第10話 もう1人のリリン

 時が止まったかのようにして人々が動かなくなっている校舎を、僕はひたすら走り続ける。隠れられる場所を探してね。


 だけど……目の前からまた化け物みたいな奴が現れた。顔はあるけれど、今度は腕がない!


「ムォォォ……!」


 そして前の奴とは違った奇妙な声を放ってくるし、細いのに体が大きくて、毛が1本もないその化け物は、まるでホラーゲームに出て来る正体不明の化け物みたいだよ。


「退いて!!」


 ただ、1度成功させたからか、今度は簡単に適度なサイズの重力物質を作り出すことが出来た。そして球体にしたそれを、目の前の化け物に放ってぶつけます。


「ムォッ?! ォォォ……」


 武器みたいな形にしなくても貫通しましたね。放り投げる速度にもよるんだろうけれど、これはこれで使えるかな。


「その重力魔法……お姉ちゃんの。やっぱりあなた、お姉ちゃんまで!!」


「わぁっ!! いつの間に?!」


 すると、僕の横から屋上に居たリリンの声が聞こえてきます。慌てて横を見ると、その子は僕と並行しながら飛んできていました。


 翼がないのに飛べるなんて、それはズルい!! 空を飛べるのは卑怯ですよ!


「許せない……天誅!!」


「うわぁっ!!」


 そして、その子はまた手を白く光らせると、僕に向かって手刀を放ってくる。もちろんそんなの真っ二つになるだけなんで、慌てて前方にダイブですよ。

 その後自分の周りを無重力にして、床に転倒するのだけは避けます。そして体勢を立て直して着地です。


 ただ、後ろの壁は真っ二つだね。威力が凄すぎる。


「クラスタ・ルミナス!」


 だけどその後、その子は光らせた手から、光で出来た砲弾を僕に向かって放ってくる。


 ヤバい……これは当たる! 範囲が広すぎる!


「うわぁぁぁああっ!!」


 光なのに爆発を受けたような衝撃に、僕は全身が痛み、そして思い切り吹き飛ばされて、廊下の壁にぶつかりました。


 痛い……けど、まだ立てる。逃げないと!


「あれ? 生意気だね。障壁なんて張ってるとは思わなかった。それなら、それごと破壊すれば! ルミナス・オルナ!」


「くっ……グラビティ・マター……」


 走る僕の背後から、またその子が光る手から攻撃をしてくる。でも今度は、その手から光の柱を生み出して剣みたいな形にすると、それを僕に向かって振り下ろしてくる。


 ただ、それを見て重力魔法を放とうとした僕の頭の中に、変な映像が流れてきた。


 黒い剣……これ、重力魔法で作った物質で作れそう。あんまり大きな剣じゃないけれど、重量感はありそうだから受け止められるかも。


 だから僕は、手のひらに可能な限り大きな重力物質を作り、頭に流れてきた剣をイメージする。すると、ちゃんとイメージ通りの剣が出来ました。

 しかも映像と同時に、その剣の名前らしきものも聞こえてきた。これなら!


「≪ブルドガング≫!!」


 僕はそう叫ぶと、横から振り抜いてくるその子の光の剣を、重力物質で作ったその剣で受け止めます。だけど……。


「えっ……!!」


「甘いよ……お姉ちゃんの魔法。しっかりと使えないなら奪うな!!」


「!!!!」


 折れた……黒い剣が真ん中から真っ二つに折れた……。


 そして僕は、相手の攻撃をモロに受けてしまい、思い切り体を

縦に斬られてしまいました。

 障壁があったから真っ二つにはならなかったけれど、大量の血が……。


「あっ……ぐぅ!!」


 そして、そのまま斬られた衝撃で僕は後ろに倒れ込むけれど、どうやら後ろは教室だったらしく、思い切り扉にもたれかかってしまって、扉が外れてしまいました。そして、そこはよりにもよって……。


「はぁ、はぁ……えっ? この教室……」


 僕のクラスの教室でした。


 大輔と花音、そして心忍のいる教室……いつもの教室。


 僕はこのまま死ぬの? 痛みはないけれど、体が動かない。そして全身が熱い……。

 なんでこんな時に限って、もう1人の僕アンナは出て来ないの? なにか条件でもあるの? なんでも良いから出て来てよ。このままじゃ君も死ぬんだよ?


 僕が僕じゃなくなる感覚を持たないと駄目なの? そんなのとっくにしている……なんで? なんで出て来ないの……。


「……お姉ちゃん……? あぁ、そういう事」


「えっ?」


 なに? もう1人のリリンがなにかを見つけたのか、そう呟いた後にある席を見ている。でも、そこは僕の席だよ。なんでそこを……えっ?


「なんで? なんでそこに居るの……」


 どういう事……その席は空席のはず。違う……空席にした。いや、なにを言ってるんだ僕は……。


 でも、それだけ混乱しているんだ。


 だってそこには――


「なんで僕が座っているんですか!!!!」


 ――間違いなくいつもの制服を着た僕が座っていた。

 しかも花音と大輔、そして心忍となにか話している。もちろん時が止まったように固定されてるけどね。


 だけど表情が違う。いつもの自信のない僕の表情じゃない。自信に満ちあふれたあの表情は……もう1人の僕、アンナだ。


「そういう事か……良く似てると思ったら、あなたとお姉ちゃんは同位体だったのね。ただ、何かの拍子であなたとリンクしちゃった……そんな所か」


 なに、どういう事? 同位体……?


「あなたと私のお姉ちゃん、ハデス・アンナは同位体……つまり、ここ平行世界エデン・ワールドのあなたは、ハデス・アンナという人物なのよ」


「…………そんな、それじゃぁここって……」


「そう、平行世界よ。それもあなたの世界と殆ど重なっているような状態の近接した世界。非常に脆くて危うい世界ね。だから、時たまこうしてあなたの世界と繋がる時がある。それがこの場所なの」


 なんだか一気に色々な事が……つまり僕は、どういうわけかこっちの世界の僕と、向こうの世界の方で一緒になっていた。それで無理が生じたのか、アンナじゃなくて僕の方がこっちの世界に飛ばされた。


 入れ替わったみたいな感じになっちゃったんだ!


「……とにかく、事情は分かったわ。斬ったりしてごめんなさい」


 そう言うと、その子は僕に手を当ててからその手を光らせてくる。また攻撃される……と思ったけれど、僕の怪我が一瞬で治った。しかも体力まで……。


「立てる?」


「あっ、うっ……」


 そのあとその子は、僕の手を取り立ち上がらせようとしてくるけれど、僕はさっきまでの戦闘の恐怖からか、完全に腰が抜けた状態になってしまっていました。

 だって、殺されるかも知れなかったんだよ。本当に恐かった……あんな恐怖、2度としたくないよ。


「しょうがないわねぇ……はい」


「うわっ! えっ? 腰が……!」


「同位体のお姉ちゃんとは思えないくらい、弱々しい子ね」


「悪かったね……」


 平和な日本で生きていたからね。こんな化け物が闊歩する世界、誰だって恐怖して動けなくなるって。


「とにかく、ここは危険だから離れるわよ」


「えっ……でも」


「その内この空間は消滅するの。元の世界に戻りたくても、残念ながらその方法はないの。諦めなさい」


 嘘……元の世界に戻れないの? 僕、もう2度と皆と会えないの? 嘘でしょう? ねぇ、嘘だって言ってよ。


「そんな……そんなの。嘘だって……」


『繋がった』


「うわぁ!!」


 ビックリした! 耳元で何か声が聞こえてきたよ!


 リリン? あっ、目の前のこの子が変な方法で話しかけてるの?


「どうしたの? なにを驚いてるの? でも悪いけれど、少し静かにしてくれる?」


 あれ? 首を傾げてる。僕がなんで驚いたのか、本当に分かっていないの?


『聞こえる? 歩美』


「えっ……何これ……もしかして、僕の世界のリリン?」


『そう。あなたが歪みに巻き込まれたと思って、一生懸命そっちの世界に声を送ろうと頑張ってた。でも、かなり不安定になってる。こっちの世界とそっちの世界を繋ぐ空間、その場所が消えようとしているね』


 なんで僕が歪みに落ちたのが分かったか。多分アンナだろうね。

 今僕の世界の方の僕は、アンナになっちゃってるはずだし、こっちの世界の事はよく知っているはず。だから、大輔達にそれを説明したんだと思う。時間は経過しているはずだからね。

 そうなると、そこを経由して僕の両親とか、Dr.Jにも話が行くと思う。そしたらリリンにも……。


「リリン……助けて。この世界からはどうやったら……」


『脱出手段は今のところない。でも……こっちでも探っておくから、あなたもそっちで探って。きっとあるはず、あなたがそっちの世界に行ってしまった理由も、絶対にある。そうじゃないとあり得ない。入れ替わるなんて……』


 そう……だよね。確かに普通はあり得ないんだよね。こっちの世界の人間じゃない人が、突然なんの理由も無しにこっちの世界に来られるわけがない。


 何かある……絶対。


「ほら、急いで! 歪みの化け物が来た!」


 泣くのはまだ先だ……この世界で情報を集めて、元の世界に戻ってやる。100%不可能だって分かってから泣こう。


「ジギャャァァア!!」


 また変わった叫び声だなぁ……そして今度は両足がないですね。代わりに下半身が蛇みたいになっている。そして顔は、そのパーツがバラバラに離れてますね。

 ゲームに出て来る蛇のモンスター、ラミアみたいと思ったけれど、どう見てもそれの劣化板というか、コピーしてみたけれどなんだか違うものが出来た……そんな感じです。


「ルミナス……」


「グラビティ・マター≪ゲイアッサル≫!」


「ジギッ?!」


 今気付いたよ。この世界、凄く魔法が使い易い。ただ単に、僕がアンナと一緒になっていたからかな?

 今度はあっという間に大きな槍が出来たので、頭に浮かんだ言葉を叫んで化け物に投げつけます。


 すると、その化け物の上半身が全て吹き飛び、残りはそのまま地面に倒れて動かなくなりました。


「……ちょっと、なに調子良くなってるの? 戻れなくてショックなんじゃないの?」


「ううん、戻ります。絶対に戻るよ。その為に頑張ってくれる人がいるなら、僕もこっちの世界で頑張ってみるよ」


「そう……まぁ、ピャーピャー泣かれるのも大変だし、私子守出来ないからね~」


「子守って……僕より年下なのに」


「何よ? この姿見て分からない? これでも50歳超えてるわよ」


「えっ?! どう見ても10代前半!」


 見た目中学生っぽいのに、それで50歳以上とかどんな若作りですか!


「あっ……そっか。向こうとは歳の取り方が違ってたんだった」


「えっ?」


 ちょっと待って下さい。平行世界お約束のものですか?!


 だいたい平行世界って、自分の居た世界と殆ど同じなんですけど、その世界によっては色んな事象までもが変わってたりするから、慣れるまでは混乱すると思う。今みたいにね。それこそ頭がついていけないかも……。


「とにかく、こっちではヨボヨボのおじいちゃんみたいな赤ちゃんで、歳を取るにつれて肌に艶が出来ていって年若くなるの」


 50歳で僕達にとっての10代前後なのは、ちょっとどうかと思いますよ。

 でもそれって、結局最後はどうなるの? 本当の赤ちゃんになって、そのまま死ぬの? うわぁ……独特な世界でした。


「私はちょっと歳上に見られちゃうのよね~」


「10代前後で歳上……」


 もうこれ以上は僕の頭がショートしそうなので、僕は校舎の出口に向かうため、フラフラと階段の方に歩いて行く。

 あんまり深く考えない方が良いや。とにかく今は、この世界からの脱出方法を見つけ出さないと。


 そして僕は、この見知らぬ世界でしばらく生活する事になりました。

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