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「美優ちゃん、早くこっちへ……」

「そうよ。たくさんたくさん、がまんして……がんばって…………」

 ふいに、絞り出すような声が聞こえてきた。

「なのに、地元の仕事さえ、もう取れなくなってきて……私がなれたんだから、自分だってモデルになれる? ふざけないでよ、私がどれだけ苦労したと思っているの? モデルでいるために、どれだけのものをがまんしたと思っているの? けがしないように、遊びにいくのだって断った。太っちゃいけないから、お菓子だってろくに食べられない。なのに、ちょっと地元の雑誌に載ったからって、モデルなんてカンタンなんて人の事見下して……」

「宮崎さん……」

 よく見ると、あたりに吹き荒れている風は、宮崎さんを中心に出てきているようだった。けれど、最初に比べたら少しだけ、その勢いが弱まっているような気がする。

 その風の中で、かき消されそうな小さな声が聞こえた。

「子供の頃は可愛いってみんな言ってくれたじゃない。なのに、次々に新しい子ばっかり使って……私よ……可愛いって言われたのは……私なのよ……」

 ねたみ。

 萌ちゃんの話を思い出した。

「萌ちゃん、もしかして宮崎さんの闇は、ねたみから来ているの?」

「おそらく、そうね」

 萌ちゃんは、宮崎さんから目を離さずにうなずいた。

「だからきっと、きれいなロングヘアは、宮崎さんのねたみの象徴だったんだと思うわ。その子がほめられるのは、自分にないものを持っているからだ、って思いこんでしまったのよ」

「そんな……そんなこと思わなくたって、宮崎さんは」 

「あの髪……きれいな黒髪を持っていたら……私だって、まだ……きっと……」

 萌ちゃんの言った通りのことをつぶやく宮崎さんの目からは、相変わらずぽろぽろと涙がこぼれている。

 その涙を見たら、ずきんと胸が痛くなった。

そうだよね。そんな思いを胸に抱えてたら、きっと苦しかったんだよね。それでも、雑誌の撮影とかがんばっていたんだ。

「でも、宮崎さんはきれいだわ」

 強い風の中で言った萌ちゃんに、宮崎さんが赤い目を向ける。

「あんたみたいなブスが、何言ってんのよ!」

「ブ……」

 言われた萌ちゃんの表情は変わらなかったけど、ちょっとだけほっぺが硬くなったように見えた。

 萌ちゃんは、一度大きく深呼吸をすると、また宮崎さんに向かう。

「そうね。私は、きれいと言われるような顔は、持っていないわ。そんな風に、私が欲しくても持てないものを宮崎さんはいっぱい持っているのよ。私は宮崎さんがうらやましい」

「うらやま……しい? 私が?」

「ええ。できることなら、私だって宮崎さんみたいにきれいになりたい。宮崎さんがうらやむその子たちだって、本当は、宮崎さんと同じように、いつだって不安に思っているかもしれないわよ」

「そんなはずない! きっと私のこと、裏ではばかにして笑ってるんだ! なによ、みんなして……」

 風が、いっそう強くなった。吹き荒れる風に、体が持っていかれそうになる。

「おとと……」

「美優ちゃん!」

 転びそうになった私を、萌ちゃんが支えてくれる。けれどその分、また飛んできたムチを、萌ちゃんは腕に受けてしまった。

「!」

「萌ちゃん!」

 萌ちゃんは、腕を押さえて顔をしかめた。それを見て、宮崎さんが甲高い声で笑う。

「私のことばかにした罰よ! 苦しめばいい! 私みたいに、もっと苦しめば……」

「ほ、本当だよ!」

 萌ちゃんにしがみつきながら、私は宮崎さんに向かって言った。

「私も、宮崎さんみたいにきれいになりたいって、すごく思うよ。だから、そんな風に言わないで。今、萌ちゃんが言ったじゃない。否定しちゃだめって。もっと自分をほめてあげてようよ。できない自分じゃなくて、できる自分をほめてあげようよ!」

「……本当に……私が、うらやましい……の?」

 戸惑ったような小さい声がした。すると、あたりに吹き荒れる風がふいに弱まった。私を見る宮崎さんの目も、まだ赤いままだったけど、さっきまでのきつさがなくなっている。

 萌ちゃんが、ぎゅ、と私の腕をつかむ。

「萌ちゃん?」

「ありがとう、美優ちゃん。これで……闇を落とせるわ」

「そ……なの?」

「ええ。今ね、彼女の心に光が差し込んだの。ほんの少しの光でよかった。少しだけでも心に光が入れば、私の……天使の力が有効になる。私一人の言葉じゃだめだったけど、美優ちゃんも一緒に説得してくれたから、宮崎さんがようやく私の言葉を信じてくれたの」

「萌ちゃん。宮崎さん、助かるよね? もう、あんなに苦しまないですむようになるよね?」

 私がそう言うと、萌ちゃんはまじまじと私を見つめた。

「萌ちゃん……だめなの?」

「ううん」

そうして萌ちゃんは、場違いなほど嬉しそうな微笑みを浮かべた。

「やっぱり美優ちゃんは、いい子ね」

「へ?」

「まかせてちょうだい。見てて、これで終わりにできるわ」

 そう言って萌ちゃんは、ゆっくりと、おじぎをするように体を前に倒した。その体が、ぼんやりと光り始めて、その背中から何かもやのようなものが立ち上がってくる。

 見る間にそれは、萌ちゃんの背の倍もある大きい翼の形になった。それは、うっすらと向こうが透けて見えている不思議な翼だった。

 その翼全体からは、お日様のように暖かい光があふれてくる。さっき、萌ちゃんの手から出たボールと同じ光だ。

 きれい……これが、萌ちゃんの、天使の翼……

「光よ、万物に宿る命よ、私に力を貸したまえ」

 体を起こして天を仰いだ萌ちゃんが、大きく空へ向かって手を広げた。開ききった翼に、あちこちから小さい光が集まり始めて、どんどん萌ちゃんの翼にくっついていく。

 私も、そして宮崎さんも、固まったようにその姿をただ見ていた。

 私たちの前でその翼は、最初の倍くらいの大きさにまでふくれ上がって、すみずみまで暖かい光で満たされる。

 見ていると、その翼がばさりと大きな音をたてて羽ばたいて、光の筋がきらきらと光りながら風のように宮崎さんへと流れていった。

「ぎゃあああああああ!」

 その光に包まれた宮崎さんが、ものすごい悲鳴をあげる。しばらく苦しげにもがいていたけれど、そのうちばたりとその場に倒れてしまった。その体の上には、萌ちゃんの翼の光にあおられて、黒いもやもやとした影のようなものが揺らめいている。

「何、あれ?」

「あれが闇の正体。私の力でむりやり引きずり出したの。あれを体の外に引き出せれば、もう本人は大丈夫よ」

 その影を見て、ぞ、とする。

 宮崎さんを乗っ取ろうとしていた、黒い影。心の闇。それが、宮崎さんの上で身もだえるようにもがいていた。ぐにぐにとうごめくその姿は、鳥肌立つくらい気持ち悪い。

 宮崎さんは、倒れたまま動かない。

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