第46話 黒鋼のカトリ(上)

 迫力満点の模擬戦はとても見応えがあった。彩葉の見た目は華奢で小柄な可愛らしい女の子だ。元々剣道が凄く強いことは知っている。しかし、歴戦の騎士長を始めとする屈強なレンスターの騎士三名を相手に、人間離れした動きであっという間に勝利してしまった。


 ボクは彼女を誇らしいと思うと同時に、ドラゴニュートの人間離れした戦闘能力の高さに驚かされた。驚いていたのはボクだけではない。あの模擬戦を観覧した誰もが彩葉の身体能力に驚き、そして彼女の剣技を認め褒め称えた。


 中でもレンスター公王陛下が特に彼女の実力に惚れこんでしまったようで、約束通りその場で従士として登用されることになった。これに対して、誰も異を唱える者はいなかった。


 レンスターの武官のヒエラルキーは、頂点に王である公王陛下が立ち、その下に騎士団をまとめる騎士長と宮廷魔術師の長である導師が続く。騎士長の下には騎士、衛兵、兵士と続き、一方魔術師の長である導師に次ぐ位置に宮廷魔術師が続いている。


 従士は分類的に武官として扱われる。しかし、騎士以上の社会的地位の者が護衛や諜報員として登用し、個々に主従関係を結んでいるため、ヒエラルキーに該当しない位置付けだという。詳しい仕組みはよくわからないけど、世界史で勉強した中世の封建社会の主従制度に似ている感じがする。


 従士制度は、レンスターだけでなくアルザルの各地で存在しているようで、レンスターを含むフェルダート地方の従士は、主から身分の保証となる金属製のリストバンドと『二つ名』が与えられ、家紋の標されたケープを羽織る風習があるという。


 ちなみに彩葉が陛下から与えられた二つ名は『黒鋼のカトリ』だ。何だか子供心をくすぐるような響きでちょっとカッコいい。


 そのカッコいい二つ名を与えられた彩葉は、今度は模擬戦ではなく、全く別のことで割れんばかりの拍手を浴びていた。今回の拍手の対象は、彩葉だけでなくボクとハルも一緒だった。


 ボクたちの表向きの設定は、旅の一座を兼ねた傭兵ということにしてあるので、ゲストの身でありながら宴の席の余興で、三曲だけのミニライブを演奏させてもらった。石造りの城の壁に音が反響し、程良くエコーが利いていたため、まるで憧れだったライブハウスで演奏しているように感じた。


 公王陛下を含めたアスリン以外のリスナーたちは、初めて耳にする楽器の調べと念話を使った彩葉の竜の歌に驚きを隠せてない様子だ。ともあれ、この場にいる誰もが感動してくれたようで、総立ちで拍手を送ってくれている。


 リスナーと言っても、この場の席にいる人たちは、リチャード・レンスター公王陛下、フローラ王妃、それからまだ幼いメアリー公女殿下を始めとした、総勢三十名ほどの貴人たちばかりなので、学園祭のステージと比較できないほど緊張した。





「風のアトカから話は聞いていたが、まさかこれほどまでの演奏だとは思わなかったぞ? 皆の者、この素晴らしい旅の詩吟たちに今一度盛大なる拍手を!」


 公王陛下も大満足してくれたようで、ミニライブを聴いてくれた貴人たちにボクたちに対する拍手を促した。


「やったな、彩葉、幸村! 彩葉の模擬戦に続いてライブの方も大成功だっ!」


「結構緊張したけど、最高のステージになったな!」


 嬉しそうなハルにボクも頷く。


「うんっ! 二人のおかげよ!」


 彩葉もとても嬉しそうだ。何だかヒラヒラとドレスのスカートの後ろが揺れているのは、尻尾でも揺れているのだろうか。模擬戦の時もそうだったけど、感情が尻尾に現れるのかもしれない。直接聞くとまた怒られそうだから、これは後でハルから訊いてもらおう。


「皆様方、素敵な音楽をありがとうございました。それでは、どうぞ元のお席の方へお戻りください」


 まだ拍手が鳴り止まない中、給仕の男性がステージから降りようとするボクたちを迎えに来てくれた。ハルは彩葉の手を取ってエスコートするようにステージを降りる。ボクがそれを羨ましそうに見つめていると絶妙なタイミングでアスリンが声を掛けてきてくれた。


「ユッキー、ぐっじょぶ! 凄く良かったよー」


 アスリンがボクにハイタッチを求めてきたので、ボクは喜んでそれに応えた。間違いなくこの子は天使だ。


「サンキュー、アスリン!」


 ステージを降りると堅牢のロレンスが彩葉を迎えに来た。公王陛下の従士となった彩葉は、すでにアスリンと同じ背中に翼を広げた竜の紋章が刺繍されたケープを羽織っている。彩葉に用意された席は、レンスター家が集まる席である上座の位置だ。結果的に、本日の主役になったのだから当然だろう。


「じゃ、彩葉。また後でな。すぐ寝ちまうんだからワインは気をつけろよ?」


「わかってる。また後でね、ハル」


 ハルと彩葉は、互いに小さく手を振ってそれぞれの席へと向かった。彩葉が上座のテーブルへ向かう一方、ハルは宮廷魔術師の長である導師や宮廷魔術師がいる席へと招かれて行った。


「ねぇ、アスリン。ハルは宮廷魔術師にでも誘われているのかな?」


「さぁ? どうなのかしら? それより早く席に戻ってまた一緒に飲もう? 明日は、もうこうして一緒にワイン飲めるかわからないんだし」


「そうだね……って不吉なこと言わないでくれませんかね、アスリンさん」


 笑顔で何て重いことを言うんだ、この子は……。ほんのり頬が赤くなっているところを見ると、もうアルコールが回っているのかもしれない。アスリンの命が狙われていることは間違いないのだろうけど、ボクが絶対にそんなことはさせない。あってたまるものか。





 ボクとアスリンが指定されたロングテーブルへ戻ると、王城の宴席というだけあって贅沢な肉料理が運ばれてくる。レンスターの食文化は西洋に近い感じで、口に合わない食べ物がないことが本当に助かる。


 ボクたちが席へ着くと、盃を交わそうとする貴族や騎士たちが入れ替わるようにやって来るようになった。音楽のことや出身などを訊かれ、適当に合わせる社交的な話は本当につまらない。


 それに、注がれるワインの量が増えてくると、一昨日に経験した二日酔いのことが思い出されて怖くなる。隣の席がアスリンじゃなければ心が折れていたかもしれない。


「君はたしかユッキー君と言ったね? 私はジョナサン・ダスター。見ての通りレンスターの騎士を務めている。どうだろう? もし良ければ黒鋼のカトリのように私の従士になる気はないかね?」


 また新たに盃を交わした中年の騎士が、突然ボクを従士として取り立てたいと申し出てきた。


「え? ボクが……ですか? ボクはハロルドみたいに呪法も使えませんし彩葉のような剣術もできませんよ?」


「なに、気にすることはない。私の私室で君が楽器を演奏するだけで十分だ」


 それだけで彩葉と同じ従士の地位が得られるならばと考えていると、アスリンがボクにだけ伝わるように伝達の精霊術を使ってきた。


『ユッキー、ダスター卿は可愛らしい顔した少年を従士として雇うのだけれど、彼の恋愛対象は若い男性よ。私室で演奏なんて、そういうことだから注意してね』


 ボクは愕然としてアスリンを見つめた。


「マジで?!」


「マジよ」


 アスリンは即答だった。彼女の目は本気だ。


 ゲイとかキモいな、このオッサン……。


 ダスター卿はボクとアスリンのやり取りを不思議そうに見ていた。


「申し訳ありません、ダスター卿。やはりボクには従士という地位は少し荷が重いです」


「心配いらぬ。すぐに慣れるだろうし私への気遣いも不要だぞ?」


 マジか?! しつこいぞ、このゲイめ!


「ダスター卿、ユッキー君はまだ長旅の疲れが残っているようだ。その辺りにしてはどうかね? 黒鋼のカトリが陛下の従士になられたのだから、この先も暫くレンスターに滞在するだろうし、しつこいと嫌われてしまいますぞ?」


 近くでボクたちの会話を聞いていたバッセル卿が助け船を出してくれた。


「それもそうだな。ユッキー君、急かしてすまなかった。だが気が変わったらまたいつでも声をかけてくれたまえ」


 ダスター卿はバッセル卿の介入のおかげで、片手を上げてボクに挨拶をしてから別の席へと向かった。ベッドの隣にダスター卿がいる姿を想像するだけで鳥肌モノだ。


「槍術の腕に関しては、模擬戦に参加したハイマン卿の師という実力の持ち主だ。それに根もいい奴なのだが、性癖の趣向が余り好ましくないのが彼の欠点でな……。気を悪くしないでくれ、ユッキー君」


「は、はぁ……。でも、ありがとうございました」


「礼には及ばぬよ。せっかく陛下が用意して下さった宴だ。今夜は存分に楽しんでください」


 バッセル卿はとても紳士でいい人だ。騎士道とかよくわからないけれど、そういう筋をしっかり通す人なのだとボクは思う。


「アスリンもありがとうな。アスリンがそっと伝言してくれなければ、ボクはきっと今夜酷い目に遭っていたと思うよ……」


「ユッキーは良く見ると可愛らしい顔つきだから、そういう道も有りなのかなーって一瞬考えちゃったけどね」


 ボクがアスリンに礼を述べると彼女は舌を出しながらボクをからかってきた。


「有りなわけないっしょ?!」


 ボクがアスリンに即答すると彼女は噴き出すように大笑いした。少しムカついたけど彼女の笑顔を見ると何でも許せてしまう。それも彼女の魅力なのだと思う。

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