第32話  アイリスと一晩中

あれから1日も経つと、色々と落ち着きを取り戻した。

この街も、オレ自身も。

あれだけ必死になったのに、完全なる空振りという結果は衝撃的すぎた。

すっかり心をへし折られたオレは、一晩中アイリスの献身さに慰めらるのだった。



「タクミ様、気分は落ち着きましたか?」



すぐ側でアイリスの声が聞こえる。

体温が伝わるほどに、顔もかつてない程近い。

まるで吐息がかかるような距離感だ。



彼女に膝枕をされつつ、さらにクルミを給仕されているのだから当然か。

部屋の中にはクルミの殻があちこちに転がっている。

オレのやけ食いの結果こうなってしまった。

掃除をしてくれるイリアが居ない為、散らかり放題だった。



「ああ、落ち着いたぞ。長時間すまなかった」

「お気になさらず! なんなら毎日でもいいんですよ?」

「それは流石にやめておく。この世の果てみたいな人間になっちまいそうだ」



ちなみにオレと再会した夜に、アイリスは例の「いちゃいちゃチケット」の行使を宣言した。

内容はというと、そりゃもう……大声で言えないような要求ばかり。

アレはダメ、これは無理と話しているうちにこの形に収まったのだ。

こうしてまた我が身の貞操は守られた。

特別守りたい訳ではないけども。



「さて、気分も良くなったし……。見回りでもするか」

「わかりました。私もご一緒しますね!」



アイリスは部屋の掃除を手早く済ませ、オレの外出にキッチリ合わせて付いてきた。

本当に良く動く子だと感心させられる。


外の様子はというと、既にいつもの暮らしを取り戻していた。

比較的人が多くて混雑しがちだが、大きな問題は起きていないようだ。

これは意外な事にもシスティアの手腕かもしれない。

何せ仇敵同士であった人間と魔人を同じ空間に住まわせているのだから、本来はもっとギスギスするはずだ。



「タクミさん、おかえりなさいー」



向こうからポテポテと女が歩いてくる。

手や顔をインクで汚したシスティアだった。

お前は室内でもドジッ子全開なのか?



「他の皆さんは? 一緒じゃないんですかー?」

「それはなんつうか。諸事情につきってやつだ」

「はぁ。わかりませんが、わかりました」



オレはシスティアの質問には真面目に取り合わず、街の方に目を向けた。

そこには現実の生活、というものが確かにあった。


荷物を担いで作業小屋に向かう人々。

道端ではしゃぎ回る子供たち。

井戸の回りで雑談に華を咲かせる女性陣。

そこには人間も魔人も隔てがない。



「不思議と上手く行ってるんですよね、流民の方と魔人さんたちってー」

「これが理想形かもしれないな」

「理想って……なんの話ですか?」

「この大陸の、だ」



ここまで場当たり的に突っ走ってきた自覚はある。

今後の計画や目標なんかは一切なく、単純に目の前の問題を片付けてきた。

だが幸運なことに、アシュレリタは大陸のどの都市も辿り着けなかった答えを手にしていた。


これができるのも、今のオレだからだろう。

人間時代のオレでもなく、かつての魔人王でもない。

2つの心が一体化した今だからこそ、見つけ出せた答えかもしれない。



「アイリス、システィア。外征組が戻ったら一大発表をするからな。街の人々へも通知を頼む」

「は……ハイ! わかりました!」

「ヘゥッ?! わわわかりましたー」



2人が不思議なほど慌てている。

『飛び上がらんばかり』とはこういう時に使うんだろうか。



「えへへ、もしかして婚約発表? 私なんかがとうとうお妃様に? エヘー」

「フムフム、私の叙任式でしょう、ウン。これまでの功績を考えれば財政官……内務官というセンも? フム」



彼女たちは謎の独り言を残して去っていった。

何やら盛大な勘違いをしていそうだが大丈夫か?

まぁ、その答え合わせは発表をもって各自やってくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る