第3話 真剣なときほど笑っちゃう
翌日。
例の女は当然のように泊まっていった。ちなみに魔術師で、レイラって名前らしい。
クソどうでもいいな。
陽が高く昇った頃、オレはようやく起き上がり遅めの朝食を摂り始めた。レイラはその間水浴びに行ってくるらしい。『のぞくな』と釘を刺されたが、頼まれたってやるかっつの。
水で口を湿らせながらパンをかじっていると、どこからか光の粒のようなものが降ってきた。フワリフワリと宙を舞い、オレの目の前で一瞬輝いて消えた。
突然の事に驚いていると、頭の中で文字が浮かんでくる感覚に襲われた。
『よう、生意気な転生者。生まれ変わった気分はどう? 美女神様からのチート技能だよ。新しい方が気に入ったら付け替えな』
この口調はきっと昨日の女神だろうな。挑発的な言葉が軽くムカつく。理屈はサッパリだが、これはヤツからのメッセージなんだろう。
そのメッセージに続いて、2つのスキルが脳内に浮かび上がる。
1つ目は転生前に聞いていた魔法属性に関するものだ。今現在割り振られているものだろう。
もうひとつが新しく届けられたスキルのようで、物理攻撃に関するものだった。
詳細まで目を通すとこのとおりだ。
【装備中!】全属性補正・極大
すべての攻撃魔法に大きなダメージ補正がつく。
・剣術スキルーー剣聖
片手剣装備時に大きなダメージ補正がつく。剣技能による特殊技が使えるようになる。
☆女神様の一口メモ☆
キミには世界を救う使命があるゾ。スキルは慎重に選ぼう!
果てしなくウザい。特にメモが。
面倒だから最初の能力のままにしておいた。どこかからか舌打ちが聞こえた気がするが、気のせいだろう。
ドアがキィと開く。髪を濡らしたレイラが入ってきた。どことなく不機嫌だ。
「ただいま、本当にのぞきに来なかったのね」
「たりめーだ。それ何の得があるんだよ」
「タクミは18歳なんでしょ? その年頃の男子ってこう、女の子の事で頭が一杯になるんじゃないの?!」
「さぁな。人は人、オレはオレだ」
「さすがにここまで相手にされないと、プライドが大ダメージ受けるわね……」
『一般的な年頃の男』の事を持ち出されても困る。
何せ自分は記憶の大半を失った、魂の漂流者なのだから。
元々こんな人間だったのかどうかさえわからない。まるで世界から自分だけ切り離されたような、不思議な孤独感を感じていた。
「で、陽も昇ったわけだ。もうこの家に居る理由はないよな。じゃ、帰れ」
「……ふもとの街まで送っていってよ。お礼もできるから」
「いやだ、ダルい、めんどい、死ね。オレに構わないでくれ」
「食料とか、足りてないんでしょ? お父様ならきっと力になってくれるわ。ていうか、いま死ねって言った?」
「食いもんか……、確かにあると嬉しいな」
「死ねって言ったよね?」
「ほんっとに面倒だが、近いもんな。見物がてらに送ってってやる」
「ねぇってば」
紳士なオレはレイラの安全を考え、快く街まで送る事にした。どうやらこの女は富豪の娘らしく、そこそこ裕福な暮らしをしているらしい。
そんなヤツがあんなボロ家で夜を明かすなんて、物好きなんてレベルじゃねえぞ。
山道を二人で下っていく。
整備されていないケモノ道を進み、ゴツゴツした岩場を越えると、すぐにたどり着いた。
送る必要の無いくらいの近距離だった。まぁ、ここまで来たらブツクサ言うのはやめよう。とっととコイツん家行ってお別れしなくては。
街はというと、目立ったものは見当たらない、ボツ個性な場所だった。
くたびれてくすんだ色の石畳、多くも少なくも無い家屋、街を囲む防壁に、遠目に見える領主館。
そして、領主館の近くに大きな建物が見える。レイラはそれを指差して言った。
「あそこ。あの大きな家が私の家よ」
「へぇ、ずいぶん立派じゃないか。じゃあとっとと送るぞ、お前とはそこでお終いだ」
「う、うん。あのさ、せっかく近くに住んでるんだし、お友達になろう?」
「はい、前向きに検討しときマース」
なるとは言ってない。
レイラの家に向かって歩いていると、目的地の方から叫び声が聞こえてきた。何人もの使用人達がこっちを指さしたりしてる。
どうやらこっちに気づいたらしい。それならきっと話は早いだろう。
「大事な娘さんを無事お届けしましたー」なんて言おうとして途中で止めた。
館から武装した集団が押し寄せてきて、オレを囲み始めたからだ。
「お父様、ただいま戻りました。……これは一体どういうことです?」
「レイラ、無事だったか。さ、早くこっちへ!」
「ええ? お父様?!」
レイラが偉そうなオッサンの後ろに追いやられると、何十本もの槍の穂先がオレに狙いを定めた。よく手入れされた武器が太陽の光を反射している。そのうちの一つの光が、オッサンのたるんだアゴ肉に当たってる。
あ、やばい。ちょっとツボに入ってきた。オッサンの顔が真剣なだけに一層面白いんだけど。
「貴様、よくも可愛い娘をさらいおって。死ぬ覚悟はできているだろうな?」
「ちょ、ちょっとお父様! どうしてそうなるんですか!」
「レイラ、もう心配はいらないよ。世の中の危険は全部パパがやっつけてやるからな」
「違うの! その人は迷子になっていた私を助けてくれたんです!」
「ふん! どうだか。こんなみすぼらしい男が悪事を考えんわけがあるか! 金かレイラ自身かが目的だろう!」
「ブフッ。アゴに、アゴに……!」
「貴様ァ! 何がおかしい!」
顔を真っ赤にしてオッサンが吠えた。悪りぃ、そりゃこんなシーンで笑われたら怒るよな。真っ赤な顔の下に槍の形をした光が当たってても。
……当たってても。
あ、やべえ。これ無理なヤツ。
「ブヒャヒャヒャ!」
「っ! 殺せ、今すぐここでだ!」
「ハッ。総員、一斉に突けェ!」
数え切れない槍がオレに向かって突き出された。殺意で満たされた槍はオレを貫いて……なんてことはなく。カキィン、なんて音をさせて皮膚にすら刺さらず止まった。
血は全く出ないし痛みもないんだが、なんだこれ?
刃物が効かない人間なんて居るわけないし。
今装備中のスキルってこんなご利益もあんのか?
「や、槍が効きません!」
「そんな馬鹿な話があるか、もう一度やれ!」
さすがに2回も許すほどオレもお人好しじゃない。囲んでる連中に素早く近づき、顔をビンタしてやった。
そうすると、男が向こう側まで吹っ飛んだ。その時に歯も折れたらしく、白い塊が辺りに転がった。
うわ、やっちまった。さすがにこれは可哀想だ。もっと手加減してやんないと後味が悪すぎる。
唖然としている別の男に攻撃を仕掛けた。今度は鎧の部分。硬いから大怪我しないで済むだろう。
「じゃあちっと痛い想いしてもらうぞー。よいしょっと」
メキャメキャメキャッ!
「ぎぃぃやあぁああ!」
うわぁ、今度は鎧が体にめり込んだぞ。肩のパーツがグニャリとひん曲がって生身の部分に食い込んでる。これもダメなのか。
仕方ないので、オレは手当たり次第に下っ端を掴んで、遠くに投げ飛ばした。
5軒くらい先の家にぶつかり、そこで止まった。ちょうど気絶もしてくれていい感じだ。
「な、なんだこの化け物は!」
「怯むな、かかれぇ!」
一斉にかかってきたけど関係ない。みんなまとめてポイポイ投げてやった。あまり力を入れすぎると屋根の向こうまで飛んでしまう。加減が割と難しい。
50人くらい投げると、残ってるのはオモシロおじさんだけになった。
「わ、ワシに歯向かってタダで済むと思うな」
「そう。お前らが相手なら負けそうにないけど」
「クッ、何なんだ貴様は!」
「オレが誰だろうと、お前には関係ないなっと」
最後の一投はキレイに決まったな。投げ飛ばした兵士達の一番上にポコっと乗せることができた。
さ、無駄足になっちまったな、アホは片付いたし帰るか。
「じゃあな、レイラ。面倒くさいおっさんと面白おかしく生きていけ」
「あ……えっと」
別れてから街の外へ向かった。このままあの家に戻ってもいいんだが、これから報復が待ってるんだろうな。相手を殺すまで終わらない系のやつ。
はぁー、オレは静かに暮らしたいだけなんだが……どうしてこうなったのか。
後ろから誰かの駆け足が聞こえる。振り向くと息を切らしかけたレイラがいた。
「ねえ、どこか別の場所に行くんでしょう? 私も連れて行って」
「なんでだよ、あの屋敷でお嬢様やってろよ」
「さっきの見たでしょ? お父様ってちょっとおかしいの! 私それが本当に嫌で、もうあそこに戻りたくないの」
「ふぅん、あっそ。オレには関係ないが」
「私は本でたくさん勉強したから、世界の街やら歴史に詳しい方よ。だから連れて行った方がお得だと思うの! ねぇ、付いていっていいでしょ?」
「いやだ。帰れ。疫病神。くたばれ」
「ありがとう! これからも……え、いやって言った?」
「言った。くたばれとも」
「ここは新しい仲間が増えるシーンでしょうが! セオリーでしょ?!」
それから何十回も同じ会話があって、結局オレが根負けしてしまった。
さすらいの旅くらい静かに過ごしたかったが、それすらも無理みたいだ。
この時ついた溜め息は、魂の奥底からでてきた気がした。
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