第79話 レンスターの訪問騎士団

『こらっ! ユッキー! 公王陛下の御前で失礼でしょう?!』


 怒鳴るようなが頭の中に響き渡る。その声の迫力に、ボクは雷に打たれたようにビクッとなり目が覚めた。どうやらウトウトしていたらしい。の主は、公王陛下の側らで護衛に立つ彩葉だ。彼女を見ると、眉間にしわを寄せてジト目でボクを睨んでいた。


 今ボクたちは、レンスター城三階の公王陛下の居住区にある小さな会議室で、キアラたちの内閲に同伴している。同伴と言っても、ボクとハルはキアラたちの案内役なので、出入口近くの座椅子に座って内閲を傍聴しているにすぎない。


 会議室内はやや薄暗いので、夜目の利く彩葉の紅い目が時々光って見える。そんな目で睨まれるのだから、ハッキリ言って少し怖い。ボクは周りに気づかれぬよう、彼女に口パクでゴメンと伝えて笑って誤魔化した。


『まったく……。キアラだって頑張ってるんだから、しっかり応援してあげなくちゃ』


 はい、仰る通りです……。


 彩葉は、念話という竜の力を巧みに使いこなしている。頼もしい半面、油断していると今みたいに脳内で直接怒られてしまう。個別や集団に念話が送れる彼女の能力。彼女は、ハルに念話で甘い言葉を送ったりしているのだろうか。彩葉本人に訊くと顔を真っ赤にして本気で怒りそうだから、後でこっそりハルに訊いてみよう。


 昨晩、ボクたちの前に突然現れたキアラたち。ボクたちが西風亭のリビングで互いに信頼できる関係になり、それぞれの素性と情報を共有し終えた時は、すっかり外が明るくなっていた。眠る必要のないドラゴニュートの彩葉は別として、ほとんど徹夜明けだというのに、みんなのタフさに感心させられる。


 昨日の鋼鉄竜騒ぎが、まだ完全に収まり切らないレンスター城内。そんな中、今日は早朝からキアラたちヴァイマル帝国の軍人が極秘裏にレンスター城へ訪問した。その影響からか、城内の衛兵の数はいつもより多く、通路を移動する文官や女中たちも早足でせわしない様子だ。


 キアラたちは、強力な戦闘兵器を持つヴァイマル帝国の軍人たちだ。ボクたちのように、アシハラから来たなどという出任せな設定はさすがに通用しない。


 三年ほど前、カルテノス地方に突然出現した謎の軍事国家ヴァイマル帝国。その存在は、一般の市民だって知っているほど有名だ。キアラが帝国の変遷を語る上で、アルザルの人がテルースと呼ぶ地球から、天使に導かれてやって来たということを正直に話さなければならなかった。


 異界の存在や生命を認めないジュダ教も、帝国が天使に導かれて来たことを伝えれば、信者たちが刃を向けてくることはないだろうとアスリンは言っていた。しかし、いたずらに混乱を招くことを避けるため、この会合には信頼できる僅かなレンスター家の家臣たちだけが参集されている。


 丁度今、異常気象の影響で食糧危機に直面した帝国が、レムリア大陸北部の豊かな土地を求めて開始される北伐について、キアラが話したところだ。アルザルの人らにとって、ヴァイマル帝国の侵攻は、宇宙人による侵略戦争でしかない。


 会議室内にいる全員の表情が固い。背筋が凍りつく思いをしていると思う。地球で同じことが起これば大パニックのはずだ。


「して、その北伐というフェルダート地方の侵略が……、もう間もなく始まると?」


 ジャスティン導師がキアラに質問した。


「はい。帝国の最終的な目標は、フェルダート地方を東西から挟撃して手中に収め、温暖なこの地方への移民と今後の食糧自給率の安定化を図るものです」


 キアラの発言に会議室内がざわめく。その中、髪をオールバックにセットした一人の騎士が席を立ちキアラに質問した。彼の名はダスター卿。アスリン曰く、ゲイらしい。ボクはこの男が苦手だ……。昨日エディス城で重傷を負った騎士長のバッセル卿に代わり、今日は副騎士長のひとりダスター卿が出席している。


「帝国のお嬢さん。少しばかり話が見えんのだが……。帝国の主力部隊がエルスクリッド砂漠を越えて西フェルダート地方を目指していることは理解した。しかし、レンスターを狙うという遊撃部隊や、お嬢さん方がどうやってカルテノス湾を越えて来たのか解せぬ」


 冷やかな視線でキアラを注視するダスター卿。陸路と海路、いずれもカルテノス湾を越えることが困難な世界背景なのだから、彼がキアラの言葉を素直に受け止められないのは仕方がないことだと思う。ダスター卿だけに限らず、この場にいるレンスター家の家臣たちの意見も同じだろう。


「既にキルシュティ基地に滞在する遊撃旅団や私たち第二○二装甲師団の移動手段は、陸路や海路ではありません。航空機……、空を飛ぶ船と説明した方がわかりやすいでしょうか。私たちは、その船に乗り空路を使ってキルシュティ半島へ来ました」


「馬鹿な?! 空からだと?! 風のアトカ! この娘が言うことは事実なのか?!」


 ダスター卿は、キアラを指差して大きな声で食って掛かり、アスリンにキアラの発言の虚偽を確認した。


「ダスター卿、彼女の発言に嘘はないわ。ヴァイマル帝国は、遥か伝説のテルースから天使たちに導かれて来たのだから……。高度な文明と技術を持つテルースの民が、天使たちが持つヴィマーナのような翼を所持していても不思議はないわね」


「あ、ありえまえん! 過去の歴史を顧みても、天使がそのような『行き過ぎた力』を認めたことなどないではありませんか! クロノス魔法帝国の滅亡がいい例です!」


 ダスター卿をなだめるアスリンに、今度はハイマン卿が異を唱えた。全く騎士さんたちは本当に頭が固い。


「ダスター卿、それからハイマン卿。少し落ち着きなさい。こうして我らの目の前に、テルースから来たという帝国の者たちがここにいるのは確かなこと。それに真偽を見極める風のアトカの証言もある。これは素直に事実と受け止めるべきであろう。それに、ハイマン卿は、昨日エディス城で帝国の魔法武器の威力を見たのではないか?」


 ジャスティン導師がアスリンに代わり、熱くなっている騎士たちを宥めた。さすが宮廷魔術師の長と言うだけある。柔軟な対応は、頭の固い騎士たちと一味違う。


「導師の仰る通り、自分は帝国の魔具を目の当たりにしております。たしかに鋼鉄竜といい、我らの想像を遥かに超える代物ばかり……。取り乱して済まなかった、シュトラウス嬢」


 ロレンスさんの一言で、ハイマン卿は昨日の戦闘を思い出したのだろう。冷静になると、素直に深々と頭を下げてキアラに謝罪した。ダスター卿もハイマン卿にならって頭を下げてキアラに詫びた。


「陛下、一つよろしいでしょうか?」


 今度は、いかにもインテリそうな文官という感じのローブを着た若い男性が、席を立ち陛下に発言の許可を求めた。


「申してみよ、ジャリド」


「ありがとうございます、陛下。目前に迫っている北伐ですが、これから長い雨の季節が始まります。いくら鋼鉄竜とは言え、悪路や河川を渡れずに足止めされることは避けて通れないでしょう。雨の中を帝国が進軍することは、考えにくいのではないかと思います」


「ジャリドの発言は理に適っておる。シュトラウス嬢、その点いかがか?」


 ジャリドと呼ばれた文官の質問に同意した公王陛下が、彼に代わってキアラに質問した。


「はい、私はこの地方に雨季が存在することを存じ上げませんでした。恐らく、キルシュティ基地へ集結した遊撃旅団の大半もこのことを知らなかったでしょう。ただ、皆さんが鋼鉄竜と呼ぶ戦闘用の車両は、行軍速度こそ低下しますが悪路を苦にしません。そして、大河は越えられなくとも、ある程度の川幅の河川なら、我々は応急的な橋梁を架ける技術を持ち合わせております」


 淡々と陛下の質問に答えるキアラの言葉に、会議室が再びどよめいた。長雨や雪が降れば、一時的に停戦するような中世の戦の常識は、近代兵器の前に通用しない。


「陛下! エスタリアを含め、我らはヴァイマル帝国と抗戦すべきか、和睦すべきか。まずはそこからですぞ! そもそも、彼らが言うように、ヴァイマル帝国が異界の星テルースから来たのであれば……、一つ間違えればジュダ教徒まで敵に回すことになります!」


 高齢の内政官が、公王陛下に発言した。公王陛下は、浮かない顔をしてジッと考え込んでいる。公王陛下の采配一つで、国民の命運が左右されるのだから、君主は半端な精神力では務まらないだろう。


「べレット伯爵の仰る通りです、陛下。ジュダ教徒を敵に回すのは得策ではありません。それに、今は雨麦あまむぎを植栽する大切な時期。戦で耕作地が荒廃してしまえば、我々とて食糧難に陥ります」


 べレット伯爵の意見を後押ししたのは、まだそれほどの歳ではなさそうだけど、前頭部から頭頂部にかけて髪が後退した内政官だ。衣装からして彼もきっと貴族だと思う。ちなみに、雨麦というのは麦の一種で、陽の光がなくても水を与え続ければ育つ麦なのだとか。


「べレット伯爵、それからビスナウ男爵。仮にヴァイマル帝国の遊撃旅団と和睦をしたとしても、彼らとてテルースから来た帝国人ではないか。結果的にジュダ教徒を敵にする可能性は変わらないのではないか?」


 ハイマン卿が内政官の貴族たちに質問した。


「それは……、そうだが……。無益な血を流すことは、国にとっても領民にとっても良くない。いい訳がない……。うまく戦を避ける方法はないものだろうか……」


 溜め息交じりにハイマン卿に答えるビスナウ男爵。ジュダ教徒がどのような行動を取るか知らないけど、レンスターの家臣たちが恐れていることから、あまり穏やかなことではないのだと思う。


「シュトラウス嬢、大陸南部でもジュダ教は布教されていると聞く。帝国は彼らをどのように抑えたのか、教示願えるかね?」


 ジャスティン導師がキアラに質問した。


「帝国の変遷で申し上げた通り、私たちの背後に天使ラファエルの存在があります。彼らが各都市のジュダ聖教に根回ししてくれたおかげで、帝国はジュダ聖教とそれなりの友好関係にありました」


「なるほど……。まだフェルダート諸国のジュダ聖教に天使が赴いていないのであれば、いずれにしても警戒しなければならぬな」


「導師様、残念ですが現状ではそうなるかと思います。しかし、私たちクルセード作戦に参加した国防軍と貴族連合ユンカーは、ネオナチに刃を向ける際、天使ラファエルの承諾を得ております。もし、レンスターへ天使が訪れることがあれば、恐らく私たちのことを容認するよう、ジュダ聖教に伝えてくれるはずです」


 ジャスティン導師はキアラの答弁に頷いている。ボク的には天使


「シュトラウス嬢、僕からも最後に一つよろしいか?」


 ロレンスさんがキアラをジッと正面から見つめて質問した。


「はい、何なりと」


「僕は、いくつかある意見や策の中から、最も適切な答えを選出する呪法が使える。その呪法を使った結果は、あなた方と手を組み北伐に備えるのが最善と裁断された」


 ロレンスさんの言葉を聞いたキアラたちの表情は明るくなり、シガンシナ曹長とザーラさんが顔を見合わせて頷いた。


「しかし、シュトラウス嬢が所属する部隊は、一昨日の戦闘で予想外の被害を受け、キルシュティ半島南岸に避難したと語った。その作戦で被害が出ずに成功していれば、あなた方はここにいない。違うかな?」


 ロレンスさんはゆっくりと語っているけど、彼の言葉は重く力強い。最後に語尾を強めながらキアラに質問をした。この場は、アスリンの精霊術が掛けられているため、キアラが虚偽を語ればすぐにわかる。


 しばらく沈黙が続いた。ロレンスさんの言うように、一昨日の戦闘でキアラたちに被害がなければ、彼女たちはこうして目の前にいなかったかもしれない。


「あなたの仰る通りです、堅牢のロレンス。作戦が成功していれば、私たちは今ここに来ていないでしょう……。私たち一個師団に対して、キルシュティ基地に滞在するネオナチは三個師団おります。ですが、キルシュティ基地から親衛隊の遊撃旅団が出撃した情報が入れば、我らの部隊に合流した友軍と共に、手薄になったキルシュティ基地を占領し、皆さんに加勢する計画はありました」


 キアラは嘘をつかずに正直に答えた。キアラの答えに会議室内はまたしてもざわめき始める。


「そのような都合のよい言い分を聞き入れられるかっ! 三十名に満たないような、あなた方の部隊がレンスターへ来たところで何になる?! 陛下、騙されてはなりませぬぞ!」


 ベレット伯爵が席を立ち、怒鳴るようにキアラに向かって叫んだ。部隊の八割を失ったという彼女たちの師団は、精鋭揃いとはいえ戦車の数だけでも、単純計算で戦力差が八倍の差になる。


「ベレット伯爵に同意です、陛下。この者たちのことをエスタリアに伝えれば、我々の戦は避けられるかもしれません」


 ビスナウ男爵も席を立ちダスター卿を支持した。何だか会議室の雲行きが怪しくなってきた。どの道戦争が避けられない状況なら、今のレンスターにとって、キアラたちの部隊は必要不可欠になると思う。ロレンスさんの隣に座るアスリンの表情も心配そうだ。


「皆さん、静粛に! 陛下、昨日のエディス城で我ら精鋭の騎士は、ヴァイマル帝国の一つの魔具を相手に、近づくことさえできませんでした。騎士長殿が身につけていた真鍮の鎧など、まるで紙きれ同然に撃ち抜かれております。そんな我々騎士団ですら手に負えない敵を、そこにいるユッキーは帝国製の魔具を使って見事撃退した。帝国を相手にするのであれば、帝国の武器は必須かと」


 近代兵器の性能を分析して冷静な意見を述べたのは、意外にもハイマン卿だった。さり気なく褒められると少し照れる。それと同時に、敵対しているとはいえ、三人の命を奪ったことに対して自責の念に駆られた。


「陛下、私もハイマン卿の意見に賛成いたします。マグアート親子がエスタリアに内通し、内からレンスターを陥れようとしていた時点で、帝国は始めからレンスターとの和平を望んでいないでしょう。恐らく、これまでの我々の情報は漏れています。逆に彼女たちの軍勢を迎え入れることで、敵が知らない強力な戦力を我らが得ることになります。そして、マグアート子爵を失ったエスタリアは、近いうちに何らかの動きを見せてくるでしょう」


 ジャスティン導師が、ハイマン卿の分析を後押しするように公王陛下に進言した。


「うむ……。ベレット伯爵やビスナウ男爵の言い分もよくわかる。しかし、今はハイマン卿やジャスティン導師の言う通りかもしれぬ……。諸君、シュトラウス嬢の話によれば、我らが北伐の軍勢に降伏しても、領地が奪われて突然奴隷が解放される。そうなればレンスターの民と経済は大きく混乱し、やがて反抗勢力が出現して不要な血が流れるだろう。いずれにしても我が国は、戦を避けられぬ状況にある。腑に落ちない点もあるが、全ての質問に正直に答えたシュトラウス嬢は信用に値する。堅牢のロレンスの呪法で裁断されたように、我らは彼女らと共に歩む道を選択することが望ましい。私はそのように決断する」


「御意」

「陛下の御心のままに」


 異を唱える貴族たちは、陛下の発言に納得したようで素直に従った。キアラは安堵と緊張感の解放からか、大きく息を吐きながら自らの胸を撫で下ろした。


 こうしてキアラたち第二○二装甲師団は、レンスターの訪問騎士団として、騎士に準ずる身分を授かりレンスターへ迎えられることになった。しかし、その一方でボクたちが経験したことのない戦争というものが、少しずつ目の前に迫って来ている。


 戦力差を考えれば絶望的だし、はっきり言って考えるだけでも恐怖で体が震えてくる。現実的な交通手段が徒歩しかないこの世界で、ボクたちに逃げる場所なんてどこにもない。これまでボクたちを助けてくれた天使のような笑顔を見せてくれるアスリンや、お世話になっている西風亭の人たちを始めとするレンスターの人たちのために少しでも力になりたい。ハルと彩葉だって、きっとボクと同じ気持ちだと思う。


 ボクがすべきことは、今できることを精一杯やるしかない。もう、何もできずに後悔するのは嫌だから……。

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