廃墟マニアの人へ。行ったらダメですよ。
歌川裕樹
第1話 廃墟は作るものらしい
あれはまだ、何にでも好奇心があり何でも見に行く蛮勇のある頃だった。
通称お化け団地、実態は放棄されたマンションを見に行こうと誘いを受けた。
車を運転出来る年齢ぎりぎりだったと記憶している。
そうでなければ徒歩で向かい、何も起こらなかったかもしれないからだ。
車で15分。歩けば1時間程度の距離にその廃墟は存在した。
「絶対面白いから見に行こうぜ」
今思えば考えの幼いこと夥しい。
そんな誘いで僕達はすっかり探検者の気分になり、数台の車で現地へと向かった。
夜だった。計画者は周到に雰囲気を盛り上げていた。
居並ぶ高層マンション群。その中に一角だけ、森が囲んでいる「見えない場所」があった。
明らかに人為的に隠されている。
僕も買ってからそれほど日数の経過していない中古車を得意げに運転していた。
車を降りる。
計画者は不気味な森の前で車を停めていた。僕もそれに倣った。
「とにかく凄いらしいぜ」
その程度の誘い文句で僕達はこともあろうに「立ち入り禁止」と黄色のテープで何重にも囲まれ、有刺鉄線で遮られたその場所へと、困難をむしろ楽しんで入り込んだ。
一瞬だけその廃墟を見れば、もう全ては理解できる。
闇の中に立ち上がるコンクリートと鉄の死に場所。廃墟とさえ呼べない。僕は背筋がほんの一瞥で凍り付いた。
ここに居てはならない。霊感らしいものがそう告げた。
見てはならないものをどうにか化粧で綺麗に繕い、却って不気味になってしまった「有ってはならないもの」がそこに巨大な姿を晒していた。
後で噂話を総合した結果を先に書いてしまうが、その廃墟は壊そうとすると事故死が相次ぎ、壊せない。では作ろうとするとやはり事故死が相次ぎ作れない。
その為に建設会社が丸ごと放棄した建築物がその廃墟だった。
「中、入ってみようぜ」
僕は断った。そこまでの蛮勇は必要ない。霊感が告げた。決して霊感が強い僕ではないしそんなものは信じていないが、全感覚が逃げろとしか告げない。
勝手に入り込んでいった主導者達を僕は見送った。
彼らのその後の人生について僕は多くを知らない。
乗り気でない僕も興を殺いだようで、暗く、封鎖された廃墟を後にした。
照明一つも当たらない(当てていない)廃墟だ。夜中に侵入すべき場所ではない。
その廃墟に辿り着くには、捨てられたようなトンネルを一つ、抜ける必要があった。帰路も同じく暗いトンネルを通った。
別の道もある事は確かだったが、僕達はあえて恐怖を楽しもうとしていた。何より主導者がそうだったのだ。僕には楽しむ余裕は無かった。
トンネルを抜ける前に車の外を一度確認していた。休憩したのだ。最後に自分の車に乗ったのは僕だ。何ら異常は無かった。
トンネルを抜けた。僕は車の外に出て再度確認した。何故そうしたのかは覚えていない。
黄色いものが車の上で揺れていた。バネで左右に動く、黄色い手の形をしたオモチャだ。
周到に計画された悪戯だったのかもしれない。そうあって欲しい。
僕はそれを剥がして帰った。それ以上の感想はない。
左右に揺れ、バイバイと別れを告げる手の意味は考えた事がない。ただの悪戯であって欲しい。そう思っただけだ。
廃墟マニアの人へ。行ったらダメですよ。 歌川裕樹 @HirokiUtagawa
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