第30話 触れてはいけないもの
「アイン将軍、よくもおめおめと戻られましたな」
「全くですな、領地に逃げ帰るかと思いましたぞ。それとも第二王子という立場に甘えるおつもりか?」
謁見の間に哄笑が響き渡る。
半ば罪人のような扱いを受けながら、王や側近共の前に引き立てられた。
非難されてしかるべき戦果だが、この者らに責める資格などない。
まともに槍を握ることすらできない連中に、
戦った者たちを嗤(わら)う権利があるだろうか。
「アインよ。そなたは禁制とされている機鉱兵(きこうへい)を内密に率い、あろうことか大敗し、いたずらに兵を死なせた。相違あるか?」
「違いありません」
「何か申し開きがあれば申せ」
「魔人どもの強さは正(まさ)しく脅威。語り継がれた伝説など霞むほどにございます。何卒『真機兵(しんきへい)』の使用許可をいただきたく……」
「なっ! 気は確かか!」
私を嘲(あざけ)る周囲の声も非難の色を帯びはじめた。
青ざめるもの、身を震わせるもの、反応は様々だが考えている事は同じだろう。
『この世界を破滅させるつもりか』と。
「私は至って冷静です。機鉱兵ですら太刀打ちできない化物どもを相手に、手段を選んでなどいられません」
「ならぬ、あれに触れてはならぬのだ! 『神鉱石(しんこうせき)』を再び世に放つことは許されぬ!」
「上手くやってみせますよ、私ならね。このままでは人間に未来はありません。魔人どもに滅ぼされるのを待つか、危険を犯しつつ敵を駆逐するかを選ばねばなりません」
「和解を、和睦(わぼく)の道があるではないか!」
「和睦ですか。やはり父は老いたのですね」
私が合図するなり謁見の間を手下の兵が大挙して押し寄せた。
警備の兵など相手にならない、選りすぐりの精兵だ。
一歩一歩踏みしめるように父のに歩みより、玉座から引きずり降ろした。
「アイン将軍、狂われたか!」
「謀反(むほん)だ! アイン王子の謀反だぞ!」
「だまれ。口先だけで戦ができるか!」
「何ですと?!」
「父上、居室で休まれるが良い。全てが終わった頃に王権は返上いたしましょう」
「……愚かな。育て方を誤ったか」
「衛兵、父上をお連れしろ」
観念したのか、抵抗もなく連れられていった。
そして真新しい王として私が着座する。
人間の頂点として君臨することは、格別に気分が良い。
ーー他の者共はどうしてやろうか?
ねめつけるように一同に目線を送ると、重臣だった者たちは例外なく震え始めた。
先刻の威勢はどこへいったのやら。
極力感情を圧し殺して言葉を放った。
「貴様らは謹慎していろ。沙汰(さた)は追って通達する」
「アイン将軍、このような事は神がお許しになるはずが……」
「将軍ではない。王、だ」
私が指で自分の首を叩くと、配下の兵がその男の首を斬り落とした。
これで良い、王とは強くなくてはならない。
他を圧倒する絶対者であるべきなのだ。
「軍を再編する。王都ミレイアの兵はすべて私の指揮下とする! 真機兵の準備も急げ!」
私の命令で皆が一斉に動き出した。
邪魔者たちも縛られて移送されていく。
私を侮(あなど)っていた者たちを一人残らず片付けられた。
権力とはなんと甘美な味がするのだろうか。
さあ、魔人王よ。
貴様が偉そうに見下ろす世界はどんな色をしている?
その醜く尊大な眼で、今何を映している?
ふんぞり返っていられるのも今のうちだ。
地を這いずる苦痛を思い知らせてやる。
ーーーーーーーーーー
ーーーーー
「よし、これでルートは完成したな」
「タクミ様、もう少し溝を浅くしてみては?」
「フッフッフ、アイリス君。この程度のものであれば何ら障害にもならんのだよ」
「失礼しました、不勉強でした!」
「陛下、目標値点にエサを配置しました」
「よろしい。ではアイリス君、イリア君、成り行きを見守ろうか」
アシュレリタ郊外にある空き地で、三人揃って屈みながら足元を眺めていた。
これから始まる観察に皆が胸を踊らせている事だろう。
巣から出てきたアリさんが早くも何かに気づいたようだ。
小さな頭がエサの方に向けられ、チマチマ進みだした。
だが目の前には大きな溝が!
彼は避けるのか、それとも越えるのか。
さぁどうする? 一体どうする!?
越えたぁー!
急な傾斜をものともせず突き進んだー!
さすがアリさん、強い、賢い、かわいい!
「……なにやってんの? 揃いも揃って地面を凝視して」
「何って、アリさん見てんだよ。お前も入るか?」
「遠慮しとく。あとタクミ、ドンガさんが呼んでたわ」
「わかった、日暮れになってから向かう」
「早く行くわよ、ホラ」
は、離せぇ!
オレの至福の時間の邪魔するなぁー!
ああぁぁー……。
こうしてオレはドンガの研究室へ拉致(らち)されていった。
初めてここで会った時に、ジジイがガレキに埋もれてた場所だ。
そこは地下室だからか、中は意外と損傷がなかったらしい。
少し整備をした後に研究を開始していた。
その研究室で数々の図面に埋もれながら、ドンガはオレを待ち受けていた。
「おぉ、ご足労すまんな。ちと相談したいことがあってのう」
「手短にな。オレは観察があって忙しい」
「そうかそうか、では早速。用件というのはこれじゃ」
そう言ってパンパンに膨らんだ麻袋から大量の石を取りだし、机の上に広げた。
灰色のこ汚い石にしか見えない。
なぜ呼び出してまでこれを見せたのか。
「これはの、使いきってしまった魔緑石(まりょくせき)じゃ。捨てるのか、魔力を封じて再利用するか決めてくれ」
「あー、そういや考えてなかったな。もうこんなに使ったのか?」
「風呂がな、相当の熱を使うんじゃよ。食堂の方は誤差レベルの力しか使っとらん」
「そっか。風呂は譲れん。石を探すのは面倒だから再利用しよう」
「力の再封入が出来るのは、飛び抜けて魔力の強いものだけじゃ。お前さんとリョーガの小僧くらいじゃろう」
「マジかよ。レイラやイリアはどうだ?」
「あの嬢ちゃんたちでは足りんのう。それと言っておくが、イリアの魔力量はワシらと大差ないぞ」
そうなのか。
イリアは規格外の存在だと思っていたが、常にそうとは限らないらしい。
それにしてもこの量の石に対処すんのかよ。
めんどくせぇなぁ。
よし、リョーガさん頑張ってくださいね!
「なぁ、こんなに早く力が無くなるなんて不便だぞ。もっと強力な石は無いのか?」
「無くはない。だが、ワシらはそれを持っとらんし、自然発生もせん」
「なんだそれ。誰かが作ったもの……だったりするか?」
「ご明察。愚かしい人間が生み出したものじゃ。精製するのに世界の力をねじ曲げるという、馬鹿げた発明じゃよ。詳細はワシも知らんがの」
世界をねじ曲げるほどのもの、ねぇ。
人間の探求心の業の深さよ。
ドンガにとってどんな因縁があるのか、目に見えて機嫌が悪くなった。
「六体目の鋼鉄兵……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、独り言じゃ。忘れてくれ」
ドンガは誤魔化すように、大きな音を立てながら石を袋にしまい始めた。
その俯(うつむ)いた顔に宿る感情を読み解くことは出来そうになかった。
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