひとつに束ねていた。


 天使は、現世うつしよで活動する際に、彼らの本質である聖霊を宿すためのを必要とする。大抵の場合、ジュダの訓えに殉教を希望する人間族が、天使にとして選ばれるらしいけれど、シェムハザのように、コノートヤマネコをとする天使もいるわけで……。最終的に、その天使の聖霊の個性なのだとか。


 ただ、私は、ミトラがエルフ族をとした経緯が気になって仕方がなかった。本来、エルフ族は、傲慢な天使を嫌悪し、ジュダの訓えに従う人間たちから離れて、閉鎖的な社会で長い一生を過ごす種族。ミトラのが、人間社会で暮らしていたエルフ族だったとしても、殉教するまでジュダの訓えに共感するとは考え難い。


「急に質問を要求されても、訊きたいことが山ほどあり過ぎて……。ただ、帝国の情勢のことは、天使ミトラが仰ったように、キアラやレンスターを訪れている帝国の政治家たちから聞いています」


 ハルは、ミトラの質問に対して冷静に答えた。今は、ミトラののことに、気を取られている場合ではない。


「おさらいですけど、現在の帝国は、大きく二分されている。その二つの勢力ってのが、クルセード作戦で政権を取り戻したプロイセン王朝時代の貴族連合と、反抗勢力の粛正を繰り返して民衆を従える、結束主義を主張する武装政治団体ネオナチってことっスよね? そして、そのネオナチが、ラファエルの後ろ盾を受けて、西フェル―ダート地方で幅を利かせていると……。こんな感じで合っていますかね?」


 ユッキーがハルの返事に続いて、ミトラに確認を踏まえて質問した。


「君の言った通りだよ、ユッキー。これは、西フェルダート地方情勢の話にもなるのだが……。西フェルダート地方最大の都市、アリゼオを占領したネオナチは、国号を神聖第四帝国と改め、ヴァイマル帝国からの分離独立を宣言して西国を支配している。それから、もう一点。これは、俺からの頼みなのだが……。この先、俺らと君らは、長い付き合いとなるだろう。そのような堅苦しく構えずに、砕けた態度で接して欲しい。俺のことは、敬称などつけず、気軽に名前で呼んでくれ」


 ミトラは、私たちにそう言うと、親しみを込めて微笑んだ。ミトラの表情は、私たちの緊張を解そうとしていることが伝わってくる。案外、常識が通じる気さくな天使なのかもしれないけれど、油断は禁物だ。


「私に対しても、敬称は不要よ。皆は、私のことをティーと呼ぶわ。あなたたちも愛称で呼んでくれると嬉しいわ」


 ミトラに続いてそう言ったのは、星光の天使ティシュトリヤ。の声は、やや高いトーンで落ちつきがあるものの、リグの言葉のように呼気と同調しておらず、声質に空気の振動を感じない。


 ティシュトリヤは、曲線のある細身の体型に鮮やかなドレスを着飾り、縁のある大きな帽子を深く被っているため、貴婦人のように見える。けれども、近くで見ると、すぐに彼女の違和感に気が付く。空色に輝く髪と色白の女性の顔は、無表情な蝋の仮面で作られ、露出した腕や足などの部位が、光沢のある金属質な素材でできている。


 そのは、生物という枠組みから大きく掛け離れており、まるで高級な洋品店で衣装を着飾る、金属製の雛型が動いているように感じる。多分、ティシュトリヤのの本質は、リグやシャストラのように魔法技術で作られたオートマタなのだと思う。


「ティー……。少し表現が失礼かもしれませんが、可愛らしい響きかも」


「ありがとう、彩葉。素直に褒め言葉として受け取るわね」


 ティシュトリヤは、彩葉の世事を素直に喜んでいるように感じる。グリゴリの戦士は、シェムハザとアナーヒターを含め、天使の独特な威圧感をそれほど感じない。それどころか、彼らは、社交性まで持ち合わせているように思える。


 最初は、初対面の天使たちを前に、緊張感溢れる雰囲気に包まれていたけれど、ありふれた会話が混ざったことで、明らかに場の空気が和んでいた。


 彼らのことを心から信頼できるわけではない。全てのアヌンナキが、グリゴリの戦士のような天使であればいいのに……。


「ところで、皆さん。大切な話が始まる前に、大変恐縮ですが……」


 今まで黙っていたキアラが、申し訳なさそうに口を開いた。


「どうしたんだい、キアラ? 足の痛みが再発しちまったかい?」


 いつものように、カシギの煙を愉しんでいたアナーヒターが席を立ち、キアラの前に移動しながら心配そうに尋ねた。


「い、いえ……。申し訳ありません、アナーヒター。大丈夫です。痛みは、ありません。実は……、私は、もうこれ以上皆さんと共に行動することができません。ですから、重要な話が始まる前に、この部屋から退席させてくださ……」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何言ってるんだよ、キアラ?」


 突然退席を切りだしたキアラの言葉が終わらないうちに、ユッキーがキアラの発言を制した。私は、キアラが自分の障害に劣等感を抱いていることを知っている。その劣等感を感じているキアラを見ると、胸が締め付けられるように痛くなる。多分それは、私だけでなくユッキーも同じだ。キアラの右脚の傷の原因が、私たちにあるのだから。


「そうよ、キアラ。私たちは、共に厄災に立ち向かう仲間でしょう? 足らないところを互いに補おうって、つい一昨日も話したばかりじゃない」


 私もユッキーに続いて、キアラに拍車を掛けた。


「はい……。でも、私は、負傷を理由に国防軍から除籍となりました。つまり、戦力外通告を受けた身です。ですから、また戦になれば、私は皆さんの足を引っ張ってしまいます。私のせいで、誰かが命を落としてしまうことになったら……。私は……」


 キアラは、左目に涙を浮かべながら言葉を続けた。四柱の天使たちも、キアラを不憫に感じているのか、黙ったまま神妙な表情で私たちを見守っている。


「大丈夫! キアラは、呪法が使えるじゃないか。俺は、全く戦力外だなどと思ってないぜ? むしろ、頼もしく思ってる。これまで、何度もキアラの呪法に救われてきたことは事実なんだしさ」


「ハルが言った通りよ、キアラ。キアラに助けられたのは、私たちだけじゃない。五小隊の人たちをはじめ、前線で共に戦った大勢の兵士たちが生還できたのは、キアラの呪法の活躍があったおかげ。だから、自信を失わないで」


 キアラの強力な炎の呪法は、ハルと彩葉が言ったように、大勢の仲間たちの命を救ってきた。その呪法は、キアラの眼窩がんかから炎天使ラハティのルーアッハを取り除いた後も失われていない。キアラは、決して足手まといなんてことはない。キアラの心の闇を解放してあげないと、きっとこの子は、精神的に追いこまれてしまう。


「そうだよ、キアラ。キミには、いざとなれば呪法があるじゃないか。はっきり言って、何も能力を持たないボクが、一番足を引っ張っているっていう自覚あるぜ?」


「そ、そんなことありません、幸村さん! 幸村さんは、どんなに危険な場所でも、一生懸命頑張ってくれているじゃありませんか……。だから、そんなこと言わないでくださいっ!」


 キアラは、自嘲気味に言ったユッキーの発言を強く否定した。


「その言葉は、そっくりキミに返すよ、キアラ。たしかに、今までのようにいかないこともあるかもしれない。でも、キミが役に立たないことなんてないよ。これまでみたいに、互いに助け合えば問題ないさ。前にも言ったけど、ボクたちは家族みたいなものじゃないか」


「幸村さんの言葉は、嬉しいです……。でも、これ以上……、家族を失うのが怖いのです。私は、呪われていますから……。もしも、皆さんまで失うようなことがあったら、私は……」


 眼帯に覆われていない左目から涙をこぼしながら、ユッキーの言葉に答えるキアラ。


「いいかい、キアラ。アタシがアンタに宿っていた炎天使ラハティのルーアッハを取り出したんだ。だから、アンタの呪いは、もう解けているはずだよ。安心しな」


 キアラを宥めたのは、アナーヒターだった。アナーヒターの言葉は、いつものような棘がなく、包み込むような優しさが感じられた。


「なぁ、キアラ。アナーヒターを信じて、呪いなんて俺たちで討ち倒してやろうぜ」


 ハルが席を立ち、キアラの前に移動して右手を差し出した。


「この先も、楽しいことばかりじゃなく、辛いこともあると思う。お互いをカバーし合って、厄災に打ち勝とうよ」


 彩葉もキアラの前に移動してハルの手に右手を添えた。


「キアラ、一緒に行こうぜ。最終目的地は、ボクたちの世界の地球だ」


 そして、ユッキーもハルと彩葉に肖り、二人が重ねた手の上に右手を添えた。もちろん、私もユッキーに続いた。


「困った時は、遠慮したらダメよ? 私たちは、もう家族なのだから」


 私自身、久しぶりに家族と呼べる仲間に出会えたことが本当に嬉しい。右手を重ね合わせた私たち四人は、互いに顔を見合わせて頷き、そしてキアラを見つめた。


「私は、皆さんと一緒にいても、いいのですか……?」


 キアラは、左手で涙を拭いながら私たちに尋ねた。


「「もちろん!」」


 私たちは、声を揃えてキアラに答えた。感情が豊かな彩葉は、笑顔のまま貰い泣きしている。そういう私も、目の奥が熱くて堪らないのだけれど……。


「ありがとう……ございます……。どうか、よろしくお願いします」


 キアラは、私たちが重ねた手の上に彼女の右手を添えた。


 私たちは、それぞれが差し出した右手を中心に円陣を組み、互いを見つめて大きく頷いた。そして、誰言うとなく重ねた右手を拳に変えて、一斉にグータッチを交わした。


 こうして家族と呼べる仲間と微笑み合うと、ナターシャとバルザ、そしてギルフォードと四人で旅をしていた頃を思い出す。


 あの頃の私たちも、家族のような仲間だった。既にバルザが他界しているため、もう四人で杯を交わすことはできないけれど、楽しかったあの頃がとても懐かしい。あれから二十年が経ったかと思うと、本当に月日の流れが早く感じる。


 かつての仲間を想うと、どうしてもギルフォードのことを思い浮かべてしまう。ギルが暮らしていたアリゼオ王国は、第四帝国の侵攻を受けて陥落したはず。彼と彼の家族は、無事に避難できただろうか……。


 私は、風の精霊に心密かに祈りを捧げた。


 かつて私が愛した人に、風の加護がありますように、と……。

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