第12話  交渉下手の会話

「ハッハッハ! ノコノコと間抜けヅラを引っさげてやってきおって。レイラ嬢ならば先ほど父君に引き渡したわ」



翌日、オレたちは呼び出された場所に向かった。

今居るのは謁見の間だが、地方領主とは思えない程ご立派なものだ。

屈強な兵士たちを左右に従えながら、小太りの領主が引きつった笑い声をあげている。

そのセリフは昨日のうちに言いたかったよな?

丸一日放置して悪かった。


今朝に女神から声かけられてからやってきたからな。

ちなみに今日の女神のギフトは『これで安心、脳内メモ帳☆ うっかりさんの為のタスク管理』なんてもん寄越してきた。

はっ倒すぞ。



「居ないなら別にいい。地図の一枚もくれたら有難いが」

「そうだろうそうだろう、貴様はあのご令嬢と二度と会う事は叶わぬ……え?」

「いや、地図くれ。レイラの事はどうでも」



何か気まずい空気が辺りを支配した。

互いに「え?」「え?」の応酬だ。



「タクミ様、この醜いニンゲンは悔しがって欲しいのでは?」

「悔しい? 何に対してだ?」

「クソッ!まさか罠だったとは……レイラを返せ! とかじゃないですかね」

「くそぉーワナだったんかーい。ちくしょーウソつきぃー」

「この状況下で煽る心を忘れないだなんて、タクミ様は最高です!」



小太りおっさん領主が椅子をグラつかせる程に、怒りで震え始めた。

その振動に呼応してアゴ肉がプルプル踊り出す。

あ、それやめて笑っちゃう。

アゴ肉ってオレのツボになってんだよ。



「ふざけた男だ……、まぁ良い。衛兵、そのこ汚いガキを連れて行け」

「ハッ! 承知致しました」



アイリスへと無造作に伸ばされる兵士の腕。

オレはそれを横から掴んで、ドアノブを捻る要領でクルッと回した。

すると男はキレイに3回転半の宙返りをした後、地面に倒れた。

悪い、加減を間違えたな。

関節増やしちゃってごめんよ。

それを見た周りの兵士が抜刀し、オレたちをグルリと囲み始める。



「貴様、歯向かうのか!」

「歯向かうも何も、なんのつもりだ。お前らこそ笑えない冗談はやめろ」



にらみ合いを続けていると、小太りが尊大な声を投げかけた。



「拒否権があるとでも思うのか? 令嬢の誘拐犯であり、魔人を匿う反逆者の貴様は縄を打たれる。今では希少な魔人のガキは首を打たれて中央に献上する。これはもう決定した事なのだ」

「随分と一方的な話だな。お前交渉事が下手だろ」

「なんとでもホザくがいい。結末は変わらんのだからな」



確かに状況はあまり良くないだろう。

何十もの剣や槍の先がオレたちを囲み、逃げ場が見当たらない。

アイリスまで守りきろうとしたら、厳しいかもしれない。



「アイリス、とりあえず逃げるぞ」

「わかりました。足手まといにならないように注意します」



言い終わるのを待たずに、出口側を固めていた兵の一団に向けて風魔法を浴びせた。

横一文字に吹き付ける暴風が、重装備な兵士を余す事なく吹き飛ばす。

あと妙に高そうな壺や絨毯もついでに。



そうして血路を開いたオレたちは謁見の間を飛び出した。

無傷の兵やコブトリがそれに続いてくる。


いくつもの扉を抜けて中庭に出ると、目の前には数え切れない兵士が待ち構えていた。

大きな盾を一列に並べて、その隙間には槍を構えた兵士と魔術師が多数見える。

後ろから迫るコブトリ達との挟み撃ちに追い込まれてしまった。



「殺してしまって構わん、魔法放て!」



その号令で魔術師たちが一斉に火魔法を唱えた。

数々の炎の渦がオレたちに迫り来る。

だが、『危機感』を抱く前に『既視感』を覚えた。

こんな事、前にもあったような。




いや……、確かに『それ』はあったぞ。




 ◆


ーーお前も殺されるぞ。間違いなくな。


  な、何を言っているんだ。どうしてオレが殺されなくちゃならないんだ。


ーーまだわからないのか。そこまでの力を持ったお前を、人間や女神が認める訳ないだろう。


  そんハズはない。この期に及んでデタラメを言うな!


ーーじゃあこの見計らったかのような砲撃はなんだ。この大火、お前ごと殺すつもりじゃないか。


  いや、しかし……。




周りは確かに火の海で、全てを飲み込もうとしていた。

普通に考えたら助からないだろう。




ーーこのまま殺されたんじゃ奴らの思う壺だ。この戦いは壮大な喜劇として、永遠に記録に残るだろうな。


  じゃあどうしろって言うんだ! もう打つ手なんかないだろうが!


ーーオレに考えがある。うまくいけば人間だけじゃなく、女神すら騙して転生できるだろう。




相手の提案にだいぶ迷ったが、結局呑んだんだった。

誰かの罠に嵌まって死にっ放しなんて嫌だからな。




  ……わかった。お前の案に乗ろう。


ーーオレの力をやるから、魔人族を頼んだぞ。ついでに数々の魔人の知識と、オレの性癖もくれてやる。


  最後のはいらん、どうやるんだ?


 ◆




そうだった。

オレには『記憶の男』の力が宿っているのだ。

迫る炎に向けて両手を突き出して、大いに叫んだ。

これから始まる初陣を祝って。



「穿て 炎龍!」



放たれたのは巨大な龍をかたどった炎で、瞬く間に目の前の兵士を飲み込んで、灰にしてしまった。

炎龍はその場に留まる事はなく、館の壁を吹き飛ばし、遠くの山の地形を変えて、彼方へと一直線に飛んで行った。

この技は使いどころを間違えると危ないな、意図しない結果になりそうだ。



そうやってできた穴を抜けて、オレたちは危機を脱したのだった。

館は絶賛炎上中だったおかげで追っ手が来る事もなく、割とゆったりしながらの離脱だ。


ひとまず森の中へ入り、そこに腰を落ち着ける事にした。

切り株に座って休んでいると、アイリスが突然飛びついてきた。


……嗚咽を漏らしながら。


どうやらいつもの暴走の様に、じゃれついて来た訳じゃ無さそうだ。



「魔人王様です! 何度も何度も聞かされ続けたあの御技! もしやとは思っていましたが、やはりあなた様は魔人王様でした!」

「……魔人王のものなのか。この力は」

「お待ちしておりました、何代も、何代も、あなた様の再臨を! ニンゲンに滅ぼされようとする日々に、屈辱に耐えながらただじっと、この日を待ち続けておりました!」

「魔人王、か」



オレの胸で泣き続けるアイリス、気が済むまで泣くといい。

弾圧され続ける毎日に、神輿が戻ってきたのは嬉しい事だろう。



そして、オレの記憶にも変化が訪れた。

いくつものパズルがはまっていくような、導線が繋がっていくような不思議な感覚だ。

これは魔人の知識とやらか、それともオレの失った記憶群なのか。



オレは……



オレは……!




オレは、病的な太ももフェチだ。



この話題を持ち出すと『細くてスラッとした足が好きなんだろう』などと言われる事があるが、勘違いも甚だしい。

ほどほどに肉付きをしたもっちりとした質感と、柔らかな曲線が重要なのだ。

断じて細い足が至高で無い事を念頭に置いて聞いて欲しいものだ。


膝枕について勘違いが蔓延しているのも不満である。

なぜ膝を折りたたんで迎え入れるのか、理解に苦しむ。

それでは折角の柔らかさが半減してしまい、魅力も大いに下がる。

足を伸ばせと! なぜそれに気づかないのか!





って、オイイィーー!

なんだこの記憶は! あの野郎が言ってた性癖ってヤツなのか?!

有用な情報を思い出す前にフェチズムが浮かぶって、どんだけ固執してたんだ!

これは断じてオレの記憶じゃない、魔人王のしょうもない劣情だ。

はい、オレ悪くねえぞ。



しばらく森で休んでいると、懐かしい顔と再会した。

レイラだ。

なんかちょっとスス塗れの。

父親に連れ戻されかけた途中で爆発騒ぎがあって、どさくさに紛れて逃げ出したんだとか。

へ……へぇー、それは災難でしたね。



「もうほんと驚いたぁー。いきなりよ、いきなり! あの爆発が直撃してたらと思うとゾッとするわ」

「そ、そうか。物騒な世の中だな。オレたちも気をつけるか」



こうして3人組の旅が再開される事となった。

マジであの力を奮う時は気を付けよう。

オレは固く心に誓いを立てた。

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