第56話 四人で撮った記念の写真
バースデーパーティーは、予想通りとても盛り上がり、美味しい料理とケーキがボクたちのお腹を満たしてくれた。
なんと言ってもサプライズの成功を支えた立役者は、アルスター製の祝賀用のオーブだったと思う。アルスターで購入したこの光のオーブは、とても幻想的な光のアートを西風亭のレストラン内に映し出した。
様々な大きさの立体的な光の球体が浮かび上がり、無造作に変形しながら七色に輝き、最後は弾けるように消えていく感じだ。約十五分間ほど続いたこの光のショーは、プロジェクションマッピングとか室内で輝く仕掛け花火という表現がイメージに近いのかもしれない。
彩葉はもちろん、ボクとハルも初めて見る魔法の光のアートを見て凄く感動した。アスリンと一緒に遥々アルスターまで行った甲斐があったってもんだ。
この光のオーブは、アスリンから彩葉へのプレゼントの一つなのだという。しかし、この光のオーブは、祭事や貴族のパーティーを対象として製造されているだけあって、値段が相当高かった。支払いを横目で見ていた限り、アスリンは銀貨ではなく金貨を支払っていたと思う。
金貨一枚の単位は銀貨五十枚に相当する。日本円に換算れば、五十万円前後になるはずだ。ハルや彩葉に言うと怒られるから黙っておくようアスリンに言われたけど、さすがにボクだって気が引けた。ただ、幻想的で美しい光のアートは、それだけの価値があるように感じた。
西風亭にお客さんが増えてくると、ナターシャさんを始め西風亭のスタッフは、順番で持ち場へと戻っていった。今は、レストランの四人掛けのテーブルで、ボクと彩葉とハル、それからアスリンの四人でセレン茶やワインをいただきながら
「はい、イロハ。これは私からの誕生日プレゼントよ。このオーブの中身は香料だから、手首の裏などに塗るように使ってね。この香料の素材はククルスという夏の終わりに咲くオレンジ色の奇麗な花なの。好みに合うといいけど……」
「ありがとう、アスリン。嬉しい。さっそく使ってみていい?」
「もちろん! 香りの好みが合わなかったら交換できるから言ってね」
「わかった」
彩葉はアスリンに返事をすると、さっそく小さなオーブを右手の親指と人差し指で軽く潰した。彼女は、中から出てきた液体を黒鋼の鱗がない手首の裏側に塗り、そっと香りを嗅いだ。
「わぁ、アスリン。私この香り好きよ! ラベンダーみたい」
「ほんとうだ。ラベンダーにそっくりだなぁ。いいんじゃないか、彩葉。俺もこの香り好きだぜ」
彩葉の隣に座るハルも、嬉しそうに香りを楽しむ彩葉に喜んだ。
「ハルも気に入ってくれたみたいで良かったね、イロハ」
「うん」
彩葉はアスリンに頷くと、隣に座るハルと互いを見つめ合って微笑んでいる。ハルと彩葉、お似合いな二人を祝福したい気持ちは山ほどある。しかし、こういうシーンを目の前で見せられると、大人げないと思いつつもジェラシーを感じてしまい素直に喜べない。
「はい、彩葉。これはボクからの誕生日プレゼント」
ボクは微笑みながら見つめ合う、二人の特別な空気を遮るように、席の後ろの籠の中に用意しておいたプレゼントを取り出して彩葉に渡した。
「ありがとう、ユッキー! 丁度スタンド型の鏡が欲しいなって思っていたところだったの!」
彩葉はボクからの誕生日プレゼントを喜んでくれた。ボクがアスリンのアドバイスで購入したプレゼントは、コンパクトなスタンドミラーだ。オーブ産業が盛んなアルスターでは、オーブの容器の元となるガラス細工も有名らしく、副産物としてガラス工芸や鏡を売る露店が多かった。
「どういたしまして。アルスターの露店で売ってたんだけどさ、リボンは頼んだらサービスしてくれたけれど、ラッピングがなくてごめんな」
ボクからプレゼントを受け取る時、彩葉からラベンダーに似たいい香りが流れてくる。ボクたちの故郷の安曇野近郊では、ハーブ園で育成されていたりとラベンダーは割と身近な花だった。
「ううん、嬉しいよ。ポーチに入れてある携帯用の手鏡じゃ、朝起きてセットする時に小さ過ぎて……。アスリンからスタンド型の鏡を毎朝借りていたの」
「アルスターってレンスターから近い割に、色々な物が売ってるんだなぁ」
まだアルスターへ行ったことがないハルは、アルスターの街に興味を示しているようだ。
「そうよ、ハル。雨期が訪れる前にイロハと買い物に行って来るといいかも」
「あぁ。今朝も彩葉と二人で行ってみようかって話してたんだよ。な、彩葉」
「うん、本当に楽しみだね、ハル」
アルスターが未踏のハルに対して、若干の優越感に浸っていたのも束の間、結局二人はまた見つめ合って微笑んでいる。
ボクの隣に座るアスリンが、二人に気づかれないようにテーブルの下でボクの足をつついた。ボクを見つめ笑顔で頷く目の前の天使は、不貞腐れる寸前だったボクの心を晴らしてくれた。今回も彼女の笑顔に救われた。
「彩葉、これは俺からだ」
ハルはそう言って、ポケットの中から青い宝石が嵌められたシルバーのリングを取り出した。
「ありがとう、ハル! それってラピスラズリ?」
ハルが指先で持っている指輪を見て彩葉がハルに質問する。
「そうだぜ。アルザルでも魔除けの石としての意味を持っているみたいなんだ」
「そうなんだ? でもこれ、……高かったでしょう?」
「大丈夫、ちゃんと自分で買える範囲だからさ」
ハルはそう言いながら彩葉の左手を取り、そっと薬指にそれを嵌めた。さり気なく選んだ指がそことは……。
「髪留めと同じで、その指輪もイロハに似合うね」
アスリンは二人を見つめながら彩葉を褒めた。
「アスリンもありがとう。この指輪、大切にするね。あ……、でも……」
彩葉はアスリンとハルに礼を言いながら何かに気がついたようだ。
「どうしたの?」
アスリンが首を傾げて彩葉に質問する。傾げた首の動きに合わせて、彼女のサラサラなシルバーブロンドの前髪が彼女の肩からスッと流れ落ちる。
「これって私が竜の力を使うと指輪が壊れちゃったりするのかな……。一時的とはいえ、指先が刃状に変形してしまうし……」
「いや……。俺もそこまで考えていなかったけど、どうなんだろう?」
「ねぇ、彩葉。さっきのリボンを指に巻いて実験してみたらどう?」
アスリンの髪に見惚れていたボクは、ボクが渡したプレゼントに着けられていたリボンで実験できないか提案してみた。
「そうね。やってみる」
そう言うと彩葉は指輪を取り外し、スタンドミラーからリボンを解き、自分の左指にリボンを巻いて結んだ。
「何だか緊張するな……」
ハルが生唾を飲み込みながら言った。たしかに何だか妙な緊張感がある。
「じゃあ、行くね……」
彩葉は合図とともにゆっくりと竜の力を使い、左手の指先を小さな刃へと変え始めた。人差し指から薬指に掛けて、黒い鋼の鱗が浮き立つように現れ、それはスッと伸びるように鋭利な刃に変わった。そして、彼女の薬指に巻かれたリボンは千切れて、ハラハラと床に落ちていった。
「マジッすか……」
ボクは思わず言葉が漏れた。
「あちゃあ……。実験しておいて本当に良かったよ、ユッキー」
刃に変えていない右手で額を押さえながら、彩葉は自嘲気味に笑いながらボクに言った。
「小指が刃にならないなら小指のサイズを聞いておけばよかったな……。ごめんな」
ハルが少し残念そうだ。
「ごめんね、イロハ。私ももう少しその刃のことを調べておくべきだったわ」
「ううん、二人とも謝らないで……って、何でアスリンが謝るの?」
「あのさ、アスリンには俺から頼んでプレゼント選びの手伝いをしてもらっていたんだ」
ハルが照れ臭そうに弁解する。
「そうだったんだ。二人ともありがとう。あー、なるほど。アスリンが襲われたのって、その店の帰りだったのね?」
「あ、あぁ……そうだ。黙っててゴメン」
「ごめんなさい……」
ハルとアスリンが彩葉に謝った。アスリンを危険に晒したり彩葉を騙したということなら、ボクだって同罪だ。
「あの件に関しては、ボクも彩葉を西風亭へ連れて帰ると、一枚絡んでいたんだ。本当にごめんよ」
「もう済んだことだし、そもそも怒ってないよ。でも、サプライズは嬉しいけど、もう危険なことは避けてね。そして、何かあった時は黙ったままにしないこと」
「「はい……」」
ボクたち三人は声を揃えて素直に彩葉に謝罪した。
「とにかく、今日はありがとうございました。本当に嬉しかった」
彩葉はボクたちに笑顔でお辞儀をした。
「喜んでもらえて俺たちもやりがいがあったよ。な、幸村。アスリン」
「あぁ、準備だって結構楽しかったぜ。アスリンもありがとな」
嬉しそうに言うハルに、ボクは相槌を入れた。そしてサプライズパーティーの一番の功労者であるアスリンに感謝を伝えた。
「どういたしまして。私も楽しかったわ。そうだ。お詫びと言うわけじゃないけど、イロハ。このネックレスに指輪を通してみたらどうかしら?」
アスリンは彼女が身に着けていた、シンプルなシルバーのネックレスを取り外して彩葉に手渡した。
「そんな、いただいてばかりで申し訳ないよ……」
「ううん、いいのよ。私は他にもネックレスをいくつも持っているし、貰ってくれるかな?」
アスリンは自分のアイデアに満足しているのか、なかなかネックレスを受け取らない彩葉を笑顔で見つめている。そんな彩葉は困り顔でハルを見た。
「遠慮する気持ちもわかるけど、アスリンがそう言うんだからいいんじゃないか?」
「うん、わかったわ。じゃあ、アスリン。大事に使わせてもらうね。ありがとう」
ハルの後押しで、彩葉は素直にアスリンからネックレスを受け取った。彼女は早速指輪をネックレスに通してから、首の後ろに両手を回してネックレスを身に着けた。
「どういたしまして! うん、良かった! やっぱり似合うわね!」
「ありがとう、アスリン。そうだ! せっかくだからいつものライブの前に、ユッキーのスマホでみんなで記念撮影とかどうかな?」
ボクとハルは彩葉からの提案に互いに顔を見合わせた。ボクも皆で写真を撮ろうと思ったことはあったけど、ドラゴニュートになってしまった彼女を写すことで、彼女を傷つけてしまわないか心配していた。ハルと二人で話し合い、彩葉を写真で撮ることをずっと避けていた。
アスリンの写真はこっそりと何枚かいただいたけれど、集合写真は初めてになる。彩葉からの提案なのだから、ドラゴニュートの容姿のことは、もう割り切っているのかもしれない。
「ユッキーのすまほの中で絵になる感じ? ちょっと嬉しいかも?!」
すでにアスリンは凄く嬉しそうだ。ボクはハルを見つめるとハルは頷いた。
「ハル、彩葉の提案なら断れないな。ボクもみんなで撮った写真が欲しかったんだよね」
「俺だってそうさ。なかなか言い出せなかったけど……。ここだと人目につくし、奥のリビングを借りて撮影しようぜ」
どうやら要らぬ心配だったようで、逆に余計な気遣いが彩葉を傷つけてしまっていたかもしれない。
「二人とも私に気を遣うことはないよ? どんな姿になっても私は私。だからいつまでもずっと側にいさせてね」
「「もちろん!」」
ボクとハルは声を揃えて彩葉に頷いた。
その後ボクたち四人は、ボクたちが初めて西風亭を訪れた時に案内されたリビングで記念撮影を行った。
初めて四人で撮った記念の写真は、すぐに印刷したり二人の携帯に転送することはできないけれど、ボクのスマホの中で大切な一枚として記録された。今は無理でもいつか地球へ戻った時に皆に送ればいい。
彩葉がヴリトラと再会したことで、新たな情報も手に入った。フェルダート地方の遥か西方、エルスクリッド地方のグラズヘイムの民。とりあえず何を調べればいいかわからなかった状況から、前に向かって進みだしているのはたしかだ。
この先、ボクたちにどのような未来が待っているかわからない。この世界へ来ることが運命だったとするならば、ボクたちは運命に抗おうとしていることになる。しかし、いずれにしてもボクたちは、この世界でしばらく生きて行かなければならない。
今日は帝竜暦六百八十三年十月七日。ボクたちは一つの節目となったこの日を境に、地球の西暦を使うことをやめ、アルザルの暦を使うことにした。
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