第22話  完璧なメイド

イリヤという名の魔人の女との出会いは突然だった。

見た目はまぁ、好きなやつは好きだろうな。

細身の長身で、長い髪に笑顔を貼り付けている、と評するのが適切だ。

性能はというと、マジでヤバイ。

悪い方の意味で。



あれは先日の事。

いつものように腰に大きなダメージを負ったオレは、周りで寝入っている女たちを跨いで外へ出た。

こう聞くと卑猥かもしれんが、オレが寝ているところに勝手にワラワラ集まってくるんだ。

だからオレはノット・ギルティ。


んで、外に出ると一人の赤髪の女が膝を着いてオレの事を待ってんの。

いつからそこに居たのかは知らないけどさ。

恭しく頭を下げながら、こんな事を言ったんだ。


「御身の回りのお世話をさせていただきます、イリアと申します。何なりとお申し付け下さいませ」



ほぅ、君は今何でもやると言ったかね。

ワシちっとばかり魂が歪んでおってな。

今の言葉、絶対に後悔させてやるぜぇー!


こうしてオレは『街の建設』と『イリアにNoを言わせること』に勤しむこととなった。



「イリア、飯だ」

「はい、ただ今」

「欠片もこぼさずに食べさせろ」

「承りました」


楽々クリアだった。

まぁ序の口だ。



「イリア、昼寝だ」

「はい、ただ今」

「疲れてるから、誰も通すなよ」

「承りました」



これも余裕でクリア。

マジで誰も通さなかった。

こいつはプロか?


じゃあ、次のはどうだ?

女の身で耐えられるかな、グヘヘヘ。

この時のオレは『勝ち』を確信していた。

顔を歪めて「すいません、それはちょっと」と言われる未来まで描けていたんだが。



「イリア、オレを抱き締めろ」

「はい、ただ今」



フワリと包み込むように優しく、そしてしっかりと抱き締められたんだが。

この野郎、強情なヤツめ。



「そうじゃない、発情期のメス犬のようにだ」

「承りました」



え、嘘だろ。

吐息とか指先とか腰付きとかがもう絡み付いてきて、うわぁぁー!

イヤァ! やめてください!



「なぁ、なんで嫌がらないんだ?」

「あなた様へ敬愛の情以外に、何を抱けというのでしょうか」



ナシ! ナシ!

これ系は無しっ!

どんな要求でもきっと応えるはずだ、オレの純真が汚されてしまう。

いま『これだから童貞は』って言ったヤツは誰だ?

星を7周半するまで吹っ飛ばしてやる。



それからもイリアの快進撃は続く。

泣き言どころか不満な声ひとつ洩らさずに。


「道の小石が邪魔だ。全て退けろ」

「はい、ただ今」


「あの小高い丘が気に食わない。平たくしろ」

「はい、ただ今」


「雨が降ってきた。止めろ」

「はい、ただ今」



変わらない返事を残して、超高速で小石を片づけ、正拳突きで丘を一撃粉砕した後に地を均し、祭壇を手早く作っては祈りを捧げて、終いには雨を止めた。


何なんだよコイツ、一個くらいミスしろ!

歯磨き感覚で地形変えんな、雨止めんなよ!

何がおっかねぇって、その表情だ。

眉ひとつ動かさないで、数々の難題をやってのけた。

まるで紅茶でもすすってるかの様な涼しげな顔で。


そして、そんなヤツがべったり側に居る。

何故だろうか、落ち着かない。

なんとかしてコイツを遠ざけたいが、何か良い手は無いだろうか……。



「イリア、ここに居る人数分の寝具を用意しろ」

「はい、ただ今」

「しばらくはその作業に専念しろ。その間、身の回りの事は別の者に任せる」

「承りました」



よし、大成功!

草を干す作業があるからな、すぐに終わらない仕事だぞ!

現状の不便も解決するし、一石二鳥ってヤツだ。



その後腹が減った頃に、アイリスに食事の用意を頼んだらメチャクチャ喜んでたな。

跳び跳ねるようにしてトンボを捕まえに行き、30匹くらいワッサワッサとってきた。

満面の笑顔に泥を付けて。


あー、これだよ。

この感じがいいんだよ。

なんか一個くらいミスってるのが丁度良い。



「タクミ様、大猟です! こんなに捕れちゃいました!」

「お、やるじゃん。いい子いい子ー」

「ひぅっ! あぁ……たまんねぇですコレ。本当にたまんねぇですよ」



笑顔ってのは、真顔やら泣き顔があってこそだよな。

表情がコロコロ変わるコイツを見てると、確信めいたものを感じる。



「ところでアイリス、あのイリアって女は何者だ?」

「武芸百般、一所懸命。代々魔人王様のお付きの役目を任された一族の方ですよ。イリア姉様は特に優れた人物だと聞いています」

「優れてるなんてもんじゃねぇぞ。ありゃ化け物か何かだ」

「姉様は凄いですよねぇ、本当に憧れますよ」



うっとりしながらアイリスは語った。

おい、そっちに行こうとするな。



「いや、やめてくれ。お前は今のままがいい」

「本当ですか? 本当ですか?!」

「そうだとも。だからあんなヤツを目指すんじゃない、いい子いい子ー」

「あぅっ、わかりました。ひぅっ、今までのようにお仕えします。あぁ、たまんねぇですわ」


あんなのが側に二人も居たら堪ったもんじゃない。

オレの平穏のためにも頼むよ、マジで。

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