女神が生誕しちゃってるんですけどっ!?






「えっと、<志念みわざ>の源は<波気>っていう万物に宿る力なんだけど、俺の<志念みわざ>は、自分の<波気>じゃなく、<志念みわざ>を授かりたい人の<波気>を使って行います」


 アメツチは、誓現を果たすための説明を始める。


「あと、<志念みわざ>を使うためには、<志念領域おもいかね>がいるんだけど、その<志念領域おもいかね>も、その人の<志念領域おもいかね>を使うから、二つとも自分で<志念みわざ>を覚えるのに比べると一割くらい少なくなります」


 <志念領域アレア>を、思考力おもいかねと言い換えて説明したが解るだろうかとエニシさんを見ると、それを察した返事と問いが返って来る。


天恵みわざを授かるためには、二つ捧げものがいるのね? その二つが少なくなると悪いことはあるの?」


 どうやら、ここまでは理解されているようだ。


「悪い事はないけど、例えば物を浮かせる<志念みわざ>なら、自分で覚えれば十の小石を十数える間浮かせられるのが、九つを九つ数える間になるんだ」


「悪い事はないけど、捧げた分の授かりものが少なくなるのね」


「うん。でも、<志念みわざ>を使い続けて鍛えれば、もっと多くの物を長い時間浮かべられるようにはなる」


「それでも、自分で御霊に天恵みわざを授かるように願ったほうが多くの事ができるのね」


 エニシさんが、少しいぶかしげな表情になって。


  どうしてそんな天恵みわざアメツチが望んだのか?


 俺に、そう問いたげな瞳を向ける。


「俺の<志念みわざ>は、他の人が<志念みわざ>を覚える手助けをする事だから直ぐに覚えさせられるけど、自分で修行するなら何年もかかるし、ずっと修行しないと<志念みわざ>を強くできないんだ」


「ああ、それだと''''''のね」


 普段からさとの人々について考えているエニシさんだから判ったのだろう。


 そう、さとの人々に残された時間は少ない。


 生活するだけで多くの労力が必要なこの時代であれば、<志念>の修行に費やせる時間は、ほとんどないに等しい。


「うん。俺の<志念みわざ>は、その手間暇はたらきを代わって、自動でひとりでに行う<志念みわざ>なんだ。俺一人で<志念みわざ>を目覚めさせられないから<波気>と<志念領域おもいかね>を借りるんだけどね」


「それでも、人の身で天恵みわざを授けるのは困難おおごとでしょう?」 


「今は未だ一日か二日に一人が精一杯かな? 他の事もしながらだったら五日に一人だけど、俺の<志念みわざ>も進歩するそだっていくから、一日に何人かって事もできるようになるよ」


天恵みわざが育つの?」


「うん。俺の<志念みわざ>だけじゃなく、授けた<志念みわざ>もね。<志念みわざ>が進歩するそだっていくのと同じで<波気>もだんだん大きくなっていく。十に一つが減ったままだけどね。その事はずっと変らない」


 エニシさんが理解したようなので、俺は<誓現>を満たすための説明を続けていく。


「小石の例えだと、百になれば九十ということね? 力が大きくなっていけば捧げものも大きくなる」


「そうだよ。力は大きくなればなるほど増やすための力も大きくなるから。そして、それは再び戻らないし、もし<授けた人が<志念みわざ>を使いこなせるようになる前に俺が死んだら、<志念みわざ>が消える事になるし、捧げた<波気>とかも戻らない」


「アメツチに天恵みわざを授けた御霊みたまへ捧げた御魂みたまだから、戻らないのね?」


 御霊みたま御魂みたま、発音は同じでも音の抑揚イントネーションで意味が変わるので、慣れないと判りづらい質問だが、このさとで育ったアメツチには、【設定者の悳献】をエニシさんが理解したのだと通じた。


「うん。そういう事なんだと思う」


 これで、三つの誓現を一応は果たした事になる。


 一つ、契約者に契約後は貸した<志念領域>と<波気>は戻らないと

説明して心からの同意を得る。


 二つ、契約後、契約者の修行を終える前に自分が死んだ時は目覚めた仮初の能力も消えると契約者に説明して心からの同意を得る。


 三つ、借り受ける<志念領域>と<波気>は固定量ではなく契約者の成長に比例して一定の割合となる事を説明して心からの同意を得る。


 その三つの中の本当に大変なはずの部分──心からの同意を得る事──に対する不安はアメツチにはない。


 前世で黒歴史となった部分なのだが、ここは<和の民>のさとだ。


 疑う事があたりまえのゼロサムゲーム理論で動く契約社会ではない。     

 

 まして、相手が盟守ムスビの一族の理想を体現しているようなエニシさんなのだ。


 アメツチにとって、じぶん以上に信頼できる相手なのだから────。


 しかし、だからこそ破滅を迎えるのだ。


 正直者は裏切られ、不器用な者は奪われて、善を望めば殺される。


 それが戦国の世というもので、現代にまで続く暴力原理ゼロサムゲームで動く国家機構という権威と権力の仕組みだ。


「俺はエニシさんが好きで、このさとも好きだ。だから、皆でさとを護るための<志念みわざ>を得る事ができたんだと思う」


 何も知らない者が聞けば、力を得たのが運命だったのだと聞こえる言葉だが、その実は違う。


 アメツチが望む想いに、前世の俺と<輪廻転生>という<死念>で創られた俺が惹き寄せられた結果だ。


 強く想い念じる力は、一つの道を見つけ志して、<志念>へと繋がる。


「そう。だったら、わたしもアメツチに応えなければいけないわね」


 それをエニシさんは、誤解せずに受け止めてくれた。


 前世の世界ならば、斜に構えたり、気恥ずかしがったりしてしまって、真剣である事に耐えられない‘ 甘え ’を持つ人間が多いが、<和の邦>では心を誤魔化して生きる事こそが恥なのだ。



「エニシさんは、どんな<志念みわざ>を望みますか? 強く想い志す事ができる何かを<志念みわざ>という現容かたちにするのなら」


 そうしてアメツチは、【設定者の悳献】を発動させるための最後の段階へと準備を進めていく。


「わたしは、人が幸せを得られるように勤努つとめるというわたしの勉務つとめを果たせるように、人と人が本当に信じ合え頼み合える援けとなれるように、繋がり結び合える絆を紡ぎえにしを護れるような天恵みわざを願い望みます」


 普通なら、ここで俺がエニシさんの<志念>能力を設定する形式システムで【設定者の悳献】が発動するはずだった。


 しかし、そこで思いがけない容で【設定者の悳献】が発現していく。


 それは、ある種の共鳴だった。


 そう、強く想い念じる力は、一つの道を見つけ志して、<志念>へと繋がる。


 幼いアメツチの無条件の信頼と純粋で一途に‘ 人 ’を想う盟守ムスビの一族の象徴とでもいうエニシの<志念>。


 その二つが奇跡のような巡り合わせで融合して自動的に発現したのだ。


 【設定者の悳献】を使う最中に、エニシさんを俺の<波気>が包んだ状態で、エニシさんが自力で天然の<志念使い>として覚醒した事で、【設定者の悳献】と共鳴したのが最初だった。


 それだけならば、単に俺の<波気>を取り込む事によって得るよりも強い<志念>をエニシさんが得ることで終わっただろう。


 だが、エニシに発現したのが、自分のための力でなかった事で、それはただそれだけに終わらなかった。


 ‘ 人のために在るべく在る ’エニシさんの<志念>は、個を越えて人類全体の無意識の繋がりへと道を繋げる<志念>だった。


 アメツチのために【設定者の悳献】へ<波気>と<志念領域>をエニシさんの<志念>が繋げる事で【設定者の悳献】は一度の発動に止まらず、再度発動していき。


 天理の<志>と地情の<念>から<志念>が発現するように、天地陰陽の螺旋が万象へと繋がり、エニシという人を次元の違う存在へと押し上げて行った。


 その連鎖はアメツチの理想とエニシの理想を調和させて累積させながら、制厳の理によって人類全体の<志念領域>の一割で制御できる<波気>を万象から得る事で完成し<志念>として定着した。


 女神が生誕しちゃってるんですけどっ!?


 前世の俺ならそう叫んでいただろう。


 それは、純粋な人の在るべき理想を願う者だけが、その者の願いを純粋に叶えたいという想いを持って【設定者の悳献】を発動させた事で得られる個を超えた<人のための志念>だった。






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