第2話




 二〇一〇年、私は十四歳で、中学二年生だった。こんな風に考えるのはとても勇気がいる。何せ私の感覚では、そのときから時間が動いていないのだから。

 先生から私の身に起こったことを聞かされた今も、自分のことであるにもかかわらず、まるであらすじも過程も早送りして結末だけを見せられている映画のように、何のリアリティも感じなかった。両親が死んだことも、私の面倒を見るはずだった親戚との連絡がつかなくなっていたことも、全ては「起こってしまったこと」として処理されていて、悲しみの取っ掛かりさえ、私には掴めなかった。

 私は起き上がって、少し歩いてみようと思った。自分の脚で地に立って、自分の力で歩き、自分で色んなものの感触を確かめたかった。そうしなければ、周りにあるもの全てが砂のように崩れ去ってしまうようで不安だったからだ。

 ところが三年も使っていない私の脚は予想以上に衰えていて、危うく転びそうになるところだった。ベッド脇に備えてあった、日用品を納める小ぶりな棚へ手をかけることで何とかこらえたとき、引き出しの中で「コトッ」という小さな音がした。何だろうと思いながら引き出しを開けると、見覚えのある少し色褪せた文庫本が入っていた。

「これ……、浩樹君から借りた本……」

 表紙には藍色の宇宙を背景に、ごく控えめな白い字で『二十億光年の孤独』とタイトルが書かれていて、どうしてこんなところにこの本があるのかは分からなかったけれど、細かい傷や消えかかった著者の名前などが、不思議と優しく感じられた。

 私は本を手にとって輪郭をなぞってみた。あの夏の日、私にとっては昨日、現実には三年前、まだ青さを残した夕暮れ時の丘で、彼と一緒に見た光景が一気にフラッシュバックして、私はその流れの速さに思わずよろめいた。そうして顔を上げてから、誰もいないとなりに目を向けた。

「浩樹君……、私のこと、覚えてるかな……」

 時計の針の音が静かに部屋に響く。

 私は、独りだった。


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